エルフの里防衛戦(古の森)
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森にいくつもの咆哮がこだまする。光におびき寄せられ、グールたちがエルフの里へと向かっているのだ。
(あの影は……)
一方、少し離れたところからジェイドは様子を伺っていた。見上げた視線の先には、自身の放った光球の光を遮るように浮かぶ巨大な影がある。
(ドラゴン……ダルフェニア軍か? なぜここに……)
ジェイドの表情が険しくなる。
(いまさら止められぬ……それに北では大司教様の手勢がドラゴンたちを倒したと聞く。我々にだってやれるはずだ!)
ジェイドは瞳に情熱を宿らせながら、闇に浮かぶエルフの里を見つめた。
「来るぞ!」
防壁の上の守備兵から声が上がる。次の瞬間、闇に包まれた森からグールが飛び出し、光に照らし出された。エルフだけでなく、オークやゴブリンたちも襲撃地点に向かって防壁上を移動する
「グルァァッ!」
デスドラゴンとしーちゃんによって作られた堀の向こうからグールが跳躍する。しかし防壁を飛び越えることはできず、その側面に衝突した。グールは一瞬だけ壁に掴まってこらえたが、すぐに背面から堀へと落下した。
グールが落ち、堀から水飛沫が上がる……かと思いきや、聞こえてきたのはベチャっという鈍い音だった。
「グァッ?」
倒れたグールが顔を持ち上げ、不思議そうに周囲を見回す。その身体は水の中に半分ほど埋まっており、徐々に沈みつつあった。グールは身を起こそうとする。しかし粘度を持った水がトリモチのようにその体にまとわりつき、グールの動きを封じていた。
(あれは……しーちゃんが水を変化させたのか?)
その光景を見てアデルが驚く。
身動きの取れなくなったグールにエルフたちは弓を射かけた。何本もの矢が刺さり傷だらけになりつつも、グールは強引に水から抜け出そうともがいていた。
「オグッ!」
その時、エルフたちをかき分けて槍を持ったオークたちが前に出た。オークたちはもがくグールを睨みつけると、手にした槍を大きく振りかぶって投げつける。
オークの腕力で放たれた槍が、グールの体に深々と突き刺さった。
「グァァァッ!」
グールの絶叫が響く。水面に赤い血が流れた。そして何本もの投げやりを食らい、グールはついに動かなくなった。
「おおっ!」
エルフたちから驚きの声が上がる。これまで苦労して撃退してきたグールが、いとも簡単に倒されているのだ。その後も二匹のグールが襲撃してきたが、同様に撃退されていた。
「行けるぞ。これなら……」
大量のグールの気配に緊張していたエルフたちに楽勝ムードが漂う。
そしてまた森から一体のグールが姿を現した。グールは猛然と走り寄って来る。そして堀の手前で跳躍した。
「高い……!」
エルフの一人が息を飲む。そのグールの跳躍力は凄まじく、堀を飛び越え防壁の上まで向かってきた。
「うわっ!」
エルフたちが慌てふためきながらその場を離れようとする。
「グァッ……!」
しかし防壁の上に着地するグールを待っていたのは、剣山のような槍の群れだった。
それは槍を構えたゴブリンたちだ。小柄なゴブリンたちは人間やエルフよりも濃密な槍衾を形成できる。グールは自らその中に飛び込む形となり、体中を槍に貫かれた。だがそれでもグールはもがいて槍から抜け出そうとしている。
「ゴブ!」
ゴブリンたちが息を合わせて槍に刺さったグールを突き飛ばす。グールの体は槍から解き放たれ、空中に舞った。そして防壁の下に落ち、ぐったりと動かなくなった。
「こっちも来るぞ!」
別の場所からエルフの警告の声が上がる。そこにも一体のグールが走り寄っていた。
グールが堀の向こうから跳躍する。
「よし!」
その瞬間、エルフは勝利を確信した。その跳躍は防壁の上まで届きそうになかったのだ。堀に落ちたグールは簡単に倒せるであろう。
「グァッ!」
グールが空中で咆哮する。その大きく空けた口に炎が生まれた。
「魔法!?」
エルフが不意を突かれ驚愕する。グールはその炎を噴き出そうとした。
「オガァッ!」
しかし一瞬早く、巨大な影が空中へ飛び出す。盾を構えたオーガであった。
オーガは盾を構えたまま身体ごと空中にいたグールへと突進した。グールは炎を吐き出す。オーガはまともにその炎に突っ込む形となった。高温の炎に、即席で作られた大きな木の盾は一瞬で燃えあがる。だがその盾が燃え尽きる前に、オーガの巨体がグールと衝突した。
オーガの勢いに押され、二つの巨体はもつれるように堀の向こう側の地面へと落下する。だが下敷きになったのはグールのほうであった。
「グァッ……!」
落下の勢いとオーガの体重に押しつぶされ、グールはくぐもったうめき声をあげる。対するオーガは着地の直後に転がることでその衝撃を逃がしていた。オーガはすぐさま立ち上がり、持っていた棍棒を構える。しかし身体を押し潰されたグールは何回か頭を持ち上げた後、そのまま動かなくなった。
「なんと命知らずな……」
エルフの兵士はオーガの戦い方を見て呆気にとられた。
その後もオークやゴブリン、オーガたちの活躍もあり、グールたちは次々と撃退されていく。
そして……
「……あれ? 止みました?」
アデルが周囲の気配を探る。アデルたちとエルフは合計で二十体ほどグールを撃退していた。デスドラゴンは今も周囲の森でグールを踏みつぶしている。しかし最初に森から感じた気配や唸り声では、もっと数が多そうに感じていた。
だが今、森はほぼ静けさを取り戻していた。森に侵入した五十台の馬車全てにグールが乗っていたのであれば、まだまだグールがいるはずだった。
「たぶんグール同士でも戦ってたんだよ」
アデルの横に歩み寄ったラーゲンハルトが言う。
「グール同士で?」
アデルはラーゲンハルトの言葉にキョトンとした。
「うん。なんでグールたちをバラバラに森に解き放ったのか不思議だったんだ。普通は戦力は集中して使うもんでしょ? だけど彼らの低い知能や異常な戦闘意欲を見て納得した。あれは統制が取れるような代物じゃないってね」
「な、なるほど……」
アデルは納得しながら森の方へ弓を構える。そして一発、矢を放った。
「ん? どうしたの?」
「いや、なにか気配がしたもので……」
「ふーん。グールの生き残りかな?」
戦闘の緊張から解き放たれ、アデルたちはリラックスして会話する。いつの間にか周囲を照らしていた光球も消えていた。
「あの化け物がこんなにもあっさりと……どうやら力を認めぬわけには行かないようですね」
そんなアデルたちを悔し気にロレンファーゼが見つめる。
こうしてほとんど犠牲を出すこともなく、エルフの里の防衛は成功したのであった。
「ま、まさか……こんなはずが……」
ジェイドは言葉を失っていた。エルフの里を攻めたグールたちはことごとく討たれ。もはや周囲に残っているグールの気配はない。
「せめて大司教様にご報告を……!」
悔しさに顔をゆがませながら、ジェイドは振り向きその場を離れようとする。
「ん?」
しかしその時、高速で何かが飛来しジェイドの頭を貫いた。それと同時にジェイドが生み出した光球も消滅し、森は再び静かな闇へと包まれたのだった。
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