聖地(ロスルー)
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暗闇の中、息を潜ませるように静まり返った村がある。その周りを音をたてないように注意しながら移動する兵士たちの姿があった。男たちは村の入り口に忍び寄る。村には相変わらず物音も明かりもない。
「行くぞ」
小声で老兵が指示を出す。彼はウルリッシュ、そして周りにいる十数人はハーヴィル義勇軍の兵士たちだった。
兵士たちは小さく頷くと村の中へと入って行く。注意深く周囲の様子を観察しながら、兵士たちは民家の入り口へと近付いた。そして顔を見合わせ小さく頷くと、民家のドアを蹴り破る。家の中に踏み込み兵士たちが中を探索するが、住民の姿はなかった。その後、他の家の中も探索していくがやはり住民の姿はない。
「ウルリッシュ様!」
一人の兵士がウルリッシュの名を呼ぶ。
「いたか?」
ウルリッシュがその兵士の入った家に駆け付ける。
「いえ、これを……」
兵士は困惑した表情で指をさす。そこには床に広がる、赤黒い染みがあった。
「ここもか」
ウルリッシュは険しい顔で呟いた。
アデルたちはミドルンに戻ることになっていたが、ロスルーが落ち着くまではしばらくの間ロスルーに滞在することになる。アデルたちはロスルー城の客間に数日間寝泊まりしていた。
ロスルー城の会議室で今アデルたちは今後の方針を議論する。その休憩中、一人の伝令がやってきてエレイーズに何やら報告をした。
「何かありましたか?」
アデルがエレイーズに尋ねる。
「北東の村に向かった斥候からの連絡です。村にはやはり住民がおらず……」
エレイーズが表情を曇らせて言う。
「またですか……」
アデルは眉をひそめて呟いた。
アデルは周辺の町や村の状況を把握するために偵察の兵を送っていた。その任務に志願したのはウルリッシュをはじめとしたハーヴィル義勇軍だった。長年、祖国を離れていたとはいえ土地勘はある。久々に故郷の土を踏んだハーヴィル義勇軍の兵たちはその感触を喜んだ。
しかしそれも最初のうちだけであった。周辺の小さな町や村にはどこも住民が発見されなかった。侵略された地域の住民が避難することは当然のことだったが、それでも一定数の住民は住んでいる場所から離れることを嫌うものだ。誰も見つからないというのは異常だった。しかも一部の民家には血痕が残されている。何か異常があったことは確かだ。
混乱が生じた地域では治安が悪くなり、野盗などがはびこるのも世の常である。神竜王国ダルフェニアも併合した地域の治安維持には気を使っていた。そういった野盗の仕業とも考えられたが、野盗が死体をいちいち葬るとも考えづらい。
また調べていくうちにあることがわかった。多くの民家は荷物などが持ち出されており、きちんと準備をして家を出た形跡があった。しかし血の跡があった家ではほとんどの家財道具が残されている。
「状況を見るに、ほとんどの住民は自分の意志で村を出て行った。ただし村に残ろうとした人は何者かに殺された。そう考えるのが妥当かな」
ラーゲンハルトが得られた情報から推測する。
「でもどうしてそんなことを……」
アデルが首をひねる。
「なんだろうね。最近、相手の動きがよくわからないことが多いし、それを主導してるのがカザラス帝国なのかラーベル教会なのかも不明なんだよね」
ラーゲンハルトが考え込みながら言った。
「周辺の小さい町や村は全部もぬけの殻ですか……」
難しい表情でアデルが呟く。
「そう言えば……」
そこにエルバンが口を挟む。
「ロスルーの東に小さな村があります」
「村?」
エルバンの言葉にアデルは首を傾げ、地図を確認する。カザラス帝国側が作成した地図を確認したが、エルバンの言う村は記載されていなかった。
「ええ。村というか、古い塔があるのです。そこがラーベル教にとっては聖地らしく、ラーベル教徒が小さな集落のようなものを作っています。ただ一般人の立ち入りは禁止されており、ほとんど関わりはありません」
エルバンの説明を聞き、ラーゲンハルトは興味深げに目を輝かせた。
「へぇ、そんなのあったんだ。ここにしばらく駐留してたけど知らなかったなぁ」
「恐ろしい魔物が住んでいると言われており、昔から誰も近寄りません。なので町の多くの者もその存在を知らないのです。あの辺は岩ばかりで特に行く用事もありませんし」
ラーゲンハルトにエルバンが説明する。
「妙な話だな。ラーベル教はカザラス帝国発生なのだろう? なぜ遠く離れたハーヴィル王国領に聖地があるのだ?」
イルアーナが訝し気に言った。
「もしかすると……魔法文明に関係しているのかもしれませんね」
真剣に考えこみながらアデルが言った。
「そうだな。元々あの辺りは緑が豊かな土地だったらしいが、魔法文明のせいでマナが枯れ自然が失われたという。もしかするとその塔に何かあるのかもしれんな」
「確かに……調査してみましょうか」
イルアーナの話にアデルも同意する。
そして謎の塔の調査が行われることが正式に決まったのだった。
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