敵襲(古の森)
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謎の化け物を倒したラズエルたちはエルフの里へと戻っていた。
「た、助かった……」
エルフの一人が安堵の声を漏らす。里とは言っても巨大な世界樹を中心にたくさんの建物が建っていた。世界樹の根元に建てられているのは石造りの宮殿だ。その周囲にはエルフの貴族階級であるハイエルフが住む石造りの家が建っている。さらにその周囲には木造のエルフたちの家があり、石の防壁がそれらを取り囲んでいた。
(この防壁では奴を止められない……)
ラズエルはその防壁を見て思った。高さは3メートルほどあるが、さきほどの化け物はそれ以上の高さを跳んでいた。この防壁では余裕で飛び越えられてしまうだろう。
「ラズエル! 無事でしたか!」
防壁の門をくぐり、中へと入ったラズエルのもとに一人の美しい女性が駆け寄る。エルフ族を束ねる”真緑の女王”ロレンファーゼであった。
「ただいま戻りました。他の隊はどうなっていますか?」
頭を下げつつラズエルが尋ねる。
「化け物と遭遇したという報告は入ってきていますが、その後の連絡は途絶えています……」
ロレンファーゼが沈痛な面持ちで首を振った。
古の森に侵入したカザラス軍の馬車にはエルフの監視が付いている。そのうちいくつかにはハイエルフが率いる部隊が送られていた。だがそれらの部隊とは連絡が取れなくなっている。
「いったいどんな化け物だったのですか?」
ロレンファーゼが尋ねる。ラズエルは化け物の特徴を伝えた。
「ずいぶん奇妙な化け物ですね……」
話を聞いたロレンファーゼは顎に手を当てて考え込む。その時だった。
「て、敵襲……だと思います!」
防壁の上にいた兵士が叫ぶ。ラズエルとロレンファーゼは弾かれたように防壁を登った。
「……あそこですね」
姿は見えぬが、確かに森の中から近付いてくる奇妙な気配をロレンファーゼは感じていた。そしてすぐに木の合間から化け物が姿を現す。
「あれは……私が戦ったものと違います」
ラズエルがそれを睨みながら言った。巨体の人間のような見た目という点ではラズエルが戦ったものと一緒だが、両肩からそれぞれ別の腕が生えており、腰から別の上半身が生えているということはなかった。
化け物はエルフの里を視界にとらえると、猛然と突進を始める。
「放て!」
防壁の上に並んだ兵士たちから矢が放たれた。その矢はすべて風魔法によって誘導され、化け物へと命中する。
「グァッ!」
しかしそのほとんどは体の表面を傷つけただけだった。化け物は怒りをあらわにしながら防壁へ向かって走る。
「醜い獣……苦しみなさい」
ロレンファーゼは化け物を睨みつけながら両手を向けた。
「土砂竜巻!」
ロレンファーゼが魔法を発動させる。化け物の周囲で風が渦巻いたかと思うと、足元の土砂を巻き込みながら化け物を包んだ。
「グァァァッ!」
化け物の悲鳴があがる。風に混じった砂や小石が化け物の身体をヤスリのように削っているのだ。竜巻が赤く染まり、周囲にポツポツと血の雨が降る。
やがて風が収まり始めると、全身の肉がむき出しになった化け物の姿が見えた。人間であればとんでもない苦痛で気が狂ってしまうような状態だ。片目も潰れており、血があふれ出している。だが化け物は残った目でギロリとロレンファーゼを睨みつけた。
「なっ……!」
兵士たちが驚愕する。化け物は全身から血を滴らせながら一気に距離を詰めると、防壁の上へと飛び乗った。化け物が腕を振り、手近にいた兵士が吹っ飛んで防壁から落ちていく。兵士たちは慌てて弓を槍に持ち替えた。
「汚らわしい!」
ロレンファーゼは再び化け物に手を向けた。
「空衝撃波!」
化け物に空気の塊がハンマーのように叩きつけられる。
「ゲベッ!」
潰れたカエルのような声を出しながら化け物は防壁の上から落とされた。
「いまだ! 槍を投げつけるのだ!」
ラズエルがすかさず指示を出す。倒れた化け物に向かって兵士たちから何本もの槍が放たれた。防壁の上から放たれ重力を味方につけた投げやりは、皮の剥がれた化け物の肉体に深々と突き刺さる。
「グァッ……アァァッ……」
体中を槍に貫かれ、化け物の悲鳴が徐々に小さくなっていく。やがてもがいていた化け物の動きが止まった。
「や、やった……」
兵士たちから安堵のため息が漏れる。
「……こんなものが森に何十体も放たれたというのですか?」
だがロレンファーゼは勝利の余韻に浸る間もなく、その事実に戦慄していた。
「これは里の緊急事態です。戦えるものは全員兵士として扱います。ありったけの武器を用意して防壁に配備してください。ラズエル、昼夜を問わず交代で全方向の監視ができるよう兵の振り分けをお願いします」
「かしこまりました」
険しい表情でロレンファーゼが告げる。兵士たちは少し呆気にとられた後、慌てて胸に手を当てた。胸に手を当てるのはエルフ流の敬礼だ。
(これは厳しい戦いになるな……)
ラズエルも胸に手を当てつつ、頭の中で勝つための算段を巡らせ始めた。
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