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村の朝

「うぅん……」


 翌朝、窓の隙間から差し込む光で目を覚ましたアデルは大きく伸びをした。硬い床で寝たせいで体がこわばっている。


 イルアーナはまだ静かな寝息を立てていた。


(無理もない……自然に起きるまで寝かせておくか)


 初めて女性と一晩を過ごすという経験をしたわけだが、さすがに変な気は起きなかった。色んな事が起きすぎて頭の中はグチャグチャだった。急に英雄ともてはやされたかと思えば上官に訳も分からず斬られ、違う世界に転生したかと思ったら急に元の世界に戻り変な能力値を見る力を手に入れ、ダークエルフの美女と行動を共にすることになり自分の国を造れと言われる……


(漫画や小説だったら急展開すぎて読者がついてこれないやつだな)


 そんなことはないと思いたい。


(傷は治ったな)


 昨日、近くの川で水浴びをするときに包帯を外したところ、跡は残っているものの傷は完全に塞がっていた。これもイルアーナの治療のおかげだろう。


「ありがとう……」


 アデルは眠ったままの恩人に小さく礼を言った。ちなみに寝ているからと言って彼女の武力などの能力値に変化はなかった。その時の状態や装備によってコロコロ変わる値ではないようだ。


 イルアーナは仰向けに寝ており、顔には包帯を巻いたままだ。もし包帯を巻いていなければ、アデルはその美しい顔を一晩中眺めていたかもしれない。というかローブ越しにもわかるほどセクシーなあの胸元の膨らみはなんだ。あれを触るとしたらどうするべきか。前からそのまま行くべきか。それとも後ろに回り込んで……


「おはよう」


「うわっ!」


 イルアーナがまだ寝ていると思っていたアデルは飛び上がるほど驚いた。


「お、お、お、おはようございます!」


「……確認だが、変なことはしていないだろうな」


「も、もちろんです! 考えただけでしていません!」


 正直に答えてしまったアデルとイルアーナの間に気まずい沈黙が流れた。


「そ、それにしてもヴィーケン軍はひどいですよね」


 耐えかねたアデルが絞り出すように話題を出した。


「ヴィーケン軍は防衛側だからな。勝ったところで得るものがあるわけではない。兵士たちへの報償も渋いものだ。こういう旨みがなければ兵士も逃げ出してしまうのだろう」


 ヴィーケン王国には国に雇われている兵士もいるが、多くは戦時のみに集められる徴集兵だ。拒否することもできるが代わりに多額の供出金を要求されるため、都市部の裕福な者以外は実質強制である。


 ただアデルのところには黒き森を恐れた兵が知らせを持ってこなかったため、今まで徴兵を免れていた。今回はたまたま町で戦争があることを知ったアデルが国を守るために志願したのだ。善良に暮らすヴィーケン王国の人々をカザラス帝国の魔の手から守る……そんな正義感で志願したのだが、味方を殺したり、村を略奪するヴィーケン軍に疑問を禁じ得ない。


(僕は全然、世の中のことを知らないんだなぁ……)


 アデルは自分の無知を痛感した。


「少し世界を回っていろいろ勉強しないと……」


「それはいいな。国を運営していくためには優秀な人材を集める必要もある」


「そ、そうですね……」


「お、少しはやる気になったか」


「ええ、少しだけですが……」


「……なぜ急にやる気になった?」


「それは……イルアーナさんには助けていただいた恩があります。それを返さないといけませんし、この村の惨状を見て、僕も何か出来ないかと……」


 しばらく無言でイルアーナはアデルの目を見つめる。アデルは恥ずかしさと自信の無さから、思わず目をそらしてしまった。


「……恩など感じる必要はない。私がこちらの都合で勝手に助けたのだからな。それに戦争に犠牲は付き物だ。簡単にどうにかなると思うなよ」


(ええ~っ!)


 出鼻をくじかれてしまい、アデルは落胆する。


「やっぱり……僕には無理ですよね……」


 アデルの様子にイルアーナがふんと鼻を鳴らす。


「勘違いするな。簡単ではないと言ったのだ。それに……」


 イルアーナはまたアデルの瞳をまっすぐに見つめる。


「お前ならできると私は信じている」


 イルアーナの言葉にはやさしさと力がこもっていた。しかしアデルはまたもやその視線をまっすぐ受け止めることはできなかった。どうしてこんなに過大な評価されるのかまったくわからなかった。


「安心しろ」


 そんな様子を見てため息交じりにイルアーナが言う。


「もし無理だったとしてもそれは私の人選ミスだ。すべての責任は私にある。その時は人間を滅ぼせばいいだけの話だ」


(いや、それが困るんですけど)




「おはよう、よく眠れたかい?」


「おはようございます」


 外に出ると昨日の女性が声をかけてきた。


「ええ、ありがとうございました」


「どうせ他人の家さ。どうってことないよ。それよりこれを着な。旦那のお古だが、裸よりマシだろう」


「わぁ、ありがとうございます!」


 女性がアデルに服をくれた。一応、傷病兵という設定を守るために包帯は巻いていたが、やはり上半身裸で人目につくのは恥ずかしかった。


 そして二人は再び黒き森への旅路についた。


お読みいただきありがとうございました。


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