バリスタとゴーレム(ロスルー ガルツ要塞)
更新遅れてすみません。
誤字報告ありがとうございました。
「うぉらっ!」
ロスルーの通りに野太い声が響く。第一征伐軍軍団長”暴虐”イェルナーの声だった。前皇帝の第五子という生まれながら、その粗暴な性格から周りに恐れられている。
イェルナーが手にしたメイスを振り下ろす。血飛沫が上がり、イェルナーの顔を赤く濡らした。目の前には血まみれの人間が吊るされている。しかしもう息絶えているらしく、ピクリとも動かなかった。
「ちっ、もう終わりか」
イェルナーは顔についた血をぬぐうと、横に顔を向けた。
「ひぃぃっ、どうかお助けを……!」
隣に吊るされてい中年女性が命乞いをする。通りには何本も木の杭が建てられ、人が吊るされていた。神竜王国ダルフェニアに対する人質として集められた千人の住民だ。そのうち数十人をイェルナーが自らの手で処刑していた。
いつもは賑わっているロスルーの通りも、今は閑散としている。イェルナーとその蛮行を恐れ、通りを歩くのを避けているのだ。
血の滴るメイスを持ってイェルナーが隣の人質の元へ歩く。縛り付けられた人質は恐怖の眼差しでイェルナーを見つめるしかなかった。もはや涙も枯れはててしまっているようだ。
イェルナーがメイスを振り上げる。人質の女性は硬く目を瞑った。
「イェルナー様!」
そこに伝令の兵士が走り寄ってきた。イェルナーは振り上げたメイスを下に降ろす。
「なんだ?」
「ダルフェニア軍がガルツ要塞を出陣したと報告がありました! その数およそ一万!」
「おお、来たか! よし、すぐにこちらも出陣の準備だ!」
興奮した様子でイェルナーが言う。人質の女性はほっと胸をなでおろした。しかし次の瞬間、イェルナーはメイスを振り上げ無造作に女性の頭をかち割った。頭から大量の血を流し、女性はビクビクと痙攣する。
「こいつらは全員殺しておけ」
イェルナーはゴミ捨てでも命じるかのように伝令に言い残すと、駐屯本部へと足を向けた。
ロスルーで虐殺が行われる少し前、アデルは軍勢を率いてガルツ要塞まで来ていた。作戦会議室に幹部メンバーが集められ、話し合いが行われている。
「敵には新型のバリスタが配備されているようです」
神竜騎士団を率いる赤毛のショートカットの美女、エレイーズが報告を読み上げる。
「その数は三十台。小型化されつつも連射性能が上がっており、ボルトは鉄製で矢尻がなく貫通力が向上しています」
「アデル君が考えたペガタウルス用のクロスボウみたいだね」
エレイーズの報告を聞き、ラーゲンハルトが呟く。
「対ドラゴン用って感じですかね……」
アデルが深刻そうな表情で呟く。
「カザラス軍はアースドラゴンの防御力に悩まされてたからね」
ラーゲンハルトが頷く。矢尻は命中時に傷を広げ、さらに抜けにくくすることで治療を困難にする効果があった。しかしその分、貫通力が下がってしまうため鎧や盾などで防がれてしまう事も増える。
「小型化されてれば回頭も楽だろうし、連射性能が上がっていればワイバーンやハーピーの危険性も増しちゃうね。もちろん地上の兵士に対しても使えるし、出来るだけ早々に潰したいところだね」
「そうですね……ドラゴンさんたちに被害が出てしまうのは申し訳ないですし」
ラーゲンハルトの話にアデルも同意する。
「ここに配備されてるゴーレムを盾にして進みましょうか」
「あー、確かに。あれなら目立つし、相手の兵士も優先して狙いたくなるだろうね」
アデルの提案にラーゲンハルトが頷いた。ガルツ要塞には石造りのゴーレムが配備されている。ゴーレムは関節等の摩耗がひどいため防衛用として考えられていたのものだ。
「バリスタ……ゴーレム……」
その時、アデルの頭に何かが引っかかった。
「ん? どうしたの?」
「あ、いえ。何かそんな話があったような……」
尋ねるラーゲンハルトにアデルは歯切れの悪い返事をした。
「それより停戦を破ることになるのが少し気がかりですけど……」
「春までって言ってたんだからもういいでしょ。向こうの都合に合わせてやる筋合いなんてないよ」
ラーゲンハルトは苦笑いを浮かべる。アデルはずっと生真面目に協定を破ることを忌避し続けて来た。しかし今回は罪のない住民の命がかかっていることや、当初から協力関係にあったハーヴィル勢の気持ちを考え、アデルも重い腰を上げたのだった。また長年防戦一方だったヴィーケン王国時代からの兵にとってカザラス領への侵攻は悲願でもある。さらに今回の一件によって旧ハーヴィル国民からの支持も期待されていた。
「相手は籠城ではなく、野戦の準備をしているようだ。我々が出陣すれば、相手は有利な場所で待ち構えていることだろう」
イルアーナが発言する。潜入している諜報員やダークエルフから第一征伐軍の動きはかなり詳細に報告されていた。
「カザラス軍が一番得意としているのは野戦だ。しかもガルツ攻めでは全く生かせなかった数の差をようやく発揮できる。一筋縄ではいかないと思うよ」
ラーゲンハルトが不敵な笑みを浮かべながら言った。ラーゲンハルトとしても久しぶりに知略を発揮できる、軍勢同士の戦いの場だ。
「ロスルーを落とすのは簡単そうですけど……第一征伐軍がさっさと撤退してくれるといいですね」
アデルが憂鬱そうな表情で言う。
「まあいざとなったら神竜ちゃんたちに頼るしかないよね。デスドラゴンちゃんとかも最近、やる気になってくれてるみたいだし」
「あんまり神竜の力に依存してしまうのも怖いんですよね……それにいままでドラゴンたちが人間を襲わなかったのは『面倒だから』っていう理由があったわけで、人を襲い慣れちゃったら今後大変なことになってしまうかもしれません」
「なるほど……」
不安げなアデルの言葉にラーゲンハルトも納得した。
(確かにアデル君がいる間なら大丈夫かもしれないけど、その後の世代とかになったらわからないよな。本当にアデル君は先を見据えているなぁ……)
心配性のアデルの考えに、ラーゲンハルトは心の中で舌を巻いたのだった。
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