悲報(ロスルー イルスデン)
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「イェルナーを……斬った?」
アーロフは呟くと、しばらく呆けた表情になった。
ロスルー城でアデルを出迎えたアーロフはイェルナーの死を告げられた。イェルナーはアーロフの弟だ。母親の違うラーゲンハルトとは違い、同じ母親から生まれている。
「そうか……」
「す、すいません」
受け止め切れずにいるアーロフにアデルは頭を下げる。
「い、いや……仕方のないことだろう」
アーロフは頭を振りながら言った。
「しばらく一人にしてくれ……」
そう言うとアーロフはアデルの元を離れて行った。
「……大丈夫ですかね、アーロフさん」
アデルはその背中を見ながら心配げに呟く。
「アーロフたち兄弟は仲良かったからね」
ラーゲンハルトがアデルの横に立ち言った。そのラーゲンハルトの表情も沈んでいる。
「そうなんですね」
「兄弟二人が離反して、その軍相手に兄弟一人が戦死……帝国内でいったいどんな評判が立つのか考えたくないな」
ラーゲンハルトは冗談ぽく言うと、無理に笑って見せた。
「いやぁぁ~~~っ!」
帝都イルスデンの宮廷に絶叫が響き渡る。
イェルナー戦死の報告は第二皇妃マリエッタの元にも届けられた。息子の訃報を聞いてマリエッタは発狂し、しばらく部屋中のものを壊して暴れ回る。侍女らがそれを止めようとするも、マリエッタから平手打ちを食らい頬を腫らしていた。
やがて多少は落ち着いたものの、マリエッタの興奮は収まらなかった。
「憎きアデルの首を私の前に持って来なさい!」
自らの権力で呼べるありったけの貴族を呼び集め、マリエッタは泣き腫らした顔で命令する。しかしマリエッタの部屋を出た貴族たちは一様に渋い表情をしていた。
新皇帝の座を争っていたころは第二皇妃の息子たちは有力候補であり、その母親であるマリエッタに媚びを売る貴族たちも多かった。マリエッタやその子供たちに付く貴族たちは「第二皇妃派」と呼ばれ、一時期は帝国内にて最大勢力を誇っていた。しかし新皇帝がジークムントに決まり、明らかにマリエッタの求心力は弱まった。
その上アーロフ、イェルナーは武功を立てることはなく、アーロフに至っては神竜王国ダルフェニア側に寝返ってしまっている。妹婿のフォルゼナッハも大敗ののち殺されてしまった。今ではマリエッタたちに従う貴族も減り、最盛期の見る影もなくなっている。そのことでマリエッタは普段からヒステリックになっていたが、イェルナーの死が引き金となり心が壊れてしまったようだ。
その後もしばらく宮廷内に響くマリエッタの叫び声は止むことが無かった。
「やれやれ、まだマリエッタ様はお嘆きですか」
うんざりとした様子でジークムントが呟く。場所は自身の執務室。部屋には帝国第二宰相であり彼の妹でもあるユリアンネがおり、ロスルーの戦いの報告をしていた。
「中途半端に生き残ったものですね。ダルフェニア軍は何を考えているのか……」
撤退した兵の数を聞き、ジークムントが呟く。
(……まるで全滅した方が良かったかのようですね)
ジークムントの呟きを聞いたユリアンネは違和感を感じていた。
「イェルナーにしては作戦自体は理にかなったものでした。恐らく副官のヤナス辺りが考えたのでしょう。実際、ダルフェニア軍を穴倉から誘い出すことに成功しましたからね。今後の作戦のヒントになりそうです」
ジークムントは少し上を見上げながら思案する。
「ただ……タイミングが最悪です。そのうえ討ち死にするとは……一族の名に傷がつきます」
ため息をつきながらジークムントが言う。その物言いにはイェルナーに対する哀悼の意がまったく感じられなかった。
「まだノルデンハーツの内乱が収まっていません。ダルフェニア軍が攻めてきたとなれば一時講和を結ぶしかないでしょう。その間に謀略で王弟派を分裂させられるかもしれません」
ユリアンネが進言する。
「そうですね……」
ジークムントは相づちを打つものの、ユリアンネの意見に賛成なのか反対なのかは曖昧だった。
「しかしなぜイェルナーは焦ってダルフェニア軍を挑発したのでしょうね。帝国の内部の膿を出している最中だということは彼もわかっていたはずでしょう。それともそれすらわからなかったのでしょうか?」
話題を変え、ジークムントは眉をひそめた。
「兵士の証言によれば、今回の作戦は急遽実行されたものだそうです。イェルナーが何を考えていたのか今となってはわかりませんが……もしかするとダルフェニア軍側から仕組まれた策略だったのかもしれません」
ユリアンネが呟く。
「なるほど……いままでの傾向から言ってダルフェニア軍はお利口さんのように思っていましたが……確かにとんだ食わせ者の可能性がありますね」
頷きつつもジークムントは考え込んでいる様子だった。
「問題は今後のダルフェニア軍に対する戦略をどうするかです。いままでロスルーの防衛だけに専念していればよかったですが、周辺の町の防衛も考えねばなりません」
「そうですね。ですがそれはダルフェニア軍も同じ。今後ロスルーから前進することがあれば、それだけダルフェニア軍の防衛線も伸びます。そうであれば兵数に勝るこちらが有利……と思いたいところですが」
ユリアンネの言葉にジークムントは難しい表情になる。
「いずれにせよ直ちに反攻作戦を取るのは難しいことです。まずはイェルナーの葬儀、そして停戦を破ったダルフェニア軍への非難声明を発表し、国民から戦争を継続する理解を得ましょう」
「かしこまりました」
ジークムントの指示にユリアンネは頭を下げ、退室していった。
一人になった部屋でジークムントは背もたれに体を預け、大きなため息をつく。
「まったく……どいつもこいつも役立たずばかりだ……」
眉をしかめつつ、ジークムントは一人呟いた。
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