接敵(ロスルー)
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ロスルーの町を占拠された第一征伐軍は背後に迫るダルフェニア軍との決戦に挑む。度重なる方針転換に第一征伐軍の兵士たちは戸惑い、指揮は乱れていたがイェルナーの有無を言わさぬ命令には従わざるを得なかった。
ダルフェニア軍に接近する第一征伐軍。しかし動きを止めている部隊が一つあった。
「南の重装騎兵部隊はなぜ動かぬのだ!」
イェルナーが苛立たし気に叫ぶ。
「あれは……トビアスの指揮していた部隊ですな」
眉をひそめながらヤナスが動かぬ重装騎兵部隊を見た。
”烈火”のトビアスは第一征伐軍の将であったが、アーロフが軍団長の時代に命令不服従で牢屋に入れられていた。その後アーロフが自身の護衛としてトビアスを解放し、現在もアーロフと行動を共にしていた。
「いい加減にしろ! どいつもこいつも好き勝手に動きやがって! あいつらに矢を撃ち込め!」
イェルナーの顔色は怒りで真っ赤になっており、今にも火を噴きそうな勢いだった。
「お、お待ちください! 友軍を攻撃するなど……」
「うるさい! 奴らは反逆者だ!」
ヤナスが止めようとするも、すでに怒りの限界を迎えたイェルナーは収まらなかった。そしてイェルナーの命令通りに重装騎兵部隊に向けて矢が放たれる。重装騎兵部隊は慌てて後退して行った。
「ちっ、終わったらあいつらを探し出して火あぶりにしてやる!」
去っていく重装騎兵部隊を睨みながらイェルナーが呟いた。
だがこの時、重装騎兵部隊に命令に反する意思はなかった。ただ指揮系統が乱れており、なおかつ幾度も変わるイェルナーの命令を伝えるため伝令たちも人手が足りなくなっていた。その結果、一番端に布陣していた重装騎兵部隊にまで命令が行き届いていなかったのである。重装騎兵部隊は突然味方から攻撃され、わけが分からず距離をとったのだ。
さらに不幸なことにダルフェニア軍に寝返るカザラス軍が続出しているため、攻撃された重装騎兵部隊からすればイェルナーたちですらダルフェニア側に付いたのではないかと言う疑念が生まれていた。
「……」
離れて行く重装騎兵部隊をヤナスは苦々し気に見つめる。
(最精鋭の重装騎兵部隊が離れたか……もはや数の上の有利は失われた。だがイェルナー様のあの様子では撤退の進言など聞くまい……)
ヤナスはしばらく思案したのち、近くにいた兵を呼び寄せた。
「おい、足の速い馬を用意しておけ。馬鎧は要らん」
「えっ? は、はい!」
兵士は戸惑いつつも、ヤナスのために馬を用意するため走り去っていった。
「な、なんだあれは!?」
「ドラゴンか!?」
その時、にわかにカザラス兵たちが騒ぎ出した。前衛の部隊の方向だ。
「なんだ?」
ヤナスが視線を動かす。その視線の先にあったのは、前進するダルフェニア軍の先頭を進むいくつかの巨大な影であった。
ズシン、ズシンという重い音が響く。ダルフェニア軍の先頭を進むのは石人形だった。3mほどの大きさのゴーレムは敵からすれば恐怖であり、自ずと弓矢の攻撃がゴーレムに集中する。しかし石作りの身体にその攻撃はほぼ通用しない。そしてゴーレムに攻撃が集中しているうちにダルフェニア軍は攻撃を受けることなく敵に近づくことが出来ていた。
「ゴーレムを温存できたのは幸運だったな」
「そうですね」
イルアーナの呟きにアデルが頷く。
当初はカザラス軍の新型バリスタの弾除けに使われる予定であったが、アデルがハリボテ作戦を思いついたために使用されなかった。またアーロフによるロスルーの占拠がうまく行かなかった場合は門を破壊するための攻城兵器として使われる予定であったが、そちらも上手く行ったため対歩兵の戦いで使用されている。
正攻法は失敗する可能性も低く、もっとも堅実な戦い方ではある。しかし数や戦力で劣るダルフェニア軍は奇策を成功させなければ勝利することは難しい。だが当然、そのような奇策は失敗する可能性も高い。失敗した場合に備えて別の作戦も用意する、それがこれまでダルフェニア軍が勝利してきた要因でもあった。
「間もなく接敵します!」
兵士がアデルに大声で報告する。両軍の距離は詰まっており、いまにも先陣同士がぶつかりそうになっていた。
「アデル殿! 我々に先陣を切らせてくだされ!」
ウルリッシュがアデルの元にやってきて懇願する。ウルリッシュはハーヴィル義勇軍五百名を率いており、この戦いに並々ならぬ想いを思っていた。
「ダ、ダメですよ! あっという間に潰されちゃいますよ!」
アデルが慌てて首を振る。ハーヴィル義勇軍の練度はお世辞にも高いとは言えない。まともにカザラス兵と戦えば勝敗は明らかだ。
「くっ……」
ウルリッシュは悔しそうな顔をして引き下がる。そんなウルリッシュをクロディーヌが慰めていた。
「突撃部隊は間に合いそうですか?」
アデルが上を見上げて言う。アデルの頭上にはペガタウルスの”天姫”ヴィクトリアが飛んでいた。
「いま突撃しました!」
ヴィクトリアがアデルに報告する。高い位置から戦況を把握できることもダルフェニア軍が勝利を重ねられている要因の一つだった。
ヴィクトリアの視線の先ではダルフェニア軍の突撃部隊が第一征伐軍の側面に突撃する様子が見えていた。オークの突撃部隊、ケンタウルス、そして人間の騎馬兵からなる突撃部隊は夜に紛れて南側の砂漠との境界を移動し、無防備な第一征伐軍の側面に攻撃を仕掛けていた。本来であれば重装騎兵部隊がカバーしているはずの位置だ。そのうえ第一征伐軍はゴーレムや先陣の衝突に気を取られており、突撃してくる突撃部隊に気付いていなかった。もし気付いていたところで指揮系統、情報伝達が乱れている現在の第一征伐軍では対応できていたかは疑わしい。
「横から失礼する!」
先陣を切って突撃したオークの将”竜槍”のプニャタが、槍で兵士を串刺しにしながら律儀に謝った。
その周囲ではダルフェニア軍の馬の速度と重量を利用した突撃で、兵たちがグチャグチャに踏みつぶされている。
「う、馬を止めろ!」
カザラス兵たちは慌てて槍を構えて突撃部隊を止めようとする。しかしそんな彼らはどこからか飛来した矢に貫かれ、次々と倒れていった。
「馬ではない! 一緒にするな!」
クロスボウを構えたケンタウルスが怒りの声を発する。ケンタウルスはその広い背中にさまざまな武装を準備しており、状況に応じて武器を持ち変えることで従来の騎馬隊の戦い方にない戦法をとることが出来た。
槍で防御網を築こうとしたカザラス兵たちは倒れ、そこにさらに騎馬兵たちが突っ込んでいく。縦横無尽な突撃隊の活躍にカザラス兵たちは混乱に陥る。
そしてその様子は指揮を執るアデルにも伝わっていた。
「まず混乱している敵の左翼を攻めましょう。他の部分は突っ込み過ぎず陣形の維持に努めてください。相手が左翼の援護に回るようであれば、そこに攻める隙ができるはずです。逆に崩壊する左翼を放っておくようであれば、このまま敵左翼を崩壊させて本陣を狙います」
アデルが指示を出す。無理にすることなく、相手の守備の綻びを的確に攻めている。自軍の被害を最小限に抑えつつ、敵に最大限の損失を与える戦い方であった。
「勝ったな」
アデルの横でイルアーナが余裕の笑みを浮かべる。
その時――
「アデル様! こちらの左翼が奇襲を受けています! 北の獣の森から弓矢による攻撃です!」
アデルの元に走ってきた伝令が大声で報告した。
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