再興(スターティア ロスルー)
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旧ハーヴィル王国の王都スターティア。かつては北のイルスデンと並ぶ大都市として栄華を誇っていたが、現在は町全体が重苦しい雰囲気に包まれていた。
カザラス帝国と激しい闘いを繰り広げたハーヴィル王国は最後まで抵抗を続けた。王都スターティアでも多くの者が犠牲となり、戦後も厳しい監視体勢が敷かれた。
特に元々ハーヴィル王国の貴族でカザラス帝国に寝返った第二平定軍軍団長”狂犬”ミリアムの統治は苛烈だった。ハーヴィルの王族や最後まで抵抗を続けた貴族たちを大通りに磔にし、その後も反抗的な者たちを次々と粛清していった。
その戦いから十年以上が経ち、破壊された町並みはほぼ修復されたものの、裏通りにはまだ破壊されたままの家屋なども残っている。何より人々の心には大きな傷が残されたままだった。
そんなスターティアの大通りを忙しなく兵士たちが移動している。神竜王国ダルフェニアがロスルーを占領したことで、第二平定軍もにわかに慌ただしくなっていた。
第二平定軍はロスルーが落ちた事実に関して緘口令を敷いているが、人の口を完全に閉ざすのは難しい。スターティアの人々の間には噂として神竜王国ダルフェニアが快進撃を続けているという話が広まっている。スターティアの人々のカザラス帝国への恨みは根深く、神竜王国ダルフェニアへの期待が高まっていた。
「皇帝のバカ息子共が……こっちから兵を奪っておいて何度も負けやがって……」
城の上から兵の動きを見ながらミリアムが苛立たしげに言う。
アーロフが第一征伐軍を率いてダルフェニア軍に敗北した際、その補充としてミリアムの軍から兵を送るよう要請があった。その際、ミリアムは一万の兵を差し出したのだが、そのうち半分は町にいた浮浪者や病人、犯罪者といった人々を徴兵したものだった。
「あんな小国に手玉に取られるなど、カザラス帝国は早くも凋落しつつあるのかもな」
ミリアムは大きくため息をついた。
「それにしても……随分深く防衛線を敷くのだな。だいぶ領土を切り取られてしまうが……」
首をかしげながらミリアムが言う。本国から指示を受け防衛線を敷こうとしているのだが、その防衛線はロスルーからだいぶ遠く、いくつかの町や村が防衛網から取り残されてしまう。
「それだけダルフェニア軍を恐れているということか。やれやれ、ハーヴィルを攻め落とした時の勢いはどこへ行ってしまったのやら……」
ミリアムはスターティアの街並みを見つめて呟いた。
「ついにここまで……」
ロスルーの町の一角、一件の宿屋の前で”白獅子”ウルリッシュは感慨深げに呟いた。その手には木の看板を持っている。ウルリッシュの後ろにはハーヴィル王家の王女である”賢姫”クロディーヌ、そしてサージェス、ウッディら旧ハーヴィル王国の騎士たちがいた。
ウルリッシュは宿屋の入り口に持っていた看板を取りつける。その看板には「新生ハーヴィル王国臨時政府」と掛かれている。ウルリッシュは瞳を潤ませながら、その看板を見て何度も頷いていた。
クロディーヌを擁立してハーヴィル王国を復興させることはウルリッシュの悲願であった。ただの宿屋ではあるが、これはウルリッシュの悲願を叶える第一歩である。この宿屋の敷地は狭いながらも新生ハーヴィル王国の領土としてアデルが認めていた。
ハーヴィル王国復興に関して神竜王国ダルフェニアとしてどの程度の関与をするべきかは意見が分かれている。ダークエルフやオークらを中心にダルフェニア軍が取り返した領土をなぜ他人に明け渡さなければならないのかといった意見が多い。領土が欲しければ自分の力で勝ち取るべきだという考えだ。
一方でラーゲンハルトや貴族出身者らを中心に復興に力を貸すべきだという意見が出ている。自分たちの領土に対する気持ちがわかるからなのだろう。またカザラス帝国による武力侵攻を良しとしないのであれば、旧ハーヴィル王国の領土を自分たちのものとするのは筋が通らないという意見もあった。
折衷案として旧ハーヴィル王国の領土を完全に保証したうえで神竜王国ダルフェニアの属国としてはどうかという意見もあったが、それはウルリッシュらのプライドが許さないだろうということで採用されなかった。
結局、新生ハーヴィル王国の領土に関する問題は先送りにされ、ハーヴィル兵の頑張りや住民の希望次第で領土を割譲するという約束だけにとどまった。
「良かったね、おじいちゃん」
感極まるウルリッシュにクロディーヌが声をかける。実はクロディーヌ自身は物心つく前に国が滅んでいたこともあり、祖国復興と言われてもあまりピンと来なかった。しかし自分の保護者として今まで育ててくれたウルリッシュの悲願には協力したいとも思っていた。
「いや、まだこれからだ」
ウルリッシュは涙をぬぐうと、後ろを振り向く。ウルリッシュたちを遠巻きに囲むように多くの人々が集まっていた。
「ハーヴィルの民よ!」
ウルリッシュは人々に向かって声を張り上げる。
「こちらにおわすのは紛れもなくハーヴィル王家のご息女、クロディーヌ・パトリシャール様だ!」
「おお、生きていらしたのか……」
「確かに王妃様にソックリだ……!」
ウルリッシュの言葉に人々がどよめく。多くの視線が集まり、クロディーヌは恥ずかし気に俯いた。
「これより我々は神竜王国ダルフェニアのアデル王のお力を借り、ハーヴィルの地から野蛮なカザラス兵共を追い出す!」
「おぉ……!」
勇ましいウルリッシュの言葉に人々から感嘆の声があがる。
「……クロディーヌ」
ウルリッシュが目配せをしてクロディーヌに発言を促す。クロディーヌは緊張の面持ちで頷いた。
「……皆さん、ハーヴィル王家長女クロディーヌ・パトリシャールです。我々は力及ばず、カザラス帝国に敗北しました。カザラス帝国は武力によって次々と他国の平和を踏みにじり、好き勝手していることは周知の事実です。ここ最近のカザラス帝国の横暴な振る舞いは皆さん、よくお分かりかと思います。どうか祖国を取り戻すため、皆さんの尊厳を取り戻すため、もう一度私たちに力をお貸しください!」
クロディーヌは一所懸命に話すと頭を下げる。一瞬、人々が唖然として沈黙が生まれた。クロディーヌは自分の発言が良くなかったのかと後悔の念を抱く。
「も、もちろんです!」
「俺も戦います!」
「ハーヴィル王国バンザイ!」
だがその沈黙はすぐに大歓声によってかき消された。もとよりこの宿屋でハーヴィル人の義勇兵を募ることは告知されており、集まったのは志願を希望するものが大半だった。
「義勇軍に参加したい者はこちらで受付を!」
歓声に負けないように騎士のサージェスが声を張り上げる。受付にはすぐに人が殺到した。
(……この人たちを危険な戦争に向かわせるのがボクの使命なんだね)
クロディーヌはその様子を複雑な気持ちで見つめていたのだった。
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