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白銀

「お気づきかもしれませんが、商隊の護衛の依頼とは言っても、実際は私の護衛があなたのお仕事となります。エルゾに着いたときに報酬をお支払いします。それでよろしいですね?」


 ヒルデガルドがアデルたちに説明をする。


「なぜ私たちに依頼を? 護衛であれば兵士を使えば良いであろう。それに商隊に偽装する意味も分からん」


 イルアーナが疑問を口にした。アデルも気になっていたところだ。


「お前たちの質問に答える筋合いなどない。黙って命令に従えばいいのだ!」


 エマが会話に割って入り、高圧的な態度で言った。


「やめなさい、エマ。この方たちも命がけで私を守ってくださるのです。疑問があるのならお答えするのが礼儀です」


 しかしヒルデガルドはそんなエマを手で制する。


「これは帝国の作戦行動の一つです。ヴィーケンの間者や私を狙う者の目を欺くため商隊の護衛に扮し、そのために私の側近以外の護衛は無名の冒険者を雇う。それが上からの指示です。さきほど返した男たちは兄上……ラーゲンハルト大将から送られた兵士です。指示と異なるため、彼らには帰っていただきました」


 ヒルデガルドはイルアーナの問いに答えた。


「ずいぶんと妙な指示だな」


 イルアーナはヒルデガルドの話に首をひねる。


「私は軍人です。任務に従うのみです」


 ヒルデガルドは硬い表情で言った。


「何が襲って来ようと我々が姫様をお守りいたします」


 ヒルデガルドの脇に控える老騎士ルトガーが恭しく頭を下げる。その後ろに立つヴィレムも同意するよう頷いた。


「襲撃があった場合、我々は商隊を優先して守ります。自衛をする自信がないのであれば、いまお断りしていただいてかまいません」


 ヒルデガルドがアデルたちを見つめながら言う。口調は丁寧だが、アデルたちを戦力として見ていないのは明らかだ。


「こちらの心配は無用だ。だが、もし皇女一行と知ってて襲ってくるような相手の場合、これだけの護衛では守り切れるかわからんぞ」


 イルアーナは皇女であるヒルデガルド相手だろうがいつもの態度なので、アデルは横でヒヤヒヤしていた。


「心配いらねぇよ。うち以外の商隊もよく通る道だし、護衛が半端じゃねぇ」


 眼帯をした冒険者風の男、リューディガーが明るい調子で言った。


「いや、護衛は多ければ多いほどありがたいんですが……」


 イーノスがハンカチで汗を拭きながら言う。イーノス商会という所属名から、この男がこの商隊の主なのだろうとアデルは推測した。


「大丈夫だって。いつもは俺とロスだけで守れてるんだからよ」


 リューディガーが笑いながらイーノスの肩をバンバン叩いた。


「イーノスさん。人も揃ったことですし、そろそろ出発いたしましょう」


「は、はい!」


 ヒルデガルドの言葉に、イーノスは大慌てで出発の準備を終わらせた。




 イーノス商会はイーノス率いる十名の商隊だ。正確には内二名は専属の護衛として雇っている冒険者、”片目”のリューディガーと”黒槍”ロスだ。アデルが”黒槍”という異名を名乗る相手に会うのは二度目だ。アデルが名乗っている”黒騎士”も世の中に十人くらいいる。異名が被るのはよくあることなのだ。


 普段は馬車三台で行商をしているが、今回は二台馬車を増やしている。増やしたのは幌付きの人が乗る用の馬車で、一台はアデルたちが、もう一台はヒルデガルドたちが乗っている。それぞれの馬車を二匹の荷馬が引っ張っており、5台が連なって移動する。リューディガーたち護衛の乗る馬車が一台目、アデルたちの乗る馬車は二台目、ヒルデガルドの乗る馬車はイーノス自らが御者台に座り三台目、さらにその後ろに2台の馬車が続く。


 エルゾへの街道は獣の森が近いこともあり、林の中を通る道である。商品を乗せた荷馬車の速度に合わせるため、順調に行っても五日ほどかかる予定だ。


「あの女がヒルデガルドで間違いないのか?」


 馬車に揺られながら、イルアーナがアデルに尋ねる。イーノス商会の御者がいるため小声であった。ポチは最初から、ピーコはしばらく外を見ていたがすぐに飽きて、肩を寄せ合いながら眠っている。


「ええ。しかもなかなかの武力でした」


 アデルは護衛メンバーの名前や能力をイルアーナに伝える。


「ほほう。侍女のほうが態度が大きいから、もしかしたら名前を偽って入れ替わっている可能性もあるかと思ったが……」


「確かに……皇帝の娘にしては腰が低いですね」


「あれが”白銀”のヒルデガルドか……皇帝の一族は厄介だな」


 イルアーナが顎に手を当てて唸った。


「白銀?」


「ああ。その異名には二つの意味がある。ひとつは剣の腕前だ。帝国の剣技大会で優勝したこともあるそうだ。美しく素早い斬撃のきらめきが銀のように見えることから。そしてもうひとつは家柄だ。大陸一の豪商の孫であるため、その財力から。その二つの理由から”白銀”という異名がついている」


「へぇ~」


 アデルは後ろの馬車を見た。相変わらず緊張して汗だらけのイーノスの向こう側にヒルデガルドの姿が見える。憂いを帯びた表情でぼんやりと流れる景色を見ていた。


「この仕事、何かきな臭い。ラーゲンハルトも言っていた通り、襲われる可能性が高そうだ。気を抜くなよ、アデル」


「は、はい!」


 イルアーナの言葉にアデルは緊張の面持ちで周りを警戒する。


 一時間後、アデルの耳にイルアーナの寝息が聞こえてきた。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] こ・・・この女・・・・w まあシティハンター冴羽みたいに、 異常時瞬時に覚醒して応戦できるなら問題ないけど
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