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竜玉

「デルガード君、デルガード君!」


 モンナの町での交易を終え、イーノス商会の荷づくりを手伝っていたアデルは声をかけられた。振り向くと、イーノスが小声で手招きをしている。


「どうしました?」


「いやぁ、デルガード君。君にちょっと良いものをあげようと思って……」


 イーノスは人目をはばかるように周囲を見回す。


「いいもの?」


「ああ、これだよ」


 イーノスは懐から何かを取り出すと、アデルの手に握らせた。それは小瓶だった。イーノスの体温で温まっているのが若干気持ち悪い。


「これは?」


竜玉りゅうぎょくの粉さ」


「竜玉?」


 アデルはポカンとした表情で聞き返す。よくゲームなどでは聞いた単語だが、ゲームによって効果は様々だ。


「ああ。竜の力が込められた魔法の石さ」


「竜の力……!? それはすごい……」


 アデルは息をのんだ。


「それを飲みやすいように砕いて粉にしてあるんだ。これを飲めば力がみなぎってくるよ」


「飲めば竜の力が?」


「あぁ、そうだよ。 飲めばビンビンだよ」


(ん? ……ビ、ビンビン?)


 竜玉の説明に聞き入っていたアデルは久々に聞いた下品な擬音に我に返った。


「それって……要するに精力剤?」


 竜の力が手に入ると期待してしまったアデルはがっかりした。


「そうだよ。いらないかい?」


 イーノスの言葉にアデルははっきりと答えた。


「いえ、いります」


 アデルはもらった小瓶をポケットにしまった。


「だよね。良かった良かった」


 イーノスはにやにやと笑みを浮かべながら言う。


「その代わりといっちゃなんだけど……」


「え? な、なんでしょう……?」


「ヒルデガルド様に私の事を良く伝えてくれ。君、好かれてるだろう?」


「す、好かれてる? そんな事ありませんけど……」


 どちらかというとよく睨まれているので嫌われている、アデルはそう思っていた。


「そんなわけないだろう。一緒に訓練したり、さっきも食事したりしていただろう」


「それはそうですけど……」


 先ほどヴィレムと話した後、アデルたちは奢るからとヒルデガルドたちに食事に誘われていた。気軽に受けたアデルだったが、”剣者”ルトガーからいままでの経歴について質問されまくったため、食事もそこそこに商隊を手伝うという口実で逃げ出してきていたのだった。


「もしヒルデガルド様とお付き合いするなんてことになったら、我々のことを贔屓にしてもらえるとありがたいな」


「そ、そんなことなるわけないじゃないですか!」


 顔を赤くして否定するアデルだったが、想像するとまんざらでもなかった。




 イーノス商会の準備が終わり、まもなく出発するということで馬車に乗り込んだアデルはピーコに、竜の力を得られるという竜玉のことを聞いてみた。


「むうもく?」


 煎り木生虫きせいちゅうを口いっぱいに頬張りながらピーコは首を傾げた。木生虫はモンナの名物で、倒木などの中に住み着く茶色い芋虫だ。みんなドン引きだったが、ピーコだけはうまいうまいと言って食べていて、お土産用の 煎り木生虫まで買ってもらっていた。確かに香ばしい匂いが漂い、匂いだけは美味しそうだ。


「知らんのう。もしかしたら我らの体内にそういうものがあるのかも知れんが……」


「卵とは違うのか? たまに人間が竜の卵を食べれば力を得られるとか、不老不死になれるとか言っていると聞くが……」


 イルアーナが顎に手を当てて話す。


「我々の卵を食べるじゃと? なんと不届きな……ところで、美味いのか?」


 ピーコは怒りながらも味が気になるようだ。


「死ぬよ」


 その時、馬車のシートに仰向けに寝転がっていたポチが口を開いた。


「え?」


「普通の人間が食べたら死ぬ。竜族が育つほどのエネルギーを人間が受け止められるわけないでしょ」


「な、なるほど」


 ポチの言葉にアデルは納得した。


「では卵の殻だけならどうだ?」


 イルアーナがポチの言葉を受けて考える。


「殻だけなら死にはしないけど……でも石や鉄を食べるようなもので、絶対お腹壊すと思う」


「じゃあ、これはなんなんだろう……」


 アデルは小瓶を見つめて首を傾げた。


「貸して」


「あっ」


 ポチは起き上がってアデルの手から小瓶を奪い取ると栓を開けて匂いを嗅いだ。


「……鹿の角」


 正体がわかって興味を失ったのか、ポチは小瓶をアデルに返してまた寝転がった。


「なんだ、鹿の角か」


 アデルも不思議な力がこもったものではないとわかり、がっかりする。貰ったからいいものの、お金を払って買っていたなら詐欺だ。


「ところでなんでそんなものを?」


 イルアーナが不思議そうに尋ねた。


「あぁ、なんかヒルデガルド様と僕が仲がいいと勘違いしてるみたいで、イーノスさんがくれたんですよ」


 アデルは正直に答える。


「お前とヒルデガルドが仲が良いからくれた……?」


 イルアーナの表情が険しくなった。


「えっ……ええ。そ、それが何か……?」


「……別に」


 イルアーナは明らかに不機嫌そうに顔をそむけた。ダークエルフの風習では、鹿の角は初夜を迎える男女に贈る、精力を高める薬だったのである。


少し馬車の中の空気が悪くなったその時――


「失礼します。ご一緒してもいいかしら?」


 アデルたちの乗っている馬車にヒルデガルドとエマが乗り込んできた。


「へ?」


 ポカンとするアデルの返事を待たず、二人は空いているところに座る。後ろの馬車の御者台に座ったイーノスがそれに気付き、アデルに親指を立ててウィンクした。


「よし、出発だ!」


 イーノスの号令で馬車が出発した。

お読みいただきありがとうございました。

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