迎撃準備(古の森)
夜の森からエルフの里を睨みながら、ジェイドは両手を突き出す。そして精神を集中すると呪文を唱え始めた。
「導きの光!」
ジェイドの手の先に光り輝く球が生まれる。その光の玉はまばゆい輝きを放ち、闇に埋もれた木々たちの姿を浮き彫りにする。そして滑るように空中を移動しながらエルフの里の上空へと向かって行った。
にわかにエルフの里が活気づく。さらには森の中からいくつもの叫び声が聞こえ始めた。
「くっくっくっ……損害は大きいかもしれんが、エルフの里を落とせば大司教様にも認めていただけるだろう。ただの監視役などではなく、もっと大きな使命を与えてもらわねば……」
ジェイドは恍惚とした表情で呟く。しかしすぐに我に返った。
「さて……巻き込まれてはかなわん。残念だが、見学はあきらめるとしよう」
そう言うとジェイドは騒がしくなった周囲から離れ、森の闇の中へと消えていった。
「な、なんだあの光は?」
「これが合図か? 聞いていた話よりだいぶ早いが……」
騒然とするエルフの兵士たち。その頭上にはジェイドの放った光球が輝き、エルフの里を照らしていた。
「な、なんですかあれ!?」
小屋の外で寝ていたアデルたちもその光に驚く。
「うちのじゃないんだね?」
ラーゲンハルトがアデルに尋ねる。
「ち、違いますよ! まだ準備が終わってませんし」
アデルはぶんぶんと首を振った。
「そっか。じゃあ急いで防衛態勢を取らないと。エルフたちにも知らせよう」
ラーゲンハルトはそう言うと、ダークエルフに風魔法で里全体に呼びかけるように頼んだ。
「みんな! 予定が早まっちゃったから起きてください!」
アデルは与えられた小屋の扉を叩く。すると中から眠そうな女性陣が顔を出した。
「なんだ、明日の朝じゃないのか?」
まだ半分目が明いていないイルアーナが尋ねる。
「それが……どうやら敵のほうから仕掛けてきたみたいで……」
アデルは戸惑いつつ答えた。
「話がダブチだけど、どうせやることは同じなんだからソース!」
デスドラゴンがそんなアデルたちの脇をすり抜け、空中へと飛び上がる。
(ダブチ……「だいぶ違う」けど、ソース……「速攻終わらす」ってことかな?)
アデルはデスドラゴンの発言を理解するために数秒固まる。その間にデスドラゴンは本来の竜の姿へと変わっていた。その横には光球が浮かんでおり、デスドラゴンの体を白く照らしている。
『断地牙射!』
デスドラゴンが腕を振るう。すると牙のような形の巨大な黒い影が放たれた。その牙はエルフの里を囲む防壁のすぐ外側の地面へと着弾した。
「おおっ……!」
防壁の上からその様子を見ていたエルフの兵士たちが驚きの声を上げる。デスドラゴンの放った闇は地面を深くえぐり、大きな溝を残していた。
デスドラゴンは数度腕を振り続け、エルフの里の四方に闇の牙を放つ。その闇に地面はえぐられ、エルフの里はその周囲を大きな溝に囲まれる形となった。
「デスドラゴンさん、やる気ですね」
その様子を見上げながらアデルは呟く。
「デスドラゴン、変異体が嫌いだからね」
ポチが眠そうにつぶやいた。
「そうなんだ……」
「変異体のこと知ってたら、私たちと一緒に魔法文明と戦ってたと思う。デスドラゴンは新しい種族も秘術魔法も嫌いだから」
「へぇ。まあその時に一緒に戦わなかった後悔もあるのかな……」
アデルは空に浮かぶデスドラゴンの姿を見上げながら呟いた。
「アデルみたいに他の種族とも仲良くなれるかもしれないのにね」
「う、う~ん、さすがにグールたちは無理なんじゃないかな。そもそも話が通じなさそうだし……」
ポチの言葉にアデルが言う。ポチは少し首を傾げた。
「ほら、僕らも急いで準備しないと! グールが集まってくるよ!」
ラーゲンハルトがアデルたちを急かす。すでにオークたちへの指示も出していた。
「そ、そうですね。行きましょう!」
そしてアデルたちは防壁へと急いだ。
防壁にはエルフに混じり、オークやゴブリン、オーガの姿もあった。オークとゴブリンは槍を構え、オーガは大きな盾と即席の棍棒を手にしている。
アデルたちも防壁の階段を上り、配置についた。
「アデル殿!」
そこにラズエルを従えたロレンファーゼが小走りに近づいてくる。
「あれは敵のものなのですか?」
ロレンファーゼは空に輝く光球に目をやった。
「ええ、恐らく……」
アデルは歯切れ悪く答える。
「どういうことです? こちらがやろうとしたことをなぜ敵が先にやるのですか?」
ロレンファーゼは眉間にしわを寄せながら問いただすように言った。
実は翌朝、アデルたちも迎撃態勢を整えてからグールたちを引き付ける作戦を提案していた。楽器などを打ち鳴らし、森に潜むグールを引き付けて一気に殲滅する作戦だ。しかしそれを誰かに先んじてやられる形となってしまっていた。
「焦ったんでしょ? 敵がまとまって攻めて来れるなら、最初からそうしていればいい。だけどそうしない理由があったはずなんだ」
ロレンファーゼの鋭い視線に気圧されるアデルに代わって、ラーゲンハルトが笑顔で話す。
「だけど散発的にグールが攻めたくらいではエルフの里は落ちなかった。もしくはそもそもエルフの里を落とすことは目的ではなく、グールを放つこと自体が目的だったのかも。まあ実際どうかはわからないけど、相手が効率の悪いことをやってるのは確かだ。僕たちがエルフに協力するっていうのが誤算だったのかもね」
ラーゲンハルトは肩をすくめた。
「そして相手にとって致命的なのは……僕らがグールよりもはるかに賢くて強いってこと」
ラーゲンハルトはにやりと笑った。
「アデル!」
そこにパタパタと羽音を立てて小さな影が飛んでくる。竜の姿に戻ったピーコであった。
「随分早いのう。ワイバーンたちも準備しておるぞ」
ピーコは視線を上に向けた。デスドラゴンのさらに上空をワイバーンたちが旋回しているのが見える。
「いや、これは僕らの合図では……まあいいか」
アデルはどう説明してよいかわからず、説明を諦めた。
「しーちゃん、お願いできる?」
アデルはしーちゃんこと海竜王を抱え上げると、防壁のへりに立たせた。そこからはデスドラゴンが地面に穿った巨大な溝がよく見える。その溝のところどころからは水が流れ出していた。地面が削られ、いくつかの地下水脈が露出したようだ。
しーちゃんはコクンと頷くと、溝に手を向ける。すると水脈の水が勢いよく吹き出し、みるみるとデスドラゴンの作った溝を満たしていく。
「うわぁ……こんなに早く……」
アデルはその勢いに驚いた。そこまで大量の水が現れるとは思っていなかったのだ。
「海を操る竜王じゃぞ。幼体とは言え、この程度の量の水を操っただけで何を驚いておる」
ピーコが自分のことのように自慢げに言った。
「これは……まさか……」
ロレンファーゼは目の前の光景に言葉を失う。
デスドラゴンの作った巨大な溝。そこにしーちゃんの力で水が張られた。
短時間のうちに、エルフの里は見事な水堀によって囲まれていたのであった。
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