好敵手
(やっと解放された……)
ヒルデガルドたちに見られながら”剣者”ルトガーの指導で素振りを続けたアデルは、すでに寝息を立てているイルアーナの脇で鎧を脱ぎ、毛布をかぶった。この後も商隊メンバーと交代で見張りをしなければならない。ヒルデガルドたちはエマとヴィレムが交代で見張りをする。ヒルデガルド一行は商隊メンバーもアデルたちも完全には信用していないようだ。
(……ん?)
アデルは何者かの気配をとらえる。野営中の商隊を迂回し、エルゾ方面に抜けて移動している。
(こんな夜中に進むなんて……よほど急いでるんだなぁ)
アデルは特に気にせず、そのまま目蓋の重さに負けてしまった。
「ハァ……ハァ……報告! ターゲットは予定通りに進んでいる。増えた護衛は冒険者が……たぶん四人だ」
夜中に商隊を追い越した男が、その先で待っていた別の男と話をしている。二人とも夜に紛れられるよう黒い外套を羽織っている。
「たぶん四人とはなんだ? 正確に報告しろ」
「男と女が一人づつ。それに子供が二人だ。ラーゲンハルト様が付けようとしていた護衛の兵士はヒルデガルド様が追い返した」
「ほぅ、ということは脅威になりそうなのはヒルデガルド様とルトガー様くらいか……これは好都合だ……予定通り、サソリをけしかけよう…… 」
二人の男はエルゾ方面へと姿を消した。
次の日の昼休憩時も、アデルは”剣者”ルトガーの指導で剣の特訓をさせられた。今度はアデルのみで、ヒルデガルドたちはその様子を黙って見ているだけだ。商隊の進行は予定通り順調に進んでいる。そして野営時も、アデルはまたルトガーからヒルデガルドたちとの素振りに呼ばれた。
「では構え! 始め!」
ルトガーの号令で素振りを始める。何度か素振りをしていると、ルトガーがアデルを注意する。
「また頭がブレているぞ。正面を見据えて頭を動かすな」
「う~ん、それが正しいんですか……」
アデルは納得がいかない様子であった。
「何か問題でも?」
「いや……その……だって、敵が正面にしかいないとは限らないのでは……」
「は?」
ヒルデガルドたち全員が呆気にとられた顔になる。
「な、何を言っている! ”剣者”ルトガー様に稽古をつけていただけるだけでもありがたいのに、その教えに難癖をつけるなど、何を考えているのだ!」
エマがアデルの言葉に激昂した。
「はははっ、なるほどな。これは一本取られた」
しかし我に返ったルトガーが笑い、空気を変えた。
「確かにそうだ。デルガード君といったね? 君との特訓はこれで終わりにしよう」
唐突にルトガーがアデルの特訓の終わりを告げた。
「あ、ご、ごめんなさい! 気を悪くしちゃいました……?」
アデルは口答えしたことによってルトガーが特訓をする気を無くしたのかと心配した。
「そんな器の小さい男と思われたのなら心外だね。君の言ったことは一理ある。我々騎士は一騎打ちを想定した戦い方をするため、敵は常に正面にいる。だが、それは確かに君の戦い方ではないのだろう。基本はもう教えたし、君は君の戦い方を極めなさい」
ルトガーは微笑みを浮かべたままアデルに説明をする。
「は、はぁ……わ、わかりました。どうもありがとうございました」
アデルはいまいち理解できていなかったが、頭を下げてイルアーナたちのところに戻っていった。
「やれやれ、腕を見るだけのつもりが、つい本気になってしまったな」
アデルの背中を見送りながらルトガーが呟く。
「一体、何者なんでしょう。あんな鋭い振りを見たのは初めてです」
ヒルデガルドもアデルの背中を睨んでいる。
「それに昨日の夜、あれだけの回数の素振りをして、また今日の昼も夜も訓練ができるなんて……」
エマが肩を押さえながら言った。
「たった二日であれだけ上達するとは……弟子として複雑な気分です」
ヴィレムはやや落ち込んでいた。
「……彼とはもっと若いころに出会いたかったな」
ルトガーが髭をいじりながら呟く。
「すみません先生……不甲斐のない弟子で……」
ヒルデガルドがルトガーに頭を下げる。
「おいおい、勘違いせんでくれ。デルガード君に若いころに出会いたかったのは弟子としてではない。敵としてだ。あんな男と手合わせが出来れば、私ももっと武の高みに行けたかもしれぬ。”ハーヴィルの白獅子”ウルリッシュと同等……いや、それ以上のライバルになっていただろう」
すでに年老い、武人としての力が衰えつつあるルトガーだったが、かつてがむしゃらに武の高みを目指したころの輝きがその目に宿っていた。それはヒルデガルドたちが初めて見る、武人のルトガーの目であった。
翌日の野営時、アデルのもとにヒルデガルドがやってきた。すぐ後ろをエマが慌てた様子で追いかけてきている。
「私と手合わせをしてください」
ヒルデガルドは手に二本の1mほどの木の枝を手にしており、そのうち一本をアデルに差し出した。
「……?」
アデルは後ろを見る。イルアーナ、ポチ、ピーコがアデルを見つめていた。
「僕……ですか?」
事態が呑み込めず、恐る恐るアデルは確認する。
「ええ、そうです」
ヒルデガルドは厳しい目でアデルを見据えている。
「いけません、ヒルデガルド様! もしお怪我でもされたら……」
「エマ、私は武人です。先生が認めるほどの彼の腕前を、ぜひ拝見したいのです」
エマは止めようとしているが、ヒルデガルドはまったく聞く気がないようだ。
「ええっ……そ、そんな……」
アデルは助けを求めて周りを見る。しかし良い暇つぶしが出来たとばかりに、興味深げに見ているものがほとんどだ。無言で「やれ!」という圧力をアデルにかけている。
「うぅ……わ、わかりました……」
アデルは木の枝を受け取ると、あきらめてヒルデガルドとの手合わせを受けることにした。
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