モンナの町
翌日昼、イーノス商会一行はモンナの町で商売と休憩をすることになった。エルゾまでもうすぐというところまで来て、ずっと緊張気味だったイーノスにも余裕が出来ていた。
「いやぁ、ぜひまた当商会をご利用いただきたいものですなぁ」
走る馬車の御者台からイーノスがヒルデガルドに話しかけた。ヒルデガルドの護送でイーノス商会にも多額の謝礼が支払われる。その上、腕利きの護衛がついて、しかもヒルデガルドやエマなどの美女と旅できる。イーノスは初日に怯えていたのがウソのように上機嫌であった。
「上からの指示次第ですね」
ヒルデガルドは答えをはぐらかす。本来であれば兵士に護衛させれば、より安全で快適で安価なのだから当然であろう。
モンナは周辺を森に囲まれた町だ。獣の森と違い、危険な魔物が住んでいないため林業が盛んで、なおかつエルゾとロスルーという大きな町の間にあるため交易の中継地として発展した。町は丸太で作られた塀で囲まれており、入り口は数人の衛兵に守られていた。イーノス商会は顔馴染みのようで、先頭の馬車に乗っている”片目”のリューディガーが衛兵と少し会話すると、残りの馬車はチェックを受けずに町に入ることを許された。
(……ん?)
アデルは衛兵を見て違和感を感じた。
(これはまさか……!?)
モンナの街並みは他の町と違い、木造の低い建物が中心だった。木材の入手が容易なためだ。火事を懸念して建物の同士の間は数mの隙間が空けられている。商隊は忙しそうにテキパキと働いている。ヒルデガルドたちは酒場に入って休むようだ。イルアーナはまだ馬車で寝ていたポチとピーコを起こしている。
「あ、あの、ヴィレムさん。ちょっとよろしいですか?」
アデルは緊張した面持ちでヴィレムに近づいて話しかけた。ヒルデガルドは昨日の一件で話しづらかったし、エマはそもそも話しづらい。”剣者”ルトガーも偉い人なので一番アデルが話しかけやすかったのがヴィレムだった。
ヴィレムはヒルデガルドと目を交わす。ヒルデガルドが頷いた。
「先に中に入っています」
「承知しました」
ヴィレムはヒルデガルドに一礼し、アデルに向き直った。ヒルデガルドたちは店の中に入って行く。
「どうしました?」
「あ、あの……この町の衛兵たち……どうもカザラス帝国の兵士じゃないみたいなんですけど」
アデルが衛兵を見たとき、頭の中で見た彼らの所属は「冒険者ギルド」となっていたのだ。
アデルはイルアーナが言っていたことを思い出した。冒険者は犯罪者の隠れ家にもなっていると。この町は犯罪者たちに乗っ取られており、ヒルデガルドたちを狙っているのではないか。アデルはそう思い、ヒルデガルドたちに伝えなければならないと声をかけたのだ。
そうなると門のところで衛兵と話していたリューディガーも裏切り者の可能性がある。これは大変なことになる……アデルは緊張した面持ちでヴィレムに告げた。
「ああ、そうですよ。この町は冒険者ギルドが警護を担当しているんですよ」
「へ? そうなんですか?」
あっさりとした返事に、アデルは間の抜けた顔になる。
「ここ旧エレンツィア王国領は冒険者ギルド発祥の地で、冒険者が多いんですよ。それでこの辺りでは冒険者を雇って治安維持をしてもらっています。獣人やリザードマン、ダークエルフなど、旧エレンツィアには亜人が多くて、戦力はたくさん欲しいですからね」
「そ、そうなんですね。てっきり、ヒルデガルドさんを殺すため兵士に化けているのかと……」
アデルは安堵のため息をついた。
「しかし、よくそんなとこに気付きましたね」
ヴィレムは感心したように言う。
「い、いや、なんか普通の兵士とは雰囲気が違うなと……」
「自分なんて、なんのお役にも立てなくて……」
ヴィレムは肩を落とした。
「そ、そんなことないと思いますよ」
アデルはヴィレムをフォローする。確かにヒルデガルド一行の中では低いかもしれないが、十分高い能力を持っているようにアデルには見えた。
「自分は騎士の家に生まれて、結構長く先生……ルトガー様の教えを受けているんですが、どうも人と争うのが苦手で……戦場に行かず、ずっとルトガー様のお世話をさせていただいているんです。おかげで”万年弟子”なんて陰で呼ばれてしまっています……」
ヴィレムは自嘲しながら言った。
「そうなんですか……」
「ええ。今ではエマの方がヒルデガルド様のお役に立てるようになっていて……お恥ずかしい限りです」
「エマさんはずいぶんヒルデガルド様に心酔されていますよね。召使いではないんですか?」
「エマは下級貴族の生まれなんですが、生まれつき視力が悪くて……役立たずと言われて奉公に出されてしまい、平民に混じってヒルデガルド様の下で召使いとして働いていたのです。そんなとき、エマの視力の悪さに気づいた、まだ幼かったヒルデガルド様が御祖父様にお願いして眼鏡という高価な道具を買い与えました。エマは才能があったのかヒルデガルド様のご恩に報いるために努力したのか、勉学にも武芸にも才能を現し、いまでは側近兼召使いとしてヒルデガルド様に仕えています。”盲目”のエマ。眼の悪さと、盲目的にヒルデガルド様に忠誠を誓っていることから、そんな異名までついています」
「なるほど……ヒルデガルドさんってすごくいい人なんですね」
アデルは感心していった。
「もちろんですよ。平民の血が混じっていると宮廷では白い目で見られていますが、我々はヒルデガルド様こそ次期皇帝に相応しいと思っています」
ヴィレムが熱く語るのを聞いて、アデルは複雑な気分になった。
(ヒルデガルドさんたちとも戦わなければならない日が来るんだろうか……)
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