同士討ち(古の森)
「いやぁ、話がまとまってよかったですね」
古の森のオークたちを迎え、アデルは安堵の笑顔を浮かべていた。アデルがオーガを簡単に倒したことで、力を見せつけられたオークたちはアデルに大人しく従うようになっていたのだ。
(アデル様はオーガの長を倒したというご自覚が無いようですな……)
ジェントアウルのセバスチャンは呆れた顔でそんなアデルを見つめている。
「しかしこれでほぼ全員とは……」
プニャタが怒りと悲しみの混じった表情で呟いた。エルフたちはオークたちを害虫のように思っており、長きにわたって「駆除」を行ってきた。そのため古の森のオークたちは数を減らしており、オーガも強い個体は戦いで討ち死にしあまり大きくない者たちだけとなっていた。
彼らはグールとの戦いでさらにその数を減らしている。しかし真偽は不明だが、多くの犠牲を出しながらもオーガは三体、オークは二体のグールを倒したそうだ。
「それでどうするおつもりですか?」
オークたちに対する不快感をあらわにしながらロレンファーゼが言う。
「も、もちろん彼らと協力してグールを倒します。なので彼らを里に滞在させて欲しいんですが……」
少し気圧されながらアデルがロレンファーゼにお願いした。
「……一時的にであれば滞在を許可します。もちろんそれも彼らがグールを倒すのに役に立つのであれば、の話です。役に立たぬのならグールより先に彼らを殲滅します」
ロレンファーゼが冷たく言い放つ。
「だ、大丈夫です。堀を作って防備を固め、一気に敵を引き寄せて殲滅しましょう!」
「堀を? そのための労働力として彼らを呼んだのですか?」
ロレンファーゼが眉をひそめた。
「いえ、もういつでも作れます」
アデルの言葉に、ロレンファーゼは怪訝な表情となった。
その前日の夜、アデルは空を眺めながらグールを一気に倒せないものかと構想を練っていた。小屋の中からは炊事班長ロードンの作る料理のおいしそうな匂いが漂って来ている。その周りではイルアーナや竜王達がエントと遊んでいた。アデルたちがタンブルウニードを振る舞ったところ、エントはたいそう気に入ってすっかりアデルたちに懐いていたのだ。
「……しーちゃんって水を操ったりできるの?」
アデルがエントを頭に乗せたしーちゃんこと海竜王に尋ねる。しーちゃんは無言でコクリと頷いた。滑り落ちそうになったエントが髪の毛に掴まっている。
「ちょっと見せてもらえたりできる?」
アデルはお願いした。海竜王の力はまだ未知数だ。しーちゃんはエントを地面に降ろすと、再び頷いた。
「……ひょーちゃん、お水ちょうだい」
「いいのよー! ぴしぴしっ!」
しーちゃんに言われ、ひょーちゃんこと氷竜王が水鉄砲から水を放つ。すると放たれた水が球体となり、ボニョンと地面に落ちた。水はスライムのように弾力を持ち、地面で伸び縮みを始めた。
アデルは無言でそれを見つめている。しーちゃんは感想を求めるようにアデルの顔を見た。
(……えっ、これだけ?)
アデルは驚いた。いままで竜王たちの力を見てきた時とは逆の驚き方だ。他の竜王達の力を見たときはそのすごさに驚いたのだが、今は期待が外れて拍子抜けしていた。
「……自分でお水を作ることはできないの?」
アデルは戸惑いつつ、しーちゃんに尋ねる。
「それじゃ秘術魔法じゃん」
ポチがボソッと呟いた。しーちゃんはなにやら空中をかき混ぜるように、無言で手を動かしている。
「空気中の水分を集めて水を作り出すことはできるようだな。ただし、だいぶ非効率だろう」
イルアーナが言うと、しーちゃんが頷いた。
「そっか……じゃあ、地下水脈とかまで穴を掘ったりすれば、そのお水を操ることはできる?」
アデルが尋ねるとしーちゃんは頷いた。
(それならいけるか……)
アデルはそれを聞き、考えをまとめ始めたのだった。
夜の森の中を巨大な影が移動する。その姿はグールのものに似ていた。しかし異常な部分は見当たらず、ただの巨体の人間に見える。その歩き方も獣のそれではなく、知性を感じさせるものだった。そしてなにより周囲を見渡す目が血走っておらず、正気を保った人間のように見えた。
他のグールと違い衣服をまとっており、背中には斧を背負っている。人間であれば両手で扱うような大きな斧だが、そのグールが背負っていると小さく見えた。
「む?」
そのグールは森の一点を睨むと、人間離れした跳躍をして木の枝の上に飛び乗った。
数秒して森の中から一体のグールが現れる。そのグールは最初のグールがいた辺りで歩みを止めると、鼻をヒクつかせながら周囲を探っていた。
(さっさとうせろ……)
最初のグールは木の上で苛立ちながら新しく現れたグールを見つめる。しかし新しく現れたグールが上を向き、目と目が合ってしまった。
「グァァァッ!」
新しく現れたグールが雄たけびを上げる。次の瞬間、地面を蹴り一瞬で木の上のグールに向かって跳び上がった。
「ええい、馬鹿ものめ!」
最初のグールは舌打ちをすると、木から飛び降りる。二体のグールが空中で交差した。
「グァッ!?」
次の瞬間、新しく現れたグールが地面に叩きつけられた。その口から折れた歯と血が吐き出される。すれ違いざまに元からいたグールが落下速度と体重を込めたこぶしをその顔に叩き込んだのだ。
しかし口から血を流しながらも、新しく現れたグールはすぐに立ち上がり、反撃に転じようとする。だが顔を上げたその視界に映ったのは、自らに迫る斧の刃だった。
湿った音。それに続く鈍い音。それはグールの首が切断された音と、その首が地面に落ちた音だった。
「このジェイド様の手を煩わせおって。ベアトリヤル様の加護を得られなかった獣どもめ……」
斧についた血をぬぐいながら最初のグール――ジェイドが呟いた。
「血の匂いに引き付けられた他の者が来る前に去らねば……」
ジェイドはすぐにその場を離れる。その行く先はエルフの里であった。
「そろそろエルフどももくたばっている頃だろう」
ジェイドが呟く。その視界の先に灯りが見えた。
「ん? まさか……」
ジェイドはエルフの里が見える場所まで急ぐ。そこで見たものは、いまだに健在なエルフの里であった。
「獣たちの襲撃を耐え抜いているのか。エルフどもめ、なかなかやるな……」
ジェイドはエルフの里を睨んだ。里からは強力な魔力を持つ者の存在がいくつも感じられる。暗闇でよく見えないが、防壁の上には大勢の影が見えた。
「こうなれば……!」
ジェイドはエルフの里を睨みながら呟いた。
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