再動(ミドルン)
急報を受け、ミドルン城では緊急会議が開かれていた。神竜王国ダルフェニアの面々だけではなく、”賢姫”クロディーヌや”白獅子”ウルリッシュら旧ハーヴィル勢も集められていた。
「ようやく攻めて来おったか」
興奮した様子でウルリッシュが言う。この老騎士は長年の間カザラス帝国と戦い続けてきた。そしてハーヴィル王国陥落の日、数名の騎士とともに生まれたばかりの赤子であったクロディーヌを連れて国を離れた。その後数奇な運命をたどり、アデルの元に身を寄せている。しかし今でも祖国の復興を諦めてはいなかった。
「いや、それが……人質を取られまして……」
アデルは言いにくそうに口ごもる。
「人質? カザラス帝国に捕らえられた者が? 諜報中のダークエルフですかな?」
ウルリッシュは首を傾げた。
「我々はそんなヘマはせん」
ダークエルフのギディアムが少し不機嫌そうに言う。
「それがその……人質にとられたのはハーヴィルの方々なんです」
アデルの表情は複雑なものだった。
「ハーヴィルの?」
ウルリッシュは怪訝な顔になる。
「ハーヴィルの要人はすでに殺されるか帝国に寝返ったものばかり……人質になるような者はおらぬはずですが」
ウルリッシュが考え込む横で、ハーヴィル王家の姫であるクロディーヌが不安そうな表情をしていた。
「もしかして……寝返った人たちが……?」
クロディーヌが恐る恐る尋ねる。すっかり令嬢らしい見た目にはなったが、長らく男性のふりをして生きてきたため女性らしい服装に慣れないのか、他の騎士たちと同じような服をまとっていた。
「まあそれならこっちも安心して見捨てられるんだけどね」
苦笑いしながらラーゲンハルトが言った。
「人質に取られたのは……住民なんです」
「住民?」
アデルの言葉にウルリッシュが眉をひそめる。
「はい。人質にされたのは……ハーヴィル王国の住民であったロスルーの住民です」
「え~っ!?」
驚きの声を上げながら、クロディーヌが立ち上がった。
「一週間以内にこちらがロスルーを攻めなければ千人、その後一日ごとに百名づつ住民を処刑すると言ってきています」
アデルは沈痛な面持ちでそう言った。
「どうして!? 彼らがハーヴィルの国民だったのは、もうずっと前の話でしょ!?」
クロディーヌが悲痛な叫び声をあげる。
「守るべき民を自らの手で害するとは……貴族の風上にも置けませんな」
”智眼”のホプキンが顔をしかめながら言う。ヴィーケン王国から最初にアデルへ寝返った彼は、いまや神竜王国ダルフェニアの重鎮と噂されていた。
「確かに唾棄すべき話ですが……放っておいても問題ないのではないですか?」
元ヴィーケン王国宰相であるブルーノが眉をひそめながら発言する。神竜王国ダルフェニアの統治に必要な事務処理の多くはいまや彼が担当していた。
「平民を殺して不満が高まるのは向こうのほう。こちらから停戦条約を破らせるためにこのような手段に出たのでしょうが、完全な悪手でしょう」
ブルーノの言葉を聞き、ハーヴィル勢の顔色が怒りに赤くなる。しかし彼らはぐっと言葉を堪えていた。
「それだけじゃないよ」
ラーゲンハルトが口調は軽いながらも深刻な表情で言う。
「帝国はずっと難攻不落のガルツ要塞に悩まされ続けてきた。今回のはなんとかしてガルツ要塞の外で戦いたいっていうことなんだと思うよ。本当になりふり構わずの奇策……というか愚策だけど」
ラーゲンハルトは肩をすくめた。
「それで……どうするべきでしょう?」
アデルが一同の顔を見渡して尋ねる。
「あの……『どうするべき』とは?」
ブルーノが恐る恐る尋ねる。
「決まってるじゃないですか! ロスルーを落とすために何をするべきかって話ですよ!」
アデルが言う。一同の反応は呆気に取られたり、頭を抱えたりとさまざまであった。
「一応確認だけど、停戦を破ることになるし、わざわざガルツ要塞から敵地へ攻め込むのはこちらにとって不利でしかないんだけど、それでもやるのね?」
ラーゲンハルトが苦笑しながらアデルに尋ねる。ラーゲンハルトはある程度アデルの反応を予想していたようだった。
「それは困るんですけど……でも人命も大事じゃないですか!」
アデルは力説する。
「アデルさん……ありがとう」
クロディーヌは泣きそうな顔になりながら笑みを浮かべてアデルにお礼を言った。
「消極的だったアデルに攻める気を起こさせるとは……カザラス軍は眠れる獅子の尾を踏んだな」
イルアーナは余裕の笑みを浮かべて呟く。
「あはは、確かに」
ラーゲンハルトは笑って頷く。
「まずは作戦を立てよう。ただし、さすがに非現実的であればロスルー攻略は諦めざるを得ないよ」
「はい、わかってます!」
釘をさすラーゲンハルトに、アデルは笑顔で頷いた。
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