侮辱
遅くなり申し訳ありません。
一方、ヒルデガルドとエマ、そして昏睡から目覚めたヴィレムは商隊の生存者の確認を行うことになった。死亡していた場合は馬車に積み込んでどこかで埋葬することになる。手の空いているフレデリカも手伝わされ、お目付け役としてピーコが後ろをついて回っていた。
(……あの坊やは何者なんだい?)
フレデリカは部下を解毒しようとしているアデルを見ながら考えた。まさか魔法まで使うとは思ってもいなかった。いままで魔法を見たことがあるのは部下が重傷を負ったときにラーベル神殿で治療してもらった時だけだ。それをアデル一行は普通に使っている。
(後ろの子も得体が知れないねぇ……)
フレデリカはあくびをしているピーコを横目で見た。普通ならこんな少女をお目付け役としてつけられたところで、逆に人質にして優位に立つところだが、彼らが普通でないことはわかっている。アデルたちが自分たちをどうするつもりなのかはわからないが、状況が悪くなるまでは大人しくしておこうとフレデリカは思った。
「先生……!」
近くでヒルデガルドの悲鳴のような声が響く。ヒルデガルドたちは真っ先に”剣者”ルトガーの乗っていた馬車を調べたのだ。
「先生はデルガード君の声に反応して、自分をかばってくれたのです。先生が命懸けで守ってくれたにもかかわらず、自分はずっと気絶してお役に立てず……本当に……申し訳ありません……」
ヴィレムが泣きながら、誰にともなく謝罪する。ヒルデガルドもルトガーの死体にすがって泣いており、エマも横で涙ぐんでいた。
「……すまなかったね」
フレデリカも近寄ると、小声で謝罪の言葉を口にした。それを聞いたエマの眉毛が吊り上がる。
「ふざけるな! そんな謝罪をヒルデガルド様が受け入れられると思うか!」
「あんたたちに言ったんじゃないよ。ルトガーに言ったのさ」
フレデリカはエマに目も向けずに言った。
「あたしと剣を交えて殺されたのなら、そいつも本望だったろうに」
「……先生はあなたなどに負けません!」
ヒルデガルドが涙でぬれた瞳でフレデリカを睨む。
「そう思ってるならあんたもまだまだだね。全盛期は知らないけど、いまの老いたルトガーがあたしに勝てるはずがない。まあ武人として、戦いの場で死ねただけでも良かったかもね」
フレデリカは飄々とした態度を崩さなかった。
「貴様……先生を愚弄するな!」
温厚なヴィレムでも怒りを抑えきれず、フレデリカに殴りかかった。しかし簡単にかわされ、逆に殴られてしまい、馬の死体の上に倒れこんだ。
「ヴィレム!」
ヒルデガルドが倒れたヴィレムに駆け寄る。
「勘違いするんじゃないよ。あたしが降伏したのはあの坊やたちだ。何もできなかったくせに偉そうにするんじゃないよ」
フレデリカが二人を見下ろして冷たく言い放つ。
「あ、あなた! お目付け役ならこの女を止めなさい!」
エマがフレデリカを指さしながらピーコに叫ぶ。
「む? 我はこの女がおかしなことをしたら止めろと言われておるだけじゃ。いまのところおかしなことはないぞ。弱いものが強いものに挑んだら負けるのは道理であろう」
「なっ!?」
美しい少女に見えるピーコの口から発せられた言葉とは信じられず、ヒルデガルドたちは驚愕した。フレデリカさえも目を丸くしている。
「それより早く終わらせろ。いつになったら飯が食べられるのじゃ」
ピーコに急かされ、エマとヴィレム、フレデリカは作業を急いだ。ヒルデガルドだけはルトガーの遺体のそばで泣き続けていた。師匠の死への悲しさと、己の弱さへの嘆きで……
(うぅ……怖い……)
居並ぶ強面たちの視線にアデルはたじろいだ。レッドスコーピオ自由騎士団の面々、フレデリカを含めて二十八名が並んでいる。睨まれるだけで気の弱い者なら死んでしまいそうだ。死者は三名。後方で商隊を尾行していたラーゲンハルトの兵五人と戦った際の被害だ。ラーゲンハルト兵五人もその際に戦死している。
イーノス商隊は全滅だった。馬さえも毒の矢が当たったため全滅している。逃げた二人も後方から来たレッドスコーピオ自由騎士団に殺されていた。ヒルデガルドたちは最大の戦力で精神的支柱でもあった”剣者”ルトガーを失っている。
そう聞くと勝ったのはどう考えてもレッドスコーピオ自由騎士団なのだが、実際は武装解除され降伏しているのはレッドスコーピオ自由騎士団の方であった。
「……それで、どうする?」
「え~と……どうしましょう……」
イルアーナの問いかけにアデルは困り果てる。レッドスコーピオ自由騎士団を連れて行くのも大変だし、彼らには負傷者が十名ほどいた。商隊やルトガーの遺体を運ぶのにも馬が必要だ。
「ねぇ、提案なんだけど」
フレデリカが口を開く。
「しばらく先にリョブ……ダーヴィッデの側近がいるんだ。護衛の兵も十名ほどいる。任務が終わったら落ち合うことになっていたんだ。裏切られちまったけどね。でもあいつらは私には毒を盛らなかった……たぶんあたしだけは戻ってくるのを待っているはずさ」
フレデリカはそこで不愉快そうに顔を歪めた。
「もしこのままあんたらが進むなら戦うことになるだろう。武器を返してくれるなら、あたしたちがそいつらを殺すよ。そこにはあたしたちを運んできた馬車や、リョブたちの馬もある。負傷者を運ぶために馬車を一台くれたら残りはそっちにやるよ。それで手打ちにしないかい?」
「信用できるものか! どうせそのまま逃げる……いや、リョブたちと一緒にまた襲ってくるに決まっている!」
フレデリカの言葉にエマが噛みついた。
「負傷者は置いていくよ。それで人質代わりになるだろう? それともあんたらだけでリョブと戦うかい? あいつらもなかなか手練れだよ。それにあたしらのことを信用できないって言うなら、あんたらが戦っている後ろであたしたちは何するかわからないよ? どうするんだい?」
「だからお前たち全員この場で……!」
「ま、待ってください!」
エスカレートしそうなフレデリカとエマのやり取りにアデルが割って入る。
「まず整理させてもらえませんか? フレデリカさんたちがヒルデガルドさんたちを襲ったのはなぜなんですか?」
「そういう命令を受けたからに決まってるだろう。帝国第四平定軍の軍団長、ダーヴィッデ・ロベルト侯爵からさ。正確にはその側近のリョブって男からだけどね」
「その目的は?」
「知らないよ。おおかた皇帝の跡目争いだろう? そこのお嬢ちゃんは美人だし平民出身で国民からの人気は断トツだからね。まあ知りたかったらリョブに聞いてみたらどうだい?」
「フレデリカさんたちはその……第四なんちゃらに戻る気はないんですか?」
「冗談じゃない、部下を殺されそうになったうえに戻るだなんて。だいたい、そんな目に遭ってまた戻ったんじゃ舐められるだろう? 『他に行くとこありません』って言ってるようなもんじゃないか。今後さらにいいように扱われちまうよ」
「う~ん……」
フレデリカの話を聞いてアデルは考え込む。
「……わかりました。ただし、二度と僕たち――ヒルデガルドさんたちも含めて襲わないと約束してください。それとそのリョブって人は生け捕りにしてください」
「さすが話が分かるね」
フレデリカはにやりと微笑んだ。エマはアデルを睨んでいたが、言葉を飲み込んだ。
フレデリカたちは返された武装を装備し、てきぱきと身支度を整える。
「そういや……毒使ってたのはあんたかい?」
フレデリカはアデルに尋ねた。
「えぇ、そうですけど……」
「もう手持ちの毒がなくてね。借りれるかい?」
「は、はい。えっと、これが睡眠毒で、こっちが麻痺毒、でこれが致死毒……あっ!」
アデルの言葉が終わらぬうちにフレデリカはアデルのポーチから致死毒の小瓶を抜き取った。
「じゃあこれ借りるよ」
そう言うフレデリカの顔にはまったく返す気がなさそうだった。
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