化かし合い(ノルデンハーツ)
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ノルデンハーツの住民たちは不安げに瓦礫を片付けていた。
ヒルデガルド率いる第二征伐軍のノルデンハーツ鎮圧は失敗に終わり、カザラス帝国と王弟派の間では講和が結ばれた。戦いが終わり、住民はほっとしつつも不安げな表情をしている。戦いの火は消えたものの、火種そのものは残ったままだからだ。またいつ燃え上がるかわからない火に怯えながら、住民たちは生活していかなければならなかった。
しかし住民たちとは違い、ノルデンハーツに集まった王弟派の貴族たちは意気揚々としていた。ノルデンハーツ城では連日、祝勝会が開かれ豪華な料理と酒が振る舞われていた。
「簒奪者め、おもいしったか!」
「所詮は下級貴族だ。ロデリックめが戦いがうまかったのは認めるが、国を統治するには荷が重い。息子も思い知っただろう」
貴族たちは浮かれながら、日頃たまった鬱憤をまき散らす。カザラス帝国との間で結んだ講和には貴族たちの地位を保証するという条件が付けられていた。これは貴族たちに罪を着せ、各個に粛清することを防ぐものだ。自分たちの身の安全が保障されたことで貴族たちは気が大きくなっていた。
「なんならこのまま帝都まで攻め上がり、支配権を取り戻しても良かったのだがな」
「ふはははっ、そうなればエスカライザ様が皇帝の座につかれることになりますか。そうなると宰相の地位は誰が適任でしょうな」
あれやこれやと妄想を膨らませ、貴族たちは笑い合った。
しかし王弟派の旗頭であるエスカライザと副官のライナードはその喧騒から離れ、険しい表情で話し合っていた。
「まったく、戦いのときは閉じこもっておられたのに……」
聞こえてくる貴族たちの笑い声を聞きながら、ライナードはため息をついた。
「彼らをどう思う?」
エスカライザは眉間にしわを寄せながらライナードに尋ねた。
「役に立ちませんね。エスカライザ様が帝位につかれたら彼らが国の重職を担うと思うと、ジークムント様を応援したくなってしまいます」
「ふっ、そう言うでない。彼らの財力や私兵がいなければ妾は簒奪者どもと戦えぬ」
辛辣なライナードの言葉にエスカライザは苦笑した。
「呑気なものです。向こうがその気になればいつでも約束を違えることが出来るというのに……」
ライナードは小さくため息をつく。
「妾たちがこうしていられるのもダルフェニアのおかげじゃ。かといってカザラス帝国がダルフェニアに破れ、征服されるようなことになってはかなわぬ。難しいところじゃな」
エスカライザも深くため息をついた。
「それはあちらも同じでしょう。我々に負けるわけにも、ダルフェニアに負けるわけにもいきませんからな」
「そうじゃ。どこかのタイミングで必ず裏切らなければならぬ。腹の読み合いか……やれやれ、あの女には勝てる気がせんのう」
ライナードの言葉にエスカライザは首を振る。
「まあおかげで生き延びれたわけですからね。その間にどうにか作戦を立ててください。私は政治的な謀略は得意としておりませんので」
「……簡単に言ってくれるな」
無責任に言い放つライナードをエスカライザは睨み見つけた。
「かんぱーい!」
ノルデンハーツの町の安酒場で祝杯が挙げられた。酒場には粗末な鎧を身にまとった男たちがあふれんばかりに詰めかけている。その男たちの服には一様に黒い羽が取りつけられていた。それはエスカライザに雇われている傭兵団、黒鳥傭兵団の団員である証だ。
彼らもまた戦いの勝利を祝い、また死んでいった仲間たちへの追悼、そして生き残った自分たちへのご褒美を兼ね、祝宴を上げていたのだ。
「皆の者、よく頑張ってくれた!」
その中で紳士然とした男が皆に語り掛ける。すらりとした長身に黒い服、黒い鎧を身にまとっていた。黒鳥傭兵団団長”黒装”ガーラントだ。
「この度の勝利は我々の活躍によるものと言っても過言ではない! この国の正当な統治者たるエスカライザ様もお喜びだ! 約束通り、多額の報奨金を支払っていただいた。今後の我々にもご期待されているのであろう!」
ガーラントの言葉に団員たちは盛り上がる。よく聞けば内容は大したことを言っていないのだが、ガーランドの話し方や態度によって堂々とした印象を与えていた。
「俺、ガーラント様について行きます!」
少年のような団員が目を輝かせて声を上げる。報酬につられ、つい最近黒鳥傭兵団に入ったばかりだった。戦いの興奮や場の雰囲気、そしてガーラントの話にすっかりのぼせ上っている。
「君のような有望な青年は大歓迎だ。名誉は貴族たちだけのものではない。君たちも戦いでそれを勝ち取ることが出来る。ぜひこれからも我々とともに、栄誉ある戦いに馳せ参じようではないか!」
ガーラントが親し気に肩を叩くと、嬉しそうに微笑んだ。
「今日は私のおごりだ。思う存分楽しんでくれ!」
ガーラントが言うと酒場中から歓声が上がる。けっしてご馳走ではないが、団員たちは酒とつまみに舌鼓を打った。
そんな騒ぎをよそに酒場の二階にある個室ではガーラントの妻、”喚鳥”テレーゼが金貨の入った袋を広げて勘定に勤しんでいた。
「……やれやれ、思ったより生き残っちまったね」
テレーゼはため息をつく。黒鳥傭兵団とエスカライザの傭兵契約では、一人頭で報酬が支払われることになっていた。一方で黒鳥傭兵団では生き残った団員のみに報酬が支払われる。そのため黒鳥傭兵団では素人でもいいから寄せ集めて多額の報酬を得ていた。生き残る者が少ないほど儲かる仕組みだ。
傭兵団を雇う側としても、自分たちの兵士でもないものがいくら死のうが気にはしない。そのため傭兵団は戦場でもっとも危険な場所に配置されるのが普通だった。紅蠍傭兵団や金獅子傭兵団のように戦力として期待される傭兵団は特殊であり、多くの傭兵団に与えられるのは肉壁や囮といった「正規兵の代わりに死ぬ」という役割なのだ。
「どうだい?」
そこに扉を開け、ガーラントが現れた。
「どうしたもこうしたもないよ、また良い格好してさ! 酒代はあんたの給料から出すんだよ!」
そんなガーラントにテレーゼはまくしたてる。
「わ、わかったよ。それよりこのままここにいて大丈夫なのかい? いつまた皇帝が兵を差し向けて来るかわからないだろう?」
団員たちの前とは打って変わってオドオドした態度でガーラントは尋ねた。
「まあね。ただしばらくは大丈夫だろうさ。あっちもいまエスカライザ様に倒られたら困るだろうからね」
「あっち? いったい何の話だい?」
テレーゼの話にガーラントはポカンとした。
「まったく、本当にあんたは見てくれだけだね! ここしばらく、やたら屈強な男たちがこの町を訪れてることに気付かなかったかい?」
「いや……それが何か?」
「普通の旅人を装ってたけど、動きで分かる。カザラスの兵隊は集団行動を叩きこまれるからね。歩き方や歩幅に癖が出るのさ。帝都から兵隊どもがやってきてるってことだよ。町の兵隊も増えただろう?」
「帝都の兵士たちが流れて来てるってことかい? そりゃ良かったね」
ガーラントは笑顔になったが、それを見たテレーゼは余計に不機嫌そうな顔になった。
「何も考えちゃいないね。そんなスパイかもしれない兵士を簡単に雇い入れるかい? 帝都のほうでも大勢の兵隊が抜けて行ってるのに気付かないと思うかい?」
「ん? ど、どういうことだろう……」
ガーラントはただただわけがわからず困惑する。
「つまり申し合わせがあったんだよ。誰かが帝都の兵士数をちょろまかして抜けさせ、こっちに送り込んでいる。そしてエスカライザ様もそれをご承知で雇い入れているのさ」
「そ、そんなことが!? つまり……帝都内に内通者が?」
ガーラントは腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「そうだって言ってるんだよ」
「い、一体だれが!?」
「わかるだろ? こんなことが出来るのは……」
ドサッという音が室内に響く。それはテレーゼの発した名を聞いたガーラントがとうとう腰を抜かし、床に倒れ込んだ音だった。
「まったく……想像以上の化け狐たちだね」
そんなガーラントをよそにテレーゼは顔をしかめて呟いたのだった。
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