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謀(イルスデン)

更新が滞っており申し訳ありません。


誤字報告ありがとうございました。

「ベアトリヤル様を信じよ! 邪悪なダルフェニアを滅ぼせ!」


 帝都イルスデンに勇ましい声が響く。神官衣に身を包んだ男を先頭に、イルスデンの通りを熱心なラーベル教徒たちが声を上げながら歩いていた。戦意を高揚させるためにジークムントはラーベル教を用い、自分たちの正義とダルフェニアの悪行を喧伝して歩いていた。


 主にラーベル教徒である住民たちは高揚した様子でその声に賛同していた。しかしその一方で不安げな住民や怯えた住民の姿も多く見受けられる。


 大陸統一目前と思われていたカザラス帝国はここに来て手ひどい反撃を食らわされていた。神竜を擁する神竜王国ダルフェニアに、海軍でカザラス帝国を翻弄したラングール王国、そして陸戦にも関わらずカザラス兵を壊滅させたイズミ。さらには王弟派という国内の反乱分子とされる相手の鎮圧にも失敗している。


 もちろんそれぞれが強力な相手であることは確かだ。だが頭の回る者はそれがカザラス帝国が大陸統一を急ぐあまり、戦線を広げ過ぎた結果だということに気付いている。そしてカザラス帝国の軍事力が絶対的なものではなく、自分たちが征服される側になる可能性があることにも。


 帝都を包む不安の影は日に日に濃くなっていた。人でにぎわうはずのイルスデンの大通りは心なしか閑散としている。裏通りは薄暗く、うろつく浮浪者や犯罪者すらいない。そこではネズミたちが鼻を引くつかせながら走り回っているだけだった。


 イルスデン城の一室。そこから見えるイルスデンの空は暗雲に覆われている。室内では二人の人間が向かい合ってソファーに腰かけていた。一人は初老の男、もう一人は妙齢の美女だ。どちらも最上級のこしらえの衣服を身にまとっていた。


 初老の男は帝国第一宰相であるヴァシロフ・ハッシャー、そして女性は帝国第二宰相”影の皇帝”と称されるユリアンネだった。


「……どうにかうまく行きましたね」


 悲痛な面持ちでユリアンネが呟く。


「……ええ。おっしゃる通り」


 ヴァシロフは少し間を開けて頷いた。職務上はヴァシロフの方が上位であるが、相手が皇族ということでヴァシロフは敬語で接している。


「配置転換に乗じてジークムント様の統治に不満を持つ兵に少しづつ姿を消しさせ、ノルデンハーツのエスカライザの元へ行かせる……書面上は完璧に偽装できたはずです」


 ヴァシロフが心配そうにユリアンネを見つめながら話す。


「ヒルデガルドもうまくやってくれました。部下の暴走や、予期せぬ化け物の襲撃などはあったようですが。二人ともどうにか戦線を硬直させ和解に持ち込めるまで耐えてくれたようです」


 ユリアンネは険しい表情で語った。


 そう。ノルデンハーツでの戦いが睨み合いのまま硬直したのは、ユリアンネ、エスカライザ、ヒルデガルドの三人が共謀したからこそだった。ユリアンネとヒルデガルドは王弟派という不穏分子の存続に協力した形となる。


「イェルナー様はお気の毒でしたが……停戦を破るきっかけを作ってくれました。予定では暴走したイェルナーがダルフェニアに攻め込むはずでしたが……あの狡猾な作戦はヤナス将軍辺りが提案したのでしょう」


 言葉とは裏腹に、ヴァシロフはまったく気の毒そうな顔はしていなかった。


「イェルナー様の背中には刺し傷があったそうですね。死体を加工したのはそれを隠すためでしょう」


「あそこは戦場です。敵兵に背中から刺されることもあるのでは?」


 ヴァシロフはユリアンネの言葉に眉をひそめた。


「多くの兵士は生きて帰ってきました。本陣深くまで敵が来たとは考えにくい。それにイェルナーは粗暴ですが武の達人。敵兵にむざむざ背後から撃たれる状況はありえないでしょう。相手がアデルで弓で撃たれたというならわかりますが」


「なるほど。ではやはり手練れの暗殺部隊……」


 顔をしかめてヴァシロフが呟く。


「しかも本陣にまで潜り込めるとなれば身内の可能性も高いでしょう。つまり……」


「『皇毒』、ですか」


 ユリアンネが濁した言葉をヴァシロフは汲み取る。「皇毒」は皇帝直属の暗殺部隊であり、帝国でもっとも戦闘力の高い部隊と言われている。損害を受け新人が増えたため、かつてほどの脅威ではないが、いまなお皇帝の懐刀として恐れられていた。


「皇毒を動かせる人間はごくわずか。我々と兄上しかおりません」


「ジークムント様がイェルナー様を殺害するために送り込んだのですか? まさか我々の計画に気付いて……」


 ヴァシロフの顔が青ざめる。


 イェルナーの暴走はヴァシロフたちによって仕組まれたものだった。第一征伐軍軍団長の任を解くという偽の命令書を送り、イェルナーを焦らせたのだ。印は公式な命令書と同じものが使われており、それを偽物だとは見破ることはできない。


 その結果としてイェルナーは暴走したのだが、ヴァシロフたちが思い描いていたものとはまったく違っていた。


「気付いていたのであれば、今頃私たちも無事ではないでしょう」


「で、ではなぜ皇毒を……?」


 恐る恐るヴァシロフが尋ねる。


「わかりません。ですが……もし兄上が仕込んでいたなら、偶然我々の意図がかみ合ったのかもしれません」


「偶然?」


 ヴァシロフはユリアンネの言葉に少し首をひねった。


「兄上は……」


 ユリアンネは思いつめた様子で続きを話すのをためらう。しかしすぐに再び口を開いた。


「イェルナーが敗北した際に暗殺するよう、前から皇毒たちを仕込んでおいたのです」


「なっ……!?」


 それを聞き、ヴァシロフはしばらく硬直したまま口と目を開いていたのであった。


お読みいただきありがとうございました。

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