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化かし合い(パルロー ノルデンハーツ)

 ヒルデガルドとエマはカイと次の作戦について話し合うために屋敷に入る。入ってすぐの床には大きな染みがあった。


 ヒルデガルドは顔をしかめつつ、入り口わきにある応接間へと入る。エマが並んで座り、テーブルの向かい側にカイが座った。


「現在の兵数はいかほどですか?」


 ヒルデガルドがカイに尋ねる。


「今回と前回の戦いで我が軍の動員可能な兵は七千名程度となっております」


「……そうですか。心許ないですね。進路上の町で補充をお願いしましょう」


 カイの答えに考えならがヒルデガルドが言う。


(部隊の統制が取りにくくなりますが……それは現状でも同じでしょう)


 ヒルデガルドは心の中でため息をついた。


「エスカライザ様の治めるノルデンハーツは堅牢です。王弟派が集結すれば厄介なことになります」


 エマが眉をひそめる。


「だから申し上げたはずです。逆賊どもは速やかに討ち取らねばならないと。被害を恐れて手をこまねいているからこんな事態になったのです」


 カイがそんなエマの言葉を聞き嫌味を言った。


「どうでしょう。王弟派の面々が『謀反』とやらで次々と排除されてしまっては、エスカライザ様も挙兵せざるを得ないでしょう。私には何か策略めいたものを感じます」


「何をおっしゃる。帝国が嘘をついているとおっしゃるのですか?」


 カイが眉を吊り上げる。


「不自然なことは確かでしょう。もし王弟派が本当にそんなことを企んでいたのであれば、内密に事を進めて一斉に挙兵するはず。こんな個別に討伐されるようなミスをするでしょうか?」


「それは帝国の諜報力の賜物です。未然に不埒な計画を察知したわけですからな。やつらも計画がバレるとは思わず、慌てて挙兵したのでしょう」


 ヒルデガルドの話をカイが否定する。


「もし皇帝陛下が王弟派を策略で貶めようとしているのであれば、真っ先にエスカライザ様を潰すはず。わざわざ王弟派にまとまる時間的余裕を与えるのはおかしいでしょう。ヒルデガルド様は疑い深すぎるのではありませんか?」


 カイは嘲笑うような表情で話を続ける。ヒルデガルドは少し眉をひそめたが、それ以上の反論はしなかった。


「真相はどうであれ、エスカライザ様を討つのが我々の任務です。王弟派の兵は基本的に守備兵。兵の質ではこちらが上回っていると思いますが、油断は禁物ですね」


 ヒルデガルドが言う。各都市に配置されている守備兵の主な任務は警備や治安維持であり、戦闘訓練はたまにしか行わない。一方、征伐軍所属の兵士は平時は常に訓練を行っている。そのため個々の戦闘力は征伐軍のほうが上回っているはずだった。


「エスカライザ様の元には現傭兵団ランクトップの黒鳥傭兵団がいます。実戦でどれほどの脅威となるかはわかりませんが、注意は必要かと」


「”黒装”のガーラント殿ですか」


 ヒルデガルドは黒衣の老紳士の姿を思い浮かべた。黒鳥傭兵団団長の”黒装”のガーラントはカザラス帝国の社交界では名の知れた人物だ。歳は取っているものの、背筋が伸び均整のとれた長身で、端正な顔は貴族のマダムたちに人気だった。話もうまく、若いころの冒険談を聞きたいと色々なパーティーに招かれている。


「”剣者”ルトガー様の話では『口だけの男』という評価でしたが……」


 ヒルデガルドは少し言いにくそうに話した。


「今はその評価が適切であったほうが助かります」


 エマが眼鏡の位置を直しながら呟く。


「帝都からは応援はいただけないのですか?」


 カイがヒルデガルドに尋ねる。


「帝都の守備隊は動かせません。ダルフェニア軍がドラゴンを使って奇襲してくる恐れがありますからね。ただ『余剰兵力』とやらを送ってくださるそうですが……」


 ヒルデガルドは表情を曇らせて言った。


「王弟派は次々とノルデンハーツに集結しつつあります。とりあえず現地に向かい、状況に対応しましょう」


「はっ!」


 ヒルデガルドが立ち上がると、エマとカイも立ち上がって敬礼をする。そしてヒルデガルド率いる第二征伐軍はエスカライザが兵を集めているというノルデンハーツに向けて進軍を開始した。






「ほ、本当に大丈夫なんだろうな! いまのうちに逃げ出すべきじゃないのか!?」


 豪華な調度品に彩られた一室で、一人の男性が不安げに歩き回っていた。上等な仕立ての黒い服に身を包み、腰には優美な彫刻が施された剣を下げている。黒鳥傭兵団団長、”黒装”のガーラントであった。


「うるさいねぇ。黙ってお座り!」


 そんなガーラントをピシャリとしかりつける女性がいた。ガーラントと同じく初老に差し掛かる頃合い。派手な装飾品を身に着け、頭には黒い羽飾りをつけていた。ガーラントの妻、”喚鳥”のテレーゼだ。


「だ、だって帝国中からエスカライザ様を討つために兵が集まってくるんだぞ? こんな時に落ちつけるわけないだろう!?」


 ガーラントが狼狽えながらテレーゼに泣きつくように言う。普段、人前では余裕のある大人な態度の紳士として振る舞っているため、今の姿を見れば皆が驚くだろう。


「だから稼ぎ時なんだろう? エスカライザ様は傭兵の頭数だけ金を払ってくれるとおっしゃってる。ウロウロしてる暇があったら、農民でもいいから掻き集めて来な!」


 耳障りな声でテレーゼがしかる。”喚鳥”という異名はギャーギャーうるさい鳥の鳴き声のようなしゃべり方から付けられたものだった。


 テレーゼの言葉通り、黒鳥傭兵団は現在人員をかき集めている最中だった。社交界で顔が効くガーラントが仕事をとってきて、団の運営はテレーゼが行う。これが黒鳥傭兵団のスタイルであった。そして冒険者ギルドの傭兵や周辺の村から若者を集め、黒鳥傭兵団は現在二千名にまで規模を拡大している。


「し、しかしどう考えても負け戦じゃないか! 命あっての物種だろう? 団員たちだってそう考えて当然だ」


「あんたは貴族相手に余裕の顔で作り話してればいいんだよ! 今回の戦いはそんな単純なもんじゃないんだ。なんならエスカライザ様が勝利して、一気に帝国の情勢が変わるかもしれないよ」


「そ、そんなことが!?」


 テレーゼの話にガーラントが驚愕する。


「団員たちにもよく言っておきな。今回の戦いは命を懸ける価値がある戦いだってね。死んだやつには金は払わないよ!」


「そ、そうか。では『正当な統治者の手に帝国を取り戻す』とか言っておくか……」


「いいんじゃないかい? さすがあんただね。そういうのはあんたに任せたよ」


 テレーゼはガーラントに歩み寄るとキスをする。そしてガーラントは団員たちに話をするために部屋を出て行った。


「まったく……男ってのは単純でいけないね」


 そんなガーラントを見送ったテレーゼは呟いた。


「歴史上稀に見る女狐同士の化かし合い……腕が鳴るじゃないか」


 テレーゼはにやりと笑うと、舌なめずりをして戦いの算段を立て始めた。

お読みいただきありがとうございました。

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