出発(ロスルー)
誤字報告ありがとうございました。
ロスルーでは砂漠に出発するため、アデルたちが馬車に乗り込もうとしていた。砂船はすでに砂漠のほうへと運ばれており、試運転等がなされている。ラヒドら蛮族たちも出発の準備を終え、アデルたちに合流していた。
「異種族とは聞いていたが……」
そのメンバーを見てサラディオは困惑した。異種族とはいっても人型を想像していたのだ。まさか鳥やアリのような姿の異種族と同行することになるとは思ってもいなかった。
「子供までいるぞ。アデル王の趣味か?」
馬車に乗り込む神竜娘たちを見て蛮族たちがヒソヒソと話す。それが恐ろしい力を持つ神竜であるとは予想だにしていなかった。ロスルーにはまだ神竜信仰具店もなく、住民たちも神竜たちの普段の姿を知る者は少ない。ダルフェニア兵に聞き込みでもしない限り、その少女たちが神竜であることはわからない。
「まあこれがダルフェニアらしさだろうな」
ラヒドは笑いながら自身のヒトコブダチョウに荷物を括りつけている。お土産代わりに砂漠では手に入らない品を仕入れていた。
「みなさん、揃いましたか?」
アデルは同行するメンバーを確認する。今回の旅にはハニー率いるハチアリが三十人、シャモン率いるコカトリスが十人、イルアーナ率いるダークエルフが十人、神竜騎士団が十人が同行する。神竜騎士団の団長であるエレイーズが長期間留守にするわけには行かないので、代わりにクライフが指揮することとなっていた。
余談だが神竜王国ダルフェニアでは異種族を数える際は「人」と数えることとなっている。種族ごとに数え方が違うのはややこしいからという理由がメインだが、「頭」や「匹」など動物扱いするのは失礼かもしれないというアデルの考えもあった。もっとも「人」と数えられることがその種族にとって喜ばしいのかどうかなどもよくわからないため、「人」で数えられることが嫌なのであれば相談するようにと伝えられている。だがそもそも異種族たちの多くは数える際の単位など気にしていないため、今のところ問題は起きていなかった。
「み、みんな。よろしく頼……むぞ」
クライフが緊張した面持ちでたどたどしく命令を出す。神竜騎士たちは苦笑いしながらそれに従っていた。
(僕を殺そうとしたマイズさんのお子さんに護衛されることになるとはなぁ……)
そんなクライフを見ながらアデルはしみじみと思った。
(こういう時、いつも連れて行くのはリオさんだったけど……元気してるかな)
アデルは親衛隊長を自称していた”黒槍”リオのことを思い出す。武力以外取り柄のなかったリオはたびたびアデルの旅に同行していた。
「あとは……しーちゃんかな?」
同行するメンバーの確認をしていたアデルが呟く。その時、ロスルー城から三人のマーメイドたちに付き添われたしーちゃんが出てきた。
マーメイドは下半身が魚のようになっている女性の種族だ。当然、地上では動きにくく、尾びれで地面をにじりながら進む。その名の通り(?)メイド服をまとっており、シーちゃんの身の回りの世話を行っていた。
「あ、どうも」
アデルはマーメイドたちに頭を下げる。
「アデル殿。わたくしどもも海竜王様とともに参ります」
「へ?」
その言葉にアデルは唖然とした。発言したのはマーメイドたちを束ねているルピスと言う名のマーメイドだった。濡れたような黒髪の美人だが、どこか幸薄そうな印象を受ける。マーメイドたちは多種族から「食糧」として狙われることが多かったため、いまだに周囲に対して警戒するような視線を向けていた。
「あの……大丈夫ですか? 結構大変な旅になると思いますけど……」
アデルは戸惑いつつルピスに確認する。マーメイドは水魔法に長けていると聞いているものの、その力は未知数だった。そのうえ慣れない地上、さらには水の全くない砂漠で活躍の機会があるとは思えなかった。
「おっしゃる通り地上は不慣れですが、海竜王様も望んでおられます」
「しーちゃんが?」
アデルはマーメイドの足に抱きついているしーちゃんに目線を向ける。アデルを見上げていたしーちゃんがコクリと頷いた。
「わかりました」
少し不安に思いつつもアデルは了承する。
そしてアデルたちは馬車に乗り込むと、死の砂漠へ向けて出発した。蛮族たちを伴いながらしばらく馬車を走らせる。草がまばらになってきた砂漠と草原の境目。そこでは多数のオークたちが作業をしていた。
「アデル様!」
作業をしていたオークたちがアデルに敬礼をする。
「わぁ、もうこんなに出来たんですね!」
アデルは笑顔でオークたちが作っていたものに目を向けた。
それは簡易的な港のようなもので、何本もの桟橋がすでに作られている。砂船がその桟橋に横付けされており、楽に荷物の積み下ろしができるようになっていた。蛮族たちとの話がまとまれば交易所や倉庫も作られていく予定だった。
「いつの間にこんなものを……」
蛮族のラヒドは驚いた。技術はもちろん、力も強いオークたちの建設速度は人間よりもだいぶ早い。特に蛮族たちは建設に関してはあまり得意ではなかった。
「あれで砂漠を渡るつもりなのか?」
サラディオは何艘も並べられた砂船を見て呟いた。大きなマストと帆が付いていること以外、見た目は海で使うボートとあまり大差はない。アデルが命じるよりも早くオークたちは馬車に積まれた荷物を砂船に積み始めた。
「荷馬車みたいなもんか? あれを引く動物は見当たらないが……」
蛮族たちが怪訝な顔で見守る中、アデルたちは出発の準備を整えた。
「お待たせしました。出発しましょうか」
アデルがラヒドに声をかける。
「出発って……あれを引く動物はどこに?」
「砂船ですか? 風の力で動くので大丈夫ですよ」
「風の力?」
アデルの話にラヒドは戸惑う。
「実際に進んで見せましょうか。お願いします」
アデルはそう言って砂船に乗り込むとハチアリにお願いした。ハチアリは意思疎通はできるものの発声器官がないため、黙ってコクリと頷く。
(……単体で見ると丸くてかわいいかもしれない)
アデルはそんなハチアリの様子を見ながら思った。そしてすぐに触覚と羽を揺らせながらハチアリが風魔法を発動させる。触覚や羽を動かすのは人間でいう詠唱や身振りの代わりだった。
砂船に向けて風が吹く。そんなに強い風ではないが、大きな帆は風を受けて膨らんだ。最初はゆっくりと、だがどんどんスピードが乗って砂船は砂漠の大地に滑り出した。
「ほら! こんな感じです!」
アデルは船上からラヒドたちに向かって叫ぶ。
「こんな砂漠の渡り方が……!?」
サラディオは進んでいく砂船を見ながら茫然と呟くことしかできなかった。
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