報告(ミドルン)
「うあー、そうかぁ……」
ミドルン城の会議室でラーゲンハルトは天井を仰ぎ見た。
会議室内にはハイランドで救命騎士と戦ったホプキン、そしてセラフィムと戦ったヴィクトリアらが座っている。城の主が神竜王国ダルフェニアに変わってから、会議室の机は小ぶりなものに取り換えられていた。ケンタウルロスなど身体の大きな異種族でも窮屈にならないようにという配慮だ。ペガタウロスのヴィクトリアは体の構造的に座るのが難しいため、大きなクッションを置いてその上に下半身を伏せさせている。
「死亡者は89人です。まともに攻撃を受けたものは遺体もひどい状態で……」
表情を曇らせたホプキンが言う。
ハイランドが奇襲を受けた後、ホプキンはすぐにミドルンへと馬を走らせた。夜が明けて間もないがラーゲンハルトも待っており、すぐに報告が行われたのだ。
「一般兵だけでよく頑張ってくれたよ。それに特務守備隊が刃が立たなかったのは僕のミスだ」
ラーゲンハルトはホプキンを労う。
実際、戦闘力で言えば人間の兵士と救命騎士では比べ物にならない。撃退できるだけでも上出来だが、少ない損害で救命騎士を撃破したホプキンの手腕は褒められるべきものだった。
(そうだよなぁ。救命騎士だからって装備まで一緒とは限らないよなぁ)
ラーゲンハルトは自分の浅慮を悔やんだ。
(確かにあの怪力ならハルバードを片手でも扱えるよね。その分、攻撃力は落ちるだろうけど人間相手なら余裕だろうし。まあそもそも奇襲してくるのが救命騎士とすら限らないからなぁ)
腕を組んでラーゲンハルトは考えを巡らせる。
(でも逆に言えばミドルンを奇襲して陥落させるほどの戦力は無いってことだよね。まあ神竜ちゃんがいるし、さすがに手は出せないってことかな)
ラーゲンハルトは小さくため息をついた。
「あの……もしラーゲンハルト殿であれば、どういう戦いをされましたか?」
ホプキンが恐る恐るラーゲンハルトに尋ねる。
「え? う~ん、そうだなぁ……」
ラーゲンハルトは少し考え込んだ。
「僕なら油でも撒いたかな?」
「油? なるほど、火を放つのですな」
ラーゲンハルトの言葉にホプキンは納得した表情になった。
「いや、違うよ」
だがラーゲンハルトはすぐに首を振った。
「火をつけたら逆にこちらが手を出しにくくなる。火で倒すつもりなら相当こんがり焼かないといけない。奴らは頭を破壊しないとなかなか止まらないからね。そうじゃなくて足元を滑りやすくして転ばせるんだ。ロープで足を引っかけて転ばせたりしてもいい。奴らは動きが鈍く、起き上がるまで時間がかかる。起き上がりながら攻撃するなんて器用なこともできないだろうしね。その間に近づいて頭を破壊するんだ」
「な、なるほど。ふ~む……」
ラーゲンハルトの話を聞き、ホプキンは唸った。
「取り急ぎ各都市に通達を出そう。ラーベル教会の奇襲が実際にあったこと。そしてやってくるのは恐ろしい化け物だってことをね。救命騎士の場合はさっき言ったような対策を新たに用意させよう。でも違う化け物が来ることもある。その場合は……臨機応変に対応してもらうしかないね。場合によっては街を捨てなきゃいけないくらい厄介な敵も来るかもしれない」
ラーゲンハルトが深刻な顔で呟く。
「そ、そんな敵が……」
ホプキンは信じられないといった表情だった。
(実際、グールとか来たらどう対処すればいいんだろう。動きが速くて、力も強くて、魔法も使うかもしれないなんて反則だよな)
再び天井を見つめてラーゲンハルトは思った。
(……そう考えると、うちの軍なんて反則ばかりだな)
ラーゲンハルトは少し笑みを浮かべる。
(……さすがだ。あんな強力な敵の奇襲があったというのに、余裕の笑みを浮かべている)
そんなラーゲンハルトの表情がホプキンには頼もしげに見えた。
「まあそっちも問題だけど、さらに怖いのはヴィクトリアちゃんが戦ったって言う天使みたいな女の子だよね」
ラーゲンハルトは話題を変え、ヴィクトリアの方に視線を移す。
「ええ。とても不気味な存在でした」
ヴィクトリアは形の良い眉をひそめた。
「美人だったんでしょ? ちょっと見たかったなぁ。あはは」
ラーゲンハルトは笑顔で言う。だがヴィクトリアは反応に困った顔をしていた。
「……危険ですので、やめたほうがいいかと思います」
ヴィクトリアは生真面目に返事をした。
「魔法を使う上に肉体も頑強でしかも美女か……厄介な相手だな」
ヴィクトリアの反応を気にせずラーゲンハルトは話を続ける。
「もしもその子が救命騎士たちを召喚できるんだとしたら厄介だよね。領土中の空を一日中監視するなんてことできっこないもん。うちがカザラス帝国側にやってることだけど、やられる側になるとこんなにも大変なんだね」
「そ、そんなことをされたらどう対処するのですか!?」
話を聞いたホプキンが慌てだす。
「……効率で言えば、やられたくないとこだけ守るって感じかな」
「は?」
ラーゲンハルトの呟きにホプキンは首をかしげる。
「ミドルンやカイバリーみたいに重要な町だけ守って、あとの町はやられても気にしないって感じでさ」
「な、なんと……!?」
その冷酷は言葉にホプキンは絶句する。
「もちろんそんなことはしないけどね。もし僕が良くてもアデル君が許さないよ」
ラーゲンハルトは苦笑いしながら言葉を続けた。
「でも実際、やれることがないんだよね。こういう常人の考えが及ばない話はアデル君がどうにかしてくれるでしょ」
ラーゲンハルトは無責任なことを言う。しかし実際、解決策の出ない話を続けたところで意味はない。
「……すこし気になったことがあったのですが」
遠慮がちにヴィクトリアが切り出す。
「ん? どうしたの?」
「あの翼の生えた敵……飛び方がおかしかった気がするのです」
少し迷いながらヴィクトリアは言った。
「おかしい?」
「ええ。ぎこちないと言うか……」
ヴィクトリアはセラフィムの翼の使い方に違和感を感じていた。このあたりは空を飛ぶものでなければ分からない感覚だろう。
「ぎこちない……翼は飾りで実際は魔法で飛んでるとか?」
ラーゲンハルトは首をひねりながらも推理する。
「いえ、飾りではないと思いますが……慣れていないというか強引というか……おっしゃる通り魔法的な補助が無ければ墜落するような飛び方でした」
「ふ~ん、なるほどね……」
ヴィクトリアの話を聞き、ラーゲンハルトは興味深げに頷いた。
そして結局、決定的な解決策は出ないままハイランド襲撃の報告は終わったのであった。
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