忠臣(イルスデン)
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「ではそのように……」
ユリアンネとの密談を終えたヴァシロフは席を立ちあがる。
その時……
「失礼いたします」
律儀な挨拶とともに扉が開かれた。
「何をしている! 誰も入るなと……」
ヴァシロフは使用人かと思い入室してきた人物を睨みつける。しかし入室者の姿を見た途端、ヴァシロフは固まった。
「お前は……!」
「お静かに」
部屋に入ってきた人物がヴァシロフとユリアンネに視線を送る。決して大声を出したわけではないが、有無を言わせぬ威圧感があった。その人物は”沈黙”のフォスター。帝国十剣聖の一人であり、その有能さは帝国軍内では知らぬ者はいない。一時期は神竜王国ダルフェニアに身を寄せていたものの、現在はジークムントの元に帰参し仕えていた。
(まずい……!)
ヴァシロフとユリアンネに一気に緊張が走る。
「使用人たちがいたはずですが……どうやってここまで?」
ユリアンネはフォスターを睨みつける。
「静かにしていただいただけです。手荒な真似はいたしておりません。帝国内でジークムント様に逆らう者など皆無……いや、失礼。お二人とエスカライザ様がいらっしゃいましたね。『あまりいない』と訂正させていただきます」
フォスターが冷静に話す。その表情からはまったく感情が読み取れなかった。
「あなたが我々に命令する権利などないはずです。どういうおつもりですか?」
ユリアンネも席から立ち上がり、フォスターの方を向く。
「指揮系統としてはそうですね。ただし私は個人的として、ジークムント様に仇なす者は許せません。罪に問われようとも私は為すべきことをするだけです」
フォスターは平然とそう言い放った。
「……話を聞いていたのだな?」
脂汗をかきながらヴァシロフが尋ねる。
「申し訳ありません。面白そうな話が聞こえてきてしまったもので」
謝りつつも、まったく悪びれる様子もなくフォスターは頷いた。
「ここへは偶然来たのですか? そんな都合の良いタイミングで来るとは思えませんが」
フォスターに鋭い視線を向けながらユリアンネが尋ねる。
(相手はあのフォスター……私とヴァシロフ様ではどうにもならない。せめて隙を見つけなければ……)
言葉を発しつつもユリアンネは心の中で状況を判断した。
「ディオ殿がノルデンハーツから帰還し、お二人はその報告を聞いたはず。大事な話し合いをするならこのタイミングだろうなと予想しました」
「……一体なぜですか? 私たちを怪しむ理由でもあったのですか?」
「もちろんです」
ユリアンネの問いかけにフォスターが頷く。
「しばらく前から不自然な配置転換がなされ、その最中に兵が姿を消していることが判明しました」
「馬鹿な……完璧に偽装したはずだ……!」
ヴァシロフが狼狽えながら言う。
「その通りです。書類上はね。だからこそあなた方を疑いました。そんなことができるのはあなた方しかいません。しかし現場経験がないのが災いしましたね。兵士は書類上の数字ではない。仲間がいなくなれば当然、兵士たちは心配するでしょう。そういう兵士たちの話を聞き集め、事態を把握するまでにかなりの時間がかかりましたよ」
フォスターは淡々と語った。
「そ、そんな……」
ヴァシロフはさらに動揺する。確かにヴァシロフは多くの作戦を立案してきたが、実際に兵士たちと行動した経験はなく、彼らの存在は机上の駒にすぎなかった。自分が命令を出せばその通りに動く。長年そうしてきた経験から、彼らの感情を推し量ることを失念してしまっていたのだ。
「ご安心ください」
そんなヴァシロフを見てフォスターは微笑む。
「ちゃんと口止めしておきました。彼らは特殊任務に就いているから口外しないように、とね」
「なに……!?」
フォスターの言葉を聞きヴァシロフは呆気にとられた。
「……どういうことですか? あなたはジークムントお兄様の忠臣のはず」
ユリアンネがフォスターに尋ねる。
「もちろんそうです。さきほど申し上げたはず。ジークムント様に仇なす者は許せないと」
そう話すフォスターの表情は静かな怒りで満ちていた。
「あれは……ジークムント様ではありません。そして何者かがジークムント様に成りすましているのだとすれば、それはジークムント様を殺した張本人の可能性が高いでしょう」
フォスターの言葉に、ユリアンネとヴァシロフは顔を見合わせたのだった。
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