拠点(ロスルー)
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ロスルー攻略から一夜が明け、アデルたちは会議を開いていた。
「この周辺はまだ上空からの地図作成が出来ていませんので、簡単な地図となりますが……」
会議の進行を務めるエレイーズが大きな地図を二枚、壁に貼った。エレイーズはあまり休めてはいなかったが、気持ちは落ち着いたのか顔色は良くなっている。
二枚の地図のうち一枚はバーランド山脈以西の地図だ。地図職人をハーピーが抱えて上空から描かせているため非常に正確なものとなっている。もう一枚はロスルーで接収したカザラス帝国の地図だった。
地図は国防上重要なものであり、国家にとって機密情報だ。民間人でも地図を持つことは許されているが、街道や町の位置等が大雑把に書かれたものしか出回っていない。壁に張られた地図は第一征伐軍が使っていたもので、山脈や森などの地形や砦の位置なども描かれている。ただ神竜王国ダルフェニアで使われているものと比べると不正確で拙いものだった。
「すごい……まるで絵画だ……」
ロスルー領主のエルバンが神竜王国ダルフェニアの地図を見て呟く。エルバンはそのままロスルーの領主として据え置かれることとなった。しかし神竜王国ダルフェニアは貴族制を廃止しているため、伯爵位に関しては名誉称号として残るだけとなっている。エルバンはあまり納得していない様子だったが、仕方なく同意している。
「こうして見ると……やっぱりロスルーまで出たことは不都合が多いよね。あっ、気を悪くしないでね、エルバンさん」
ラーゲンハルトがエルバンに気を使いながら言った。その視線は地図をさまよっている。
「う~ん、どこを拠点とするのが良いんですかね……?」
アデルが悩む。ロスルーを編入したことで神竜王国ダルフェニアの領土は大きく広がっていた。しかしその領土は、今までヴィーケン王国と神竜王国ダルフェニアを守ってきたバーランド山脈によって分断されてしまっている。
これにより問題となるのはアデルたちがどこを拠点とするかだ。軍事的には最前線のロスルーに置きたいところだが、全体的な統治を行うには領土のほぼ中心に位置するミドルンに置くのが都合が良い。いずれにせよバーランド山脈によって隔てられていることが影響しそうだった。
「これから帝国との戦いは本格的になるだろう。ならば常に最前線に近い場所にいる方が都合が良い」
イルアーナが発言すると、多くの将から賛同の声が上がる。確かにロスルーにいたほうが戦いが起きた時に即座の対応が可能だ。ダルフェニア軍の将には好戦的な者も多く、このままカザラス帝国領に攻め込み続けたいと考える者も多かった。
「それはそうだね。だけど統治を行うにはやっぱり首都を置いたミドルンだよね。判断できる人間も限られてるし」
ラーゲンハルトが思案顔で言う。神竜王国ダルフェニアでは軍の要職にあるものが政治面でも要職についている場合が多く、将の多くがロスルーに駐留してしまうことには不安があった。この辺りは貴族制を廃止したことで、統治側の人材の多くが失われた弊害でもある。
その後も慎重に議論が行われたが、ロスルーに拠点を移すことに賛成する声が多かった。政治面よりも軍事面のほうが緊急性が高いことが多いというのが大きな理由だ。ミドルンへはハーピーやワイバーンで移動できるし、緊急であれば風魔法による通信で指示を出せる。
「そうですか……」
しかしアデルは渋い表情で議論を聞いていた。
「何かほかに問題ある?」
ラーゲンハルトがアデルに尋ねる。
「いや、その……」
アデルは言いにくそうに口ごもった。
(なんかもうミドルンが「家」って感じになっちゃったから、あんまり出たくないなぁ……)
もともと家でゲームばかりしていた引きこもり体質なアデルは、あまりミドルンから動きたくなくなっていたのだ。
「神竜様方はどうなのだ?」
その時、アーロフが会話に割って入る。その表情には少し陰りがあった。
「神竜……本当にそんなものが……?」
エルバンは半信半疑の様子で呟く。エルバン自身はまだワイバーンの姿しか見たことがなかった。それに戦争では敵側の強い兵士を悪魔と呼んだり、死神がついているなどと噂が立つことは珍しくない。特に昨今のカザラス帝国では国側が嘘や誇張した内容の話を広めることもあるため、エルバンは神竜の話もあまり信じてはいなかった。
「確かに神竜ちゃんたちはミドルンのほうがいいかもね」
ラーゲンハルトが天井を見上げながら唸る。ミドルンはヴィーケン国内はもちろん、ラングール共和国との貿易によって様々な食材が入ってくるようになっている。水路を利用することで物流も大幅に改善されており、領内の北側を流れる大河ヨダ川と南側を流れる大河ガミ川を水路で結ぶ計画も浮上していた。もしその計画が実現すれば神竜王国ダルフェニア領内を網羅した大物流網が完成する。
だがロスルーには当然、そうした物流網がない。神竜王国ダルフェニア領内からロスルーに物資を運ぶにはガルツ峠を超えなければならなかった。当然、敵国であるカザラス帝国と交易することもできない。そのため敵将でありながらダルフェニア側と通じているダーヴィッデと取引ができないか交渉を始める予定だった。
「我々もできれば森の近くにいたい。もうすぐ兄弟が増える予定だしな」
ダークエルフのギディアムが頷く。マザコンのギディアムは母親の住む「黒き森」からあまり離れたくなかった。
「なるほど……まあいざとなればワイバーンに運んでもらえばすぐだしなぁ」
ラーゲンハルトが呟く。
「ここは我らにお任せくださって結構ですぞ。アデル様たちは軍事面以外でもいろいろとお決めになることがおありでしょう」
第一師団を率いるロニーがアデルに向かって言った。”不陥”のロニーの名はカザラス軍内でも徐々に広まりつつある。すでに第二のハイミルト将軍として考える兵もいた。度重なる侵略失敗により、カザラス兵の間ではヴィーケン軍時代からの守りの硬さを揶揄して「ヴィーケン人を素手で殴るな」などという格言もできている。
ロニーも彼が率いる兵も家を離れての防衛任務には慣れていた。それにアデルの体制下では休暇も増え、ヴィーケン軍時代と違い家族で過ごせる時間も増えていた。給料も増えており、待遇に不満を持つ兵は少ない。
「お、お言葉に甘えてもいいですか?」
「もちろんですとも」
申し訳なさそうに言うアデルに笑顔でロニーが言う。実際、神竜グッズやゲームの開発等、文化面の向上にもアデルは多く関わっており、アデルが直接指示を出せないことには弊害も生まれる可能性があった。
「心配は要らん。我々も付いているからな」
獣人のリーダーとなっている犬系の獣人ガドソラが尻尾を振りながら言った。当初は敵対心が強かったが、一度仲間になってしまえば忠実な性格のようだった。
「戦力的には大丈夫だと思うけどね。絶望の森に潜んでる兵たちもいるし、いざとなれば冒険者ギルドやダーヴィッデの協力も得られるかもしれない」
ラーゲンハルトも納得する。
結局、アデルたちはいままで通りミドルンに留まり、ロスルーの統治はロニーらに任せられることとなったのであった。
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