包囲(ノルデンハーツ)
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カザラス帝国北方の大都市ノルデンハーツは緊張に包まれていた。周囲には多くの天幕が張られ多くの兵士が戦いの準備に勤しんでいた。
ヒルデガルドたちはノルデンハーツ郊外の小高い丘から様子を眺めている。ノルデンハーツを囲む堅牢な防壁には多くの守備兵の姿が見えた。
「……敵兵が多いですね」
その様子を眺めながらヒルデガルドは眉をひそめた。エスカライザの軍勢はせいぜい数千人と予想されていたが、間諜の報告ではノルデンハーツには一万人の兵が詰めていた。
「王弟派の貴族たちが集まってきたのでしょう。それにしても領地の守りは放棄していそうですが……」
ヒルデガルドの横でエマが呟く。
「自分の領地に閉じこもっていたところで各個撃破されるだけですからな。最後の悪あがきでしょう」
カイが不敵な笑みを浮かべながら言う。
「貴族たるもの、領民の安全を守るのも責務のはずですが……」
ヒルデガルドは愁いを帯びた表情になった。
「しかしこれで国内から不穏分子が一掃され、帝国の内情は安定するでしょう」
「……そうなればいいですね」
カイの言葉にヒルデガルドは含みのある言い方をする。
「こちらの兵もおよそ一万。それとさきほど到着した『復国兵団』とやらが三千です」
エマが視線を向けた先には荷ほどきをする兵士の一団があった。帝都から数台の投石機とともに援軍として送られてきた兵士たちだ。神竜王国ダルフェニアから帰参した兵士たちを中心に編成された軍団は「復国兵団」と名づけられていた。”影の皇帝”の異名を持つユリアンネの権限下に置かれていたが、帝都から出せる余剰戦力として今回の戦いに送られてきていた。
「指揮官は”千本槍”のリオ殿。元ダルフェニア軍の将と聞きましたが……ご面識は?」
カイに尋ねられ、ヒルデガルドとエマは表情を曇らせる。
「槍の腕前は相当ですが……将としての能力は未知数ですね」
ヒルデガルドは言い辛そうに言葉を濁した。
そしてヒルデガルド、エマ、カイ、そしてリオを加えた一同は本陣の天幕で作戦会議を開いていた。
「おう、姫さん。久しぶりだな!」
リオがヒルデガルドになれなれしく話しかける。ヒルデガルドたちとリオは神竜王国ダルフェニアでしばらく時間を共にしていた。共に元ハーヴィル王国の老将ウルリッシュの下で戦いの稽古を付けてもらっていたのだ。
「馴れ馴れしいぞ! 居候の分際で!」
エマがそんなリオの態度に眉を吊り上げる。
「器が小せぇなぁ。アデルはそんなこと気にしなかったぜ。それに俺はこの戦いで武勲を上げて一気に貴族の仲間入りだ」
飄々とした態度でリオは肩をすくめる。
「そうですね。逆に言えばあなたがこの戦いで活躍できなければ、今後顔を合わせる機会はそうそうないでしょう」
ヒルデガルドは冷静にリオをあしらう。カイはそもそもリオとやり取りする気が無いらしく、軽蔑するような目つきで見ているだけだった。
「心配ねぇって。俺一人でもめちゃくちゃ活躍してやるからよ。前祝いに酒でも飲もうぜ!」
ヒルデガルドの言葉を勝手に解釈し、リオは笑顔を見せる。
「……まずは現状を確認しましょう」
ヒルデガルドは小さくため息をつくと、話を進めた。
「総兵力ではこちらがわずかに上回っていますが……籠城している敵を相手にするには厳しい兵力ですね」
テーブルの上に置かれた配置図を見てヒルデガルドが険しい表情になる。
王弟派軍は一万人、来る途中の町で兵を補充した第二征伐軍もほぼ同数の一万人程度であった。そこに「復国兵団」が加わり、兵数の上ではヒルデガルドたちが上回っている。しかし籠城する相手を倒すには三倍ほどの兵力が必要というのが通説で、現在の第二征伐軍ではとても城攻めをすることはできない。
「相手は雑魚なんだろ? 楽勝だって」
リオがへらへらと笑いながら言う。しかしもはやヒルデガルドはその言葉に耳を貸さなかった。
「攻撃を仕掛ければ敗れるのはこちらです。ですので軍はこのように配置します」
ヒルデガルドは配置図上の駒を動かしていく。
「なるほど。理にかなっていますね」
「なんだよ、兵が分散しちまってるじゃねえか」
エマとリオの反応は正反対であった。配置図上ではヒルデガルド側の軍が四部隊に分かれ、ノルデンハーツを囲むように配置されている。
「城攻めは無謀。ならば我々ができることは、相手の補給路を断絶し、干上がらせることです」
ヒルデガルドが地図を指し示しながら説明する。確かにヒルデガルドが自軍の駒を配置したのは、ノルデンハーツに通じる主要な街道の上だった。
「おいおい、これじゃタイマン負けしちまうだろ」
「……各個撃破のことですか?」
「そうそう、それそれ」
ヒルデガルドの言葉にリオは頷いた。
「相手が打って出てきてくれるのであれば好都合です。周囲の部隊とともに都市から出てきた敵を討ちます。あなたの言葉通り『相手が雑魚』なのであれば余裕でしょう? 実際、兵の練度ではこちらに分があると思っています。相手にはお金で雇われた傭兵部隊も多く、士気や連携にも問題を抱えていると思われます」
ヒルデガルドが説明をするとエマだけがウンウンと頷く。カイとリオは不満げな表情を見せていた。
「しかしそれでは時間がかかりすぎるのではありませんか? 相手が出て来なければずっと睨み合いをすることになるでしょう」
「そう、それだよ! 戦えなかったら活躍できねぇじゃねぇか!」
カイが異議を唱えると、リオもそれに同調した。
「現在、帝国内の兵糧は不足しています。ノルデンハーツにそこまでの貯えがあるとは思えません」
ヒルデガルドが首を振る。相手の物資まで考えに入れて作戦を立てられるのは、神竜王国ダルフェニアや商人であるダーヴィッデの元にいた経験があってこそだった。
「……ですが皇帝陛下は迅速な制圧をお望みです。この作戦は少し弱腰すぎるのでは?」
ダーヴィッデが顔をしかめながら言う。
「でしたら代替案を示していただけますか? 籠城している相手を現在の兵力で倒せるような案を」
「そ、それは……」
ヒルデガルドの反論にカイは言葉に詰まった。
「おい、姫さん。俺の部隊は俺の裁量で動いていいんだろ?」
そんな二人の会話にリオがマイペースに割って入る。四つに分かれた部隊のうちのひとつにはリオの「復国兵団」が割り当てられていた。
「ええ、それはかまいませんが……」
ヒルデガルドは不安そうだったが、カイの言葉に頷く。
「わかったわかった。俺に任せておけ!」
リオが自分の胸をポンと叩く。
そしてヒルデガルドの軍は作戦通りに移動を開始したのだった。
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