雑魚(古の森)
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セバスチャンは古の森のオークたちの元へ飛んでいく。アデルたちはロレンファーゼらと共闘することが決まり、詳しい話を聞くこととなった。本来であれば宮殿に招いて話をするところだが、いつ襲撃があるかわからぬため防壁の近くでそのまま話を続けている。
「始まりは十日ほど前。カザラス帝国の輸送部隊が道を外れ、森に侵入してきたのです」
ラズエルが詳細を話し始める。
カザラス帝国の輸送部隊は街道を外れ、バラバラになって馬車一台につき十名ほどの兵とともに古の森へと足を踏み入れたという。
「その辺はこちらも掴んでいる情報と一緒だね」
何やら思案しながらラーゲンハルトは頷いた。
「でもやっぱりカザラス軍なんですね……どうしましょう、停戦を破っちゃったことに……」
アデルが心配そうにつぶやいた。
「何を言ってるんだよ、アデル君。カザラス軍がそんな化け物を使役してるわけないじゃないか」
ラーゲンハルトが演技臭く大仰に驚いて見せる。
「こちらが攻撃を仕掛けたところ、奴らはあの化け物を解き放ちました。我々はそれをグールと名付けております。グールは味方であるはずのカザラス兵すら襲って殺しました」
「ほら、カザラス兵を襲ったってさ。あれは共通の敵だから、こちらが戦っても問題ないよ」
ラズエルの話を聞いたラーゲンハルトはアデルに笑顔を向けた。
「グールは殺した人間やエルフの生き血をすするところが目撃されています。普通に弓などで攻撃した程度では致命傷を与えられません。強力な攻撃を叩きこむ必要があります」
「かと言って、接近戦で戦うにはあの腕力は厄介だねぇ」
フレデリカがボヤくように言った。
「それで君たちはアレで襲われるようなことを何かしたの? 協力を止めたとはいえ、敵対的な行動をしたわけじゃないんでしょ?」
ラーゲンハルトがロレンファーゼたちに尋ねる。
「はい。カザラス帝国がかつての魔法文明のような存在になるのではないかと警戒していたのですが、あなた方に連戦連敗する様を見てそのような力はないと判断し協力を止めました。そうしたところあのような恐ろしい化け物を解き放ったのです」
「強い相手に従おうと思ったら、そうでもなかったから離れたのか。エルフも随分と低俗な存在になり果てたようだな」
イルアーナが嫌味を言う。いつのまにかその腕にはモフモフのエントを抱いていた。
「物は言い様ですね。人間と戦い敗れたあなたたちこそ、今は人間に取り入っているではありませんか」
ロレンファーゼが負けじとイルアーナに言う。
「その通りだ。もはや森の中で外界からの干渉を受けずに生きていける時代ではない。うまく人間をコントロールせねばならん。そして我々が力を貸した人間が勝ち、お前たちのほうは負けたのだ」
「……あなたは喧嘩を売りにいらしたのですか?」
挑発するようなイルアーナをロレンファーゼは睨みつけた。
「そうではない。お前たちは正しい判断をし、そして間違ったのだ。人間に関わろうとしたことは正しかった。しかしその相手はカザラス帝国ではなく、アデルたちにするべきだった。これからそれがよくわかるだろう」
「……そうだと良いですね。わざわざいらしたのに何の力も発揮できないのでは、こちらも気まずいですから。あなたの言葉通り、アデル王がそのお力を示してくれることを願いましょう」
イルアーナとロレンファーゼが静かに視線を戦わせる。
(こ、怖い……)
アデルはこめかみに冷や汗を流した。アデルにとって女同士の戦いはグールよりもよっぽど恐ろしいものだった。
その時……
「て、敵襲! 西の防壁です!」
防壁の上にいたエルフの兵士が叫ぶ。アデルが反射的に西の方角を向くと、防壁の上で赤い旗を振っている兵士が見えた。敵が来たと言う合図だ。
「いま行きます!」
ロレンファーゼらがそちらに走り出す。アデルたちもその後を追った。防壁の階段を駆け上り、現場へと急ぐ。遠目にもグールに向かって弓を射かけている兵士たちの姿が見えた。
「状況はどうなって……」
ロレンファーゼが近くにいた兵士に尋ねる。
しかし兵士が答える前に、グールの巨体が防壁の上に姿を現した。防壁の上に飛び乗ってきたのだ。その体中に矢が刺さっており、足元には下敷きになったエルフの兵士がもがいている。グールがその上にこぶしを振り降ろした。
「うっ……!」
アデルはそれを見て言葉を失った。グールは自らのこぶしに付いたエルフの血を見て、嬉しそうに舐めている。
アデルはその弓を構えると、そのグールに狙いを定めた。
「空衝撃波!」
しかしアデルが矢を放つ前にロレンファーゼが魔法を使う。空気が破裂し、その衝撃がグールを防壁の向こうへと吹き飛ばした。
「あっ……」
標的を失い、アデルは弓を降ろす。落ちたグールに兵士たちが弓を射かけているようだった。
「さ、下がれ!」
しかし兵士たちが慌てながら防壁のへりから離れる。そこに再び先ほどのグールが姿を現した。ロレンファーゼによって吹き飛ばされたものの、起き上がってまた飛び乗ってきたようだ。全身に刺さった矢が増え、流れ落ちる血で全身が真っ赤になっている。
「しぶといな」
それを見てイルアーナが呟いた。
「グァァァッ!」
グールが怒りと苦痛に満ちた咆哮を上げる。エルフの兵士たちはそれに気圧されつつも、弓を捨て槍や剣に持ち替えようとする。
しかしそれよりも早く血飛沫が上がり、エルフたちの顔を濡らした。
「……えっ?」
エルフの兵士たちは呆気にとられる。先ほどまで猛り狂っていたグール。その上に一人の少女が乗っていた。デスドラゴンである。高くジャンプしたデスドラゴンがグールの上に着地したのだ。グールは押し潰され、ビクビクと痙攣していた。
「ざぁこ、ざぁこ」
デスドラゴンがそう言いながら念入りに踏みつぶすと、グールは動かなくなったのだった。
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