援軍(古の森)
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結局カザラス兵の輸送部隊の元へ向かったエルフ百名のうち、半数ほどは戻らなかった。エルフたちは彼らを襲った化け物を「食人鬼」と名づけた。
グールたちはほぼ巨体の人間のように見えるというのが共通した特徴だ。ただしラズエルが見たように、余計なものが付いている場合が多い。また知能は低く、獣並みしかないことも共通している。驚くべきことに一部の個体では魔法を使ったという報告もあった。魔法を使える魔物がいるように、知能が低くとも魔法を使うことは可能だ。ただし知能の高い方が当然、魔法の扱いは上手い。
最初の遭遇から一週間ほどが経過していた。グールはスピードがあり、発見するのが遅れれば容易に防壁に飛び乗ってくる。守備に就いていた兵にも多く犠牲が出ていた。神出鬼没の相手に守備兵たちは気が抜けず、心身ともに疲弊している。
グールはいまのところ連携をすることなく、単体で攻撃を仕掛けている。そのおかげでエルフたちもグールを撃退できているが、五十体ほど放たれたグールのうちこれまで倒せたのは八体だけだ。もし複数体が一気に攻めてくるようなことがあれば悲惨なことになるだろう。
「……」
ロレンファーゼは防壁の上から周囲を見回す。森のほうに視線は向けてはいるが、気にしているのは兵士たちの様子だった。横目で見た兵士たちの表情は明らかに憔悴しきっている。
「できるだけ交代で休ませていますが、なにぶん警戒を薄くするわけには行かず、兵たちの疲労が蓄積しております」
ロレンファーゼの後ろに控えるラズエルが小声で言う。
「このままではまずいですね」
沈着冷静なロレンファーゼの顔に焦りの色が浮かぶ。
「一体どうすれば……」
ロレンファーゼはため息をつくと天を仰ぐ。そして……
「あれは!?」
ロレンファーゼはそれに気付き愕然とした。
最初は小さくしか見えなかったが、みるみるうちに大きさを増していく。鱗に覆われた身体に蝙蝠のような羽。凶悪な顔がエルフの里を睨んでいる。
「ワイバーン!? なぜこんなところに!」
思わず声を上げるロレンファーゼ。ワイバーンは一体だけでなく、5体いた。そのうち三体は何やら大きな箱を抱えている。
「来ましたか……」
それを見てラズエルが呟いた。
「まさかあなたが呼んだのですか?」
ロレンファーゼがラズエルを睨みつける。
「とんでもありません。ただ『化け物に襲われている』とメルディナに通信は送りましたが……」
睨みつけられながらもラズエルは涼しい顔で答えた。
「あんな目立つものが来たらグールたちも引き寄せられてきます! 里から離れた場所に降りさせてください」
眉間にしわを寄せロレンファーゼは視線をワイバーンへと戻す。
「確かにあんな目立つ方法で来るとは思いませんでした。ですが彼らは相手が何かも知りません。森の中で襲われればワイバーンと言えども……」
「我々の安全が最優先です。それに簡単にやられるようではそもそも何の力にもなりません。無事に切り抜けてきたら、話の場くらいは設けてさしあげましょう」
ロレンファーゼは冷たく言い放った。
ラズエルは眉をひそめつつも風の精霊を呼ぶ。ワイバーンのいる方向に声を飛ばすためだ。
(メルディナが認めたというアデル王を信じるしかありませんね……)
ラズエルは祈る様に風の精霊を放った。
「ワイバーンたちに告ぐ。里へは近づくな。離れた場所で降り、目立たないよう徒歩で近づいて欲しい。ただし森には危険な化け物がいる。気を付けろ」
カーゴに乗ったアデルたちの周囲に声が響く。アデルたちにはわからなかったが、その声はラズエルが放ったものだった。
「『目立たないように』とか『森には危険な化け物がいる』とか……まるで獣に対する注意だよね。エルフたちも相手がどこにいるのか分かってないみたいだし、組織だって行動している相手じゃなさそうだ。となるとこの前のバーサーカーみたいな奴らかな?」
ラーゲンハルトが森の様子を見て言う。「教信者」とはバーデンでアデルらと交戦したラーベル教の神官たちに付けた名だ。彼らは魔法で肉体を強化し、人間離れした戦闘力を見せた。ただその代償として知性を失い、獣のような行動をしていた。
「無礼な奴らだな。助けに来てやったというのに」
ダークエルフのギディアムが憮然とした表情で言う。
「兄上のおっしゃる通りです。ただその化け物が強すぎて、エルフたちですら敵わない相手なのだとしたら町に近づけたくないというのも理解できます」
イルアーナが冷静に言う。もしギディアムがいなければ先に怒っていたのはイルアーナであっただろう。だがギディアムが先に怒ったことでイルアーナは冷静でいられた。
「そ、そんな強い相手何ですかね」
アデルが不安げに呟く。
「当然だ。そうでなければエルフが助けを求めるはずがない」
心配そうに里のほうを見ながらエルフのメルディナが言った。
「すくなくともエルフを絶滅させるほどの力はないわけですな。ならばアデル様なら圧勝です」
オークのプニャタが鼻息を荒くして言う。
「やれやれ。せいぜい高く恩を売りつけてやらないとね」
フレデリカが肩をすくめながら言った。
エルフの救援にやってきたのはアデル自らが率いる三十人ほどの部隊だ。状況がわからないため先遣部隊として腕利きを集めていた。その三十人が三台のカーゴに分乗し、ワイバーンに運ばれている。先日、空で襲われた経験があったため二体のワイバーンを護衛として連れてきていた。必要があればすぐに援軍を要請、あるいは撤退をすることになっている。
選ばれたメンバーはラーゲンハルトにプニャタ、フレデリカ、それにレイコ以外の神竜たち。そしてオークとゴブリンの精鋭が合計で十名ほど、残りはイルアーナとギディアムが率いるダークエルフだ。森での戦いに慣れていることと、どんな敵にも臨機応変に対応できる能力を持つダークエルフが多めに選ばれている。
「かったる。どんな相手だろうがさっさと永久脱命、寿命デトックス」
デスドラゴンが気だるげにつぶやく。余程のことがない限りは動かないデスドラゴンが今回も同行することにアデルは驚いていた。当然断られると思っていたが、アデルが一応声をかけたところ嫌がるそぶりを見せながらも了承したのだ。
(デスドラゴンさんがやる気……隕石でも降らなきゃいいけど……)
下手をすれば敵よりも厄介なデスドラゴンにアデルは不安になる。
そしてアデルたちを乗せたワイバーンはエルフの里から少し離れた場所に降下したのだった。
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