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おねだり(古の森)

「脳を入れ換える? そんなことが可能なのかい?」


 ラーゲンハルトが訝し気に尋ねる。


「理屈ではね。もちろん大変だろうけど」


 ポチがグールの頭から手を放す。鈍い音がしてグールの頭が地面に衝突した。生きていれば相当痛かっただろう。


「なぜ手間をかけてそんなことを?」


 イルアーナが腕組をして呟く。


「弱い人、病気の人、老いた人……若くて強い肉体に変わりたいって人はたくさんいるんじゃないの? 個人的にはいくら強くてもこの身体はちょっと嫌だけど」


 ラーゲンハルトは少し憐れむようにグールの死体を見つめた。


「もういいでしょ。こんな穢れたものは滅却、滅却」


 デスドラゴンが我慢しかねたかのようにアデルたちをどけて前に出る。そして闇を出してグールの死体を吸収してしまったのだった。






 一方、別の場所ではフレデリカ、プニャタらとギディアムなどのダークエルフ、そして古の森のオークらを中心にした捜索隊がグールの生き残りと遭遇していた。


「グァァッ!」


 グールが跳躍し、先頭にいたギディアムに襲い掛かる。


「ふん!」


 グールが振り下ろした手をギディアムは両手で受け止めた。ギディアムの肉体は魔法によって強化されている。恐ろしい力を持つグールの攻撃を見事に受け切っていた。だが……


(くそっ、丸太で殴られたような衝撃だ。なんて力だ……!)


 受け止めたギディアムの顔が苦痛に歪む。腕の骨が悲鳴を上げるように軋んだ。グールは自身の攻撃が受け止められたのが不思議なのか、少し小首をかしげた。


「ガラ空きだよ!」


 フレデリカがそのグールを斬りつける。フレデリカの剣はギディアムへの攻撃で無防備になったグールの脇腹を捉えた。グールの血飛沫がフレデリカの剣を赤く染める。


「くっ……!」


 しかし顔を歪めたのはフレデリカのほうであった。フレデリカの剣はグールの肉を切り裂いたものの、硬い筋肉に阻まれ致命傷を与えるには至らなかった。


「グァッ!」


 目に怒りの炎を宿らせたグールがフレデリカに向けて腕を振るう。しかしフレデリカはすでに後ろに下がる準備をしていた。目にもとまらぬスピードで振るわれたグールの腕が、一瞬前にフレデリカがいた場所を音を立てて通り過ぎる。回避が遅れていればフレデリカの体はグチャグチャになっていたことだろう。


「……完全にあたしじゃ力不足だね」


 額にうっすらと汗を浮かべてフレデリカが悔しげにつぶやく。


「はぁっ!」


 プニャタが手斧でグールを斬りつける。普段の二丁持ちではなく、威力を増すためにひとつの手斧を両手で持っていた。その斧はグールの腕に命中し、深々とその腕を傷つける。


「グァァァァッ!」


 グールが痛みと怒りの雄たけびを上げ、斬られた腕でプニャタを殴りつける。しかし傷ついた腕では力が入らないらしく、プニャタがその攻撃をやすやすと斧で受け止めていた。


「うおりゃぁぁっ!」


 フレデリカとプニャタにグールの気が向いた隙に、ギディアムがグールの懐に飛び込む。そしてグールの体を持ち上げると、近くの木に叩きつけた。グールは地面に倒れ、苦しそうに呻いている。


『今だ、叩き込め!』


 プニャタがオーク語で指示を出す。オークたちがすかざす倒れたグールをタコ殴りにした。グールはしばらくもがいていたが、肉塊と表現すべき状態になってようやく動かなくなった。


「しぶとい奴らだ」


 ギディアムは肩をさすりながら呟く。だいぶ筋肉を傷めたようだった。


『犠牲はゼロか。さすがだな』


 オークの一人がプニャタに近付いた。


『お前ほどの猛者でもダークエルフには逆らえぬのか?』


 オークがプニャタに尋ねる。プニャタはその問いに顔をしかめた。


『ダークエルフに従っているのではない。アデル様に仕えておるのだ』


『あの人間か。それほど強い男なのか?』


『ふっ』


 プニャタは鼻を鳴らして笑う。


『強いだけではない。アデル様はとんでもなく大きな器をお持ちのお方。普通、強者であれば自分勝手に振る舞い、周りがそれに合わせるのが当然と考える。しかしアデル様は自ら率先して他者と協調することを望む。それが一族……人間でいえば国のためになるからだ。神竜様やダークエルフですらアデル様に一目置き、協力している。エルフ同様、ダークエルフもいけ好かない奴らであったが、アデル様の元で考えが変わったようだ。まあ多少だがな』


『好き勝手振る舞えるからこそ皆が強さを求めるのではないのか? にわかには信じられんな』


 プニャタの話にオークは怪訝な表情になった。


『今回だってそうだ。アデル様や神竜様方のお力があれば、我々の協力などなくとも化け物どもを倒せた。しかしエルフとお前たちの争いを止めさせるために、わざわざお前たちを参加させたのだろう』


『そんなことが……』


 オークが絶句する。確かにアデルにはオークたちを参加させることでエルフとの争いを収めようという意図があった。


『アデル様はこの大地の覇権をかけて争っている。ひとつの森すら手中にできない我々とは格が違うのだ。だから私はアデル様にお仕えし、強者としての考え方や振る舞いを勉強させていただいている。お前たちもよく考えるがいい』


『な、なるほど。そうか……』


 プニャタの言葉にオークは考え込んだ。


(やれやれ、無様ったらないね)


 そんなプニャタたちをよそに、フレデリカは自分の剣を見つめながら悩んでいた。


(何の活躍もできてないじゃないか。不甲斐ない……)


 フレデリカ自身や彼女の率いていた傭兵たちは、初期の神竜王国ダルフェニアの快進撃の要因の一つであった。突出した戦闘力を持つ彼女たちはいくつもの戦場でアデルの勝利に貢献している。


 しかしここ数か月、カザラス帝国との停戦もありフレデリカに活躍の場はない。剣技大会でもフレデリカはアデルに完敗していた。今回、久しぶりにアデルとともに戦いの場に来たものの、化け物相手ではたいした活躍ができなかった。フレデリカはそのことを歯がゆく思っていたのだ。


(こりゃ、おねだりするしかないね……)


 フレデリカはひとつため息をつくと、自らの剣を鞘に納めた。


お読みいただきありがとうございました。

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