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一掃(イルスデン)

更新遅れて申し訳ありません。

「弟君であるイェルナー様をジークムント様が殺したと……?」


 ヴァシロフは驚きを押さえつつ言葉を発した。そして一瞬、周囲を見渡す。無意識のうちに誰か聞いている者がいないかと確認したのだ。もちろん、部屋の中にはヴァシロフとユリアンネしかいなかった。


「もちろん過去にもヒルデガルド様という例はございましたが……イェルナー様では事情が違うのでは……」


 ヴァシロフは急に浮いてきた額の汗を拭う。


「その通りです。国民に人気があったヒルデガルドとイェルナーでは死の価値が違います。イェルナーに関しては悪評も広まっていたことでしょう。実際、イェルナーの死で奮起している人々は一部のみ。敗北の事実を紛らわせるためかもしれませんが、将まで死んだというのは軍にとって不名誉なこと。それにラーゲンハルト、アーロフの離反に続き、イェルナーは戦死というのはお父様の名誉に傷がつきます」


 ユリアンネは険しい表情で淡々と言った。しかしその言葉には怒りがこもっている。


「ではいったいどうして……?」


「考えられるのは……」


 ヴァシロフの問いかけにユリアンネは一瞬、答えるのをためらった。


「第二皇妃派を壊滅させるためでしょう」


「……!」


 その恐ろしい言葉にヴァシロフは息を飲む。


 第二皇妃派といえば時期皇帝候補最有力と見なされていた一派であり、多くの権力者たちが支持に回っていた。第二皇妃の子供にはアーロフ、イェルナー、ヴェルメラの三人がいた。しかしアーロフ、イェルナー、そしてヴェルメラの婿であるフォルゼナッハは皆、ダルフェニア軍に敗北を喫している。そしてアーロフは離反、フォルゼナッハに至っては離反しようとして部下に討たれた。


 第二皇妃派の没落に止めを刺したのはジークムントの帰還だ。皇帝ロデリックの長男であり、人望と能力も申し分のないジークムントが戻ってきたことで、第二皇妃派に見切りをつけた者たちがジークムントの支持に回った。


 そんな第二皇妃派にとってイェルナーは残された最後の希望であった。もしイェルナーが戦争で活躍すれば、皇帝の座は無理でも帝国内でそれなりの権力を確保することは可能だろう。しかし今回、そのイェルナーが死んだことで第二皇妃派は完全に壊滅したと言っても良い状態だった。


「た、確かに……」


 ヴァシロフはなんとか言葉を絞り出した。


(恐ろしい謀略……だがそれを見抜くユリアンネも……やはりあいつに似たのか……)


 ヴァシロフはどこか寂しげにユリアンネを見つめた。


「……ですが王弟派とは違い、第二皇妃派はジークムント様に従っていました。そこまでする必要があったのでしょうか?」


「もしかすると……その先までを見据えているのかもしれません」


「その先?」


「お兄様が……亡くなった後のことです」


「……!」


 ヴァシロフはまたもや言葉を失う。


 遥か先のことを予測するのは難しい。しかし遥か先のことを操るための謀略を今から仕込んでおくのはそれよりもさらに難しいことだった。


「……ジークムント様がお世継ぎを次期皇帝にするために、帝位継承権を持つ者を排除しているということですか。ですがジークムント様にご子息はいらっしゃいません。一体誰を……」


「恐らくラーベル教の意向に沿った者でしょう。あの入れ込み具合ですから……」


 眉をひそめるヴァシロフにユリアンネが言った。


 ユリアンネ自身もラーベル教の司祭の肩書を持っている。しかしそれは名誉職のようなものであり、実際の権限もなければユリアンネ自身もそこまでラーベル教に陶酔しているわけではなかった。


「ラーベル教……!?」


「ジークムントお兄様はずっとラーベル教の手でかくまわれていたと言います。その間に洗脳でもされてしまったのかもしれません」 


「洗脳とは……」


 ユリアンネの言葉にヴァシロフはもはやオウム返しをすることしかできなくなっていた。


「お父様が亡くなった後。私は悲しみに暮れ、食事もノドを通らず泣き続ける日々が続きました。そこにジークムントお兄様が帰ってきてくださった。私は救われた気分でした。私を見たお兄様は、優し気に微笑みました……」


 そう話すユリアンネの表情は悲痛なものだった。


「信じられません……あんな偉大なお父様が亡くなったというのに、平然と笑っていられるなんて」


 ユリアンネは恐ろしいものでも見たかのように顔を歪める。


「しかし……ジークムント様も気を強く持たねばならなかったはず。そう振る舞っていらしただけではないですかな?」


 そんなユリアンネをなだめるようにヴァシロフが言う。その言葉にユリアンネは首を振った。


「お父様の偉大さを一番近くで見てきたのが兄上です。兄上はずっと帝位を継ぐ重責を感じていました。ラーゲンハルトが外に出て自由奔放に振る舞っていたのも、そんな兄上のようになりたくなかったからでしょう。ですが兄上が戻ってこられた時、兄上は晴れ晴れと自信に満ちた顔をしておられました。そんなことがあるでしょうか?」


「お疑いになるのはわかりますが……間違いなくジークムント様ご本人ではありませんか?」


 ユリアンネの言葉を聞き、ヴァシロフは怪訝な表情になった。


「そうです。しかし違うのです。まるで心だけ別人のような……ラーベル教に何かされたというのであれば説明はつきます」


「ユリアンネ様……」


 ユリアンネは自分でも何を言っているのかわからず困惑したような表情をしている。ヴァシロフはそんなユリアンネの様子を心配げに見つめた。


「ジークムント様にこの国を任せるには不安がある……そういうことですな」


 迷いと喜びが入り混じったような微妙な表情を浮かべながらヴァシロフは言った。


「私は最初からユリアンネ様こそ次期皇帝にふさわしいと思ってまいりました。ユリアンネ様にそのお気持ちはなくとも、何かあれば皇帝の座に就くのはユリアンネ様に他なりません。急いで第二皇妃を支持していた者たちを取り込みましょう。彼らとていまさらジークムント様に取り入ろうとしたところで手遅れなことはわかっているはず。王弟派もうまく利用し、気付かれぬうちに戦力を拡大するのです。ロデリック陛下の作り上げたこの国を、ラーベル教に差し出すわけにはまいりません」


 ヴァシロフの出したロデリックの名にユリアンネの肩がビクッと震える。


「……そうしてください」


 ユリアンネは硬い表情のまま頷く。それを見たヴァシロフは安堵の笑みを浮かべた。

お読みいただきありがとうございました。

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