籠城戦(ハイランド)
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撤退を命じたホプキンは馬を走らせてさっさとその場を離れて行った。しかし兵たちはそうもいかない。特に特務守備隊は重い鉄槌や長槍を抱えており、そう速くは走れなかった。
「重い装備は捨てていけ! どうせ通用せんのだ!」
特務守備隊の隊長が悔し気に言う。彼らの訓練は救命騎士たちにほとんど効果はなかった。
「くそっ、何も出来ないなんて……」
「ホプキン様は何を考えていらっしゃるのだ」
兵士たちもまた悔し気に後退する。しかし後部にいる兵士たちは救命騎士に背を向けるわけにもいかず、後ろ向きに移動していた。何人かの兵士は足がもつれて転倒してしまう。
「落ち着け! 足を止めなければ追いつかれることはない!」
すぐさま味方の兵士が転倒した兵士を起き起こす。その直後、兵士が倒れていた場所に救命騎士のハルバードが振り下ろされた。路地を覆っていた石畳が砕け散り、周囲に破片をまき散らす。
「ひっ!」
助け起こされた兵士は思わず悲鳴をあげた。
「見ろ。素早く移動さえすれば大丈夫……」
その兵士を落ち着かせようと別の兵士が声をかける。しかしその身体をハルバードが貫いた。それだけにとどまらず、その後ろにいた兵士までもハルバードの餌食となる。
「……へ?」
助け起こされた兵士は目の前の光景が信じられず茫然とする。同じことが周囲にも起こっていた。兵士は恐怖で固まりながらも、ゆっくりと救命騎士のほうに視線を向ける。そこには盾だけを持った救命騎士たちの姿があた。重いハルバードを投げやりのように投げつけたのだ。逃げる相手にはそうやって攻撃するよう命じられていたのだろう。
「に、逃げろ!」
落ち着いていた兵士たちも、その光景を見て慌てて走り出す。あちらこちらで混乱が生じた。
「何言ってんだ! 敵は武器を手放したんだぞ! 倒すなら今だ!」
血気盛んな若い兵士が槍を手に救命騎士に向かって行く。しかし盾で殴りつけられ、民家の壁へと激突した。
救命騎士たちは倒した兵士に目もくれず前進を続ける。そして途中、自分たちの投げたハルバードを拾い上げる。乱暴にハルバードを引き抜かれ、まだ息のあった兵士が悲鳴を上げる。しかしすぐに救命騎士たちがその体の上を行進し、悲鳴は収まった。
夜の闇に紛れてはいるが、ハイランドの通りには救命騎士たちの血の足跡が続いている。救命騎士たちは再びハルバードを投げ、さらに数十人の兵士が犠牲となった。
「ひいっ!」
兵士たちが悲鳴を上げる。もはや統制は完全に失われていた。ダルフェニア兵は全体として実戦経験が少なく、あるとしてもガルツ要塞などでの籠城戦がほとんどだ。そして幸運なことに敗走の経験があるのはほんの一握りの兵士だけだった。
「おい! こっちだ!」
そんな兵士たちに向かって声を張り上げる隊長格の男がいた。
曲がり角で隊長格の男は兵士たちをある方向へと導く。その方向は防壁の門がある方向だった。逃げ惑う兵士たちはその方向へと殺到する。
そこに向けて再度、救命騎士たちのハルバードが放たれたが角にあった家の壁を破壊しただけだった。
ハルバードを拾い、救命騎士たちも兵士たちを追って曲がり角を曲がる。その少し先にはあまり大きくはない門に殺到するダルフェニア兵たちの姿が見えた。
その背中を狙い、救命騎士たちがハルバードを投げつけようと構える。空気を切り裂く音とともに肉片と血飛沫が舞った。
それは――救命騎士のものだった。
「次弾、装填急げ!」
防壁の上でホプキンが指揮を取る。防壁の上には兵士たちとともに、数台のバリスタが並んでいた。
バーランド山脈から飛行する魔物の脅威にさらされていたハイランドには、規模のわりに多めのバリスタが設置されていた。石の壁すら破壊するバリスタの攻撃は、隊列を組んで進む救命騎士たちの肉体を破壊した。
「おおっ!」
ダルフェニア兵たちから歓声が上がる。しかしまだほとんどの救命騎士は残ったままだった。
「皆の者、反転攻勢に出よ! 奴らの足を止めるのだ!」
ホプキンが命じると、勢いを盛り返したダルフェニア兵たちが攻撃に転じる。矢を射たり防壁の上から石を投げたりと、救命騎士にダメージは与えられていないがその歩みは遅くなった。特にクロスボウに体を破壊され、地面でもがいている救命騎士たちがその前進の邪魔となっている。長槍部隊が仲間の死体を踏み越えようとする救命騎士にちょっかいをかけ、前進を妨害した。
ホプキンは気づいていなかったが、ダルフェニア兵が戦う姿勢を取ったことで救命騎士たちの思考が変わっていた。逃げる敵にはハルバードを投げつけるが、向かってくる敵には同じく接近戦を挑む。そのうえ一番近くにいる敵を狙うように命じられているため、防壁の上のバリスタを狙うようなことはなかった。
「装填が終わったバリスタから発射しろ!」
ホプキンの指示で防壁の上からバリスタが発射される。バリスタは救命騎士の持っていた盾に命中したが、盾は救命騎士の腕ごと吹き飛ばされた。
バリスタが放たれるたびに救命騎士たちの肉体が破壊され、次第に形勢が逆転する。そして最後の数体がダルフェニア兵に囲まれて倒された。肉体を破壊され戦闘力を失った救命騎士たちをダルフェニア兵が止めを刺して回り、戦闘は終結した。
「終わったか……」
ホプキンは深いため息をつく。
ガルツ要塞のことを思い浮かべたホプキンは防壁を利用して戦うことを思いついた。そして移動の準備をさせていたバリスタを配置し、兵たちを使って救命騎士を引き付けたのだ。また籠城戦はヴィーケン人の兵士にとって最も得意とするところであった。
「やったぞ!」
「さすがホプキン様のご采配だ!」
ダルフェニア兵たちから歓声が上がる。しかしホプキンは沈痛な面持ちだった。
「待て」
ホプキンは兵士たちをなだめる。
「まずは負傷者の手当てだ。そして亡くなった兵士たちを弔おう。勝利を祝うのはそれからだ」
ホプキンが言うと兵士たちははっとした表情になり、仕事へと戻る。
(やはり私は戦いに向いておらぬな……)
肉塊と化した救命騎士たちに目を向けながら、ホプキンは憂鬱そうに首を振ったのだった。
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