接敵(古の森)
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うっそうと茂る古の森で、ワイバーンたちは少し開けた場所にカーゴを降ろそうとしていた。ワイバーンたちは着地しつつ同じ方向を睨んでいる。
「何か来る」
ポチがボソッと呟いた。奇妙な気配が森の中からアデルたちのもとへ接近していた。
(救命騎士でもバーサーカーでもないな……)
その気配はいままでアデルが感じたことのないものであった。
「ピーコ、ワイバーンたちに完全には着地しないように伝えて!」
「ふむ、わかった」
アデルの言葉に怪訝な顔をしつつもピーコが了承する。
そうしている間に森の中から何かが飛び出し、ワイバーンたちに襲い掛かろうとした。ロレンファーゼたちがグールと呼んでいる怪物と同様のものだ。
基本的に人間の姿をしているものの、今回のものは腰から上半身が左右にふたつ生えている。腕や頭の数も当然倍だ。走りにくそうな身体をしているものの、脚力の強さで強引に前に進んでいる。
「ギャォォーッ!」
ワイバーンが威嚇で叫ぶが、グールは怯むことなく向かって来る。
「ギャォッ!」
ワイバーンたちは顔を見合わせると、一斉にグールに得意の雷撃を浴びせかけた。
「わっ!」
当たらなくても近くにいるだけで肌がピリつくような雷撃の威力にアデルがたじろぐ。
身体が黒く焦げたグールはガクガクと痙攣しながらも進み続けたが、ワイバーンたちの少し手前で前のめりに倒れた。倒れた後もその身体は痙攣を続けている。
ワイバーンの一体がグールを見下すようにその傍らに降り立った。
「あ、危ない!」
アデルが叫ぶ。
「ギャ?」
キョトンとするワイバーンの尾を倒れていたグールが掴んだ。そして脇で尻尾を掴んだまま立ち上がると、ワイバーンの巨体を振り回し近くの巨木へと叩きつける。
「ギャォォッ!」
ワイバーンが悲鳴を上げた。衝撃の強さに大木がへし折れた。
「ワイバーンさん!」
アデルが心配するが、叩きつけられたワイバーンは翼をバタつかせて起き上がり、空へと逃れる。
「油断して地上に降りおって」
ピーコが憮然とした表情で呟いた。
ワイバーンは空を飛ぶことに特化した体をしており、地上戦は得意ではない。障害物の多い森ではなおさらだ。それでも並の魔物を寄せ付けぬほどに強いが、今回の相手はその辺の獣とは違うようだった。
「グァァッ!」
グールが絶叫する。お返しとばかりにワイバーンたちが再び雷撃を放ったのだ。あまりの雷撃の強さにグールの体が燃え始める。グールは炎に焼かれながら倒れると、今度こそ完全に動かなくなった。
「他の気配も近づいています! 急いで降りましょう!」
アデルが装備を確認しながら言う。バーデンに弓をもっていかなかったことを悔いたアデルは今回は完全武装だった。鎧はもちろんミスリルの剣を腰に差し、手には鉄の弓を持っている。矢も後ろの羽の部分以外は鉄で出来ており、矢尻はついていなかった。これは簡単に引き抜いて再利用しやすくするための構造だ。腰には毒瓶とクナイの入ったポーチを付けていた。
カーゴのついたワイバーンは地上から2メートルほどの高さで制止する。ヘリコプターと違い、翼で飛ぶ生き物には普通はできない芸当だが、風魔法で浮力を得られるワイバーンならではの動きであった。完全に着地してしまうと再び飛び立つまでに隙が生まれるが、この状態なら急に襲われても咄嗟の対応が可能だ。
「ふん!」
真っ先に飛び降りたのはプニャタだ。着地してしばらくその動きが止まったが、何事もなかったかのように歩き出す。恐らく痛みを我慢していたのだろう。完全武装で飛び降りる高さではなかった。
「大丈夫そうですね。じゃあ僕も」
「あっ……」
プニャタは飛び降りようとするアデルを見て止めようとしたが、それよりも早くアデルは飛び降りてしまった。
「よっと」
アデルは着地するとキョロキョロと不安そうに周りを見回す。プニャタはその表情を確認していたが、痛みを感じている様子はなかった。
「来る……あっちから来ます!」
アデルが警告を発する。森の中から新たなグールの気配が迫っていた。
「承知しました!」
プニャタは両手に手斧を構え、森を睨みつける。
「何者かは知らんが、命が惜しくば……」
「えい!」
気合を入れて呟くプニャタの顔の脇を何かが高速できらめきながら通り過ぎる。その輝きが森の闇の中へ吸い込まれると、少し離れたところで何か重いものが倒れる音が聞こえた。
「プニャタさん、何か言いました?」
「……いえ」
アデルの問いかけにプニャタは少し気まずそうにしながら首を振る。幸い、ワイバーンの羽ばたく音で周囲の音は聞こえにくくなっていた。
「僕が受け止めますから、降りてきてください!」
アデルがカーゴに向かって大声を張り上げる。言い終えるか否かのうちにフレデリカが上から降ってきた。
「わっ!」
慌ててアデルがフレデリカを受け止める。アデルはお姫様抱っこをするような形になった。
「ありがと」
フレデリカが降り際にアデルの額にキスをする。
「わわわっ!」
突然のキスにアデルは慌てふためいた。その上にラーゲンハルトが落ちて来る。
「痛っ! ちゃんと受け止めてよアデル君!」
「す、すいません! ちょっと緊急事態で……」
「何をしている。まだ敵が来るぞ!」
二人で倒れてしまいわちゃわちゃしているラーゲンハルトとアデルの脇に、イルアーナが降り立った。ダークエルフたちは風魔法を使って着地を和らげているようだ。神竜たちも平然とカーゴから飛び降りている。全員がカーゴから降りるまで、そう時間はかからなかった。
だがその間に新たな気配が急接近していた。これまでの気配とは微妙に異なっている。
(……魔力? もしかしてエルフ?)
アデルは首を傾げた。正体を確かめるために気配が接近するのを待つ。
(女性……?)
森の中から現れたのは女性型のグールだった。しかしその体はオーガのように大きく筋肉質だ。服は身にまとっておらず、裸体が露わになっている。胸元は大きく隆起していた。
「あれは……何カップって言うんだろうね」
ラーゲンハルトが呟く。そのグールの胸元には別の人型の顔が生えていたのだ。
その胸元の顔の口が大きく開く。すると顔の目の前に渦巻く炎の塊が現れた。
「秘術魔法!?」
イルアーナが驚く。
最初に倒されたグールを燃やしていた火はすでに消えている。火種がないこの状況で火を出すのは秘術魔法と呼ばれる無から有を生み出す魔法によるものだった。魔物にも魔法を使うものはいるが、使うのは精霊魔法だ。秘術魔法を使うのは人間だけのはずであった。
「下がれ! かなり強力だぞ!」
ギディアムが警告する。しかしアデルたちが反応する前に、グールの口から炎の奔流が放たれた。
「うぉぉっ!」
先頭に立っていたプニャタが無駄だと分かりつつもガードのために手斧を持ち上げる。
その時……
「魔事無離!」
デスドラゴンから黒い塊が放たれ、その炎に命中する。すると炎は最初から存在しなかったかのように掻き消えた。
デスドラゴンの闇は魔力を吸収出来ない。逆に言えば魔法に対しては盾のように防御に使うことが出来た。
「プニャちゃんに何すんのよ!」
デスドラゴンは一気にグールと距離を詰めると、頭部に延髄切りを食らわせる。
グールの体は吹き飛び、巨木に叩きつけられて動かなくなった。
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