生存者(ロスルー)
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戦いが終わり、ダルフェニア軍は負傷者の回収と手当に回る。自軍の負傷者が優先だが、あまり数が多くなかったためすぐに第一征伐軍の負傷者の手当も始まった。すでに夜は明け、空は白み始めていた。
投降した重装騎兵隊はかつての指揮官であるトビアスと話をしていた。重装騎兵隊はカザラス軍の中でもエリート部隊だ。騎士やその従者も多く所属している。騎士爵は世襲ではなく、おのれの力で与えられるものだ。カザラス帝国ではその国柄、武勇に長けた者が騎士となることが多い。彼ら自身、騎士であることに誇りを持っており、下手な貴族よりも国への忠誠心が高かった。
「お前たちも感じていると思うが、最近の帝国は何かがおかしい。私やアーロフ様はその原因がラーベル教会なのではないかと疑っている」
トビアスが兵士たちに向け、彼がダルフェニア側に付いている経緯について話す。
「しかし……祖国を裏切るほどのことでしょうか?」
「アーロフ様はそう確信されていらっしゃるようだ。私はまだ半信半疑な部分はある。だがラーベル教会が嘘をついていることは事実だ。そしてジークムント様が皇帝になられたことで、ラーベル教会はより深く国政に入り込んで来るようになった。国のために命を捧げる覚悟はあるが、宗教に操られて命を捨てるつもりはない」
納得できない様子の兵たちにトビアスは思いの丈を語った。
「ラーゲンハルト様も国を正すために敢えて国の外に身を置かれているとおっしゃっている。私もしばらく様子を見させてもらうつもりだ。お前たちに寝返れとは言わぬ。だがせっかくの機会だ。ダルフェニア軍が帝国で言われているような存在かどうか見極めてみてはどうだ。お前たちのことは客人として扱うよう、アデル王にお願いしよう」
トビアスの言葉を聞き、兵士たちは顔を見合わせひそひそと話す。だがやがて意見がまとまり、重装騎兵たちはダルフェニア軍の元にしばらく留まることとなったのであった。
そのころ、アデルの元に突撃部隊が帰還してきていた。
「アデル様!」
先頭に立つプニャタがアデルに声をかける。背後には人間の騎馬兵やケンタウルスたちを従えていた。
「あっ、プニャタさん。お疲れさまでした!」
アデルが笑顔でプニャタたちを迎える。人間の兵たちもプニャタを敬礼で迎えた。その目覚ましい活躍はもちろん丁寧な物腰も相まって、プニャタはいまや人間の兵士たちからも多くの尊敬を集める将となっている。
「ただいま戻りました」
「今回もすごい活躍でしたね。ありがとうございます」
アデルはペコペコと頭を下げる。プニャタの鎧は返り血で赤く濡れていた。ところどころ鎧に傷も受けていたが、ワイバーンの鱗で作られた鎧は見事にプニャタの体を守るという役目を果たしているようだ。
ケンタウルスたちも活躍していたが、負傷者も多かった。ケンタウルスの下半身用の鎧(軍馬用の馬鎧と同じものだが、ケンタウルスは馬扱いされると怒るためこう呼ばれている)は身に着けているものの、やはり大きな下半身が仇となっているようだ。
「いえいえ、これもアデル様の見事な指揮があってこそです」
プニャタが笑顔で答える。だが戦いの興奮も相まって、若干凶悪な笑顔になってしまっていた。
「追撃の命令さえいただければ、まだまだカザラス軍を屠って見せます!」
同じく興奮気味に騎馬兵たちが言う。ダルフェニア軍の騎馬兵たちは長らくウルリッシュの元で訓練を受けていた。その影響もあってか他の兵よりもカザラス兵に対する対抗心が強いようだ。
「いやいや、今は傷を治療してゆくっり休んでください」
アデルが顔を強張らせながら言う。敵陣深く切り込む突撃部隊は誰よりも多くの敵を倒すが、その分損害も多い。野戦においてもっとも活躍することになるであろう彼らを、アデルは無駄に失いたくなかった。
「アデル様!」
そこに一人の伝令が走り込んで来る。
「どうしました?」
アデルはその伝令に問いかけた。
「敵の負傷者の中に……敵将のイェルナーがおります!」
「ええっ!?」
伝令の言葉にアデルは驚きの声を上げる。そしてアデルたちは急いで現場へと向かった。そこは第一征伐軍の本陣だった場所だ。多くの死体を避けながら、アデルたちはイェルナーが倒れているという場所へと向かった。
本陣だった場所にもたくさんの死体が転がっている。不思議なことに背後から襲われた死体が多く見受けられた。そんな中、ダルフェニア軍の救護班数人が一人の倒れた男の周りにしゃがみ込んでいる。かなりの重症ということで、その場から動かせないでいるのだ。
アデルたちはその場に近づいて行った。
「くそっ……早く助けろ……俺を誰だと思ってる!」
苦し気に呻く声がアデルに聞こえてきた。そこには大柄な男が一人倒れている。第一征伐軍の軍団長であったイェルナーだ。豪奢な鎧を着ていたが、いまは傷の確認のため脱がされていた。周囲にいる救護班の表情は険しい。どうやらかなり傷は深いようだ。
「イェルナー……」
沈痛な表情のラーゲンハルトが呟く。
「兄上……!」
イェルナーがラーゲンハルトを見上げる。その顔からは血の気が引いていた。そしてその視線はラーゲンハルトの横にいたアデルへと移る。
「まさか……その男が……!」
イェルナーはアデルを憤怒の表情で睨んだ。
「おまえのせいでこんな痛い目に……なんでさっさと俺に殺されないんだ! どうして俺の思い通りにならない! 俺はカザラス皇帝の一族だぞ!」
イェルナーは子供のようにアデルに怒りをぶつける。第二皇妃の子供たちはロデリックが皇帝の地位を手に入れてから生まれた子供たちだ。イェルナーたちを叱れるような大人はあまりおらず、我が儘に育ってしまったのかもしれない。
「なんと横暴な……アデル殿。どうかこの男のとどめをこの儂に任せてくだされ!」
怒りの目でイェルナーを睨みながらウルリッシュが剣に手をかける。
「……駄目です」
だがアデルは手でウルリッシュを制すと、静かに首を振った。
「ラーゲンハルトさん」
アデルはラーゲンハルトに声をかける。ラーゲンハルトは少しためらったのち、悲痛な面持ちで頷いた。
「……イェルナー。カザラス帝国の法に照らし合わせても、君のやった住民の虐殺は大問題だ」
ラーゲンハルトはイェルナーに言い聞かせるように話し始めた。
「戦争で綺麗事なんて言ってられないのはわかる。裏でいろいろ悪いことやってるやつもいるだろう。だけどあんな堂々とやられたら、もう庇い切れないよ。もちろんアデル君の立場からすれば、余計に許せないことだ。もし君を許したりしたら、ロスルーの住民やハーヴィル王国の生き残りの信頼を失う。あんなことさえしなければ、たとえダルフェニア軍に負けたところでこんなことにはならなかったのに……」
ラーゲンハルトの話を聞くにつれ、イェルナーの表情は呆けたものになっていった。
「まさか……俺を殺すのか?」
イェルナーは信じられないといった様子で呟いた。
「な、なんでだよ!? 俺は皇帝の息子だぞ!」
イェルナーは周囲にいる人間の顔を見回しながら叫ぶ。ラーゲンハルトがおかしいことを言っていて、自分のほうが正しいと思っている表情だった。
「住人を殺したのだって、本国から俺を解任するって書簡が来たからだ! だから俺はすぐにダルフェニア軍に勝たなきゃいけなかった! 仕方ないだろ? そもそもこの作戦を思いついたのはヤナスのやつだ! 俺じゃない!」
ようやく自分の置かれている状況を理解したのか、イェルナーが必死で言い訳を始める。そんなイェルナーに、剣を抜いたアデルが近付いた。それに伴いイェルナーの周囲にいた救護班が後ろに下がる。
「おい、よせ! 平民のくせに、俺を殺していいと思ってるのか! やだ! 死にたくない!」
イェルナーは目に涙を浮かべてアデルを凝視する。
だがアデルは悲痛な表情を浮かべつつも剣を振り下ろした。騒いでいたイェルナーが静かになり、その体から力が抜ける。
ラーゲンハルトは目を閉じると、ため息をついて顔をそむけた。
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