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森を冒す者(古の森)

※前話で閑話を投稿しております。

 夜の森の中を騒がしく進む一団がある。一台の馬車を中心に、鎧を身に着けたカザラス兵が松明片手にナタを振っていた。


「ええい、忌々しい木め!」


 先頭のカザラス兵が怒りとともにナタを振る。前にあった低木が葉っぱを散らしながら宙に舞った。


 メルディナがメッセージを受け取る少し前、消息不明となったというカザラス軍の輸送部隊は「いにしえの森」の中にいた。彼らは馬車が通る道を切り開きながら森の奥へと進んでいる。


「だけどさすがラーベル様のご加護だ。魔物が一切寄ってこないな」


「ああ。エルフすら来ないからな」


 カザラス兵たちは疲れた様子ながらも気持ちは緩んでいた。


「でも気味は悪いよな」


 一人の兵が馬車に乗せられた大きな箱をコンコンと叩く。それに反応して獣のようなうめき声とともに箱がギシギシと揺れた。


 箱は鉄製のフレームを木で囲ったものだった。馬車の荷台はその箱ひとつで占められている。その周囲を十人ほどのカザラス兵が囲んでいた。馬車の御者台には御者の他にだらしない格好で寝ているカザラス兵が二人乗っている。おそらく交代で休憩をとっているのだろう。


「ラーベル教の『聖獣』って……いったいどんなんだろうな。食事も水も与えなくていいって……」


 兵士が不思議そうに箱を眺める。箱は特定の状況になるまで絶対に開けるなと伝えられていた。


「エルフと接敵したら箱を開けろって言うんだから、エルフをメシ代わりに食ってくれるんじゃねぇのか?」


「でも、もしこのままエルフと出会わなかったらどうすんだよ」


「その時は……まあ、持ち帰ってムカつく上官の前ででも開ければいいんじゃねぇのか?」


「そりゃいいや!」


 カザラス兵たちから笑い声が起こる。


(愚かな人間どもめ……)


 その様子を木の上から睨んでいる目があった。カザラス兵たちの松明の光にぼんやりと照らされ、枝の上にうっすらと人影が見える。”天雷てんらい”のラズエル、エルフたちを束ねるハイエルフの一人だ。闇に溶け込んでいるが、周囲の木にも数名のエルフが待機していた。


(もう充分だな。これ以上、森を汚されるのも気分が悪い。あの箱の中の気配が気になるが……)


 ラズエルは冷たい視線をカザラス兵たちに向けた。エルフたちがこれまで攻撃を仕掛けなかったのは、カザラス兵たちを森の奥まで引き込み逃げられないようにするためだった。


(一斉に攻撃を仕掛けるぞ)


 他のエルフに合図を出すとともに、ラズエルは弓を構える。そして弓を引き絞ると、矢を解き放った。他のエルフたちからも一斉に矢が放たれる。


「うぐっ!」


 くぐもった声を上げて数名のカザラス兵が倒れた。


「て、敵襲だ!」


 カザラス兵が松明を地面に捨て、剣を構える。しかしまだどこから攻撃を受けているのかすら把握できていなかった。その間にも容赦なくエルフたちから矢が射かけられる。御者台に座っていた兵たちが矢を何本も食らって息絶えた。開始数秒ですでにカザラス兵の数は半減している。


「は、箱を開けろ! 聖獣を解放するんだ!」


 馬車に隠れるようにしながらカザラス兵の一人が馬車の後部にある箱の開閉部に近付いた。しかし木の上から周囲を囲んでいるエルフたちに死角はない。箱を開けようと手を伸ばしたカザラス兵は背中に矢を受けて崩れ落ちた。


「くそが!」


 だがさらにその後ろにいたカザラス兵が倒れた仲間の死体を踏み越え箱に近づく。箱の開閉部には錠前が付いており、すぐには開かない。カザラス兵は剣の柄を乱暴に錠前に叩きつけた。一度では壊れず、二度三度と剣の柄を打ち付ける。しかしエルフがそれを黙って見ているわけもなく、そのカザラス兵の身体にも矢が突き刺さった。


「ぐぉっ……」


 カザラス兵は最後の力を振り絞って錠前を叩く。だがそれでも錠前は壊れなかった。カザラス兵は恨めしげに錠前を睨みながら地面に崩れ落ちる。


「な、なんとしても箱を開けろ! このままでは全滅だ!」


 一人のカザラス兵が木の陰に隠れながら叫ぶ。すでにカザラス兵は残り三名となっていた。


「神よ! どうか私を守りたまえ!」


 やけくそ気味に一人のカザラス兵が箱に向かって走る。エルフがその兵を射貫くために矢の狙いをつけた。だが箱に到達する寸前、錠前が弾け飛び、箱が開く。先ほどの兵士によって鍵が歪み、箱の中にいた何者かの力に耐えきれなくなったのだ。


「……!」


 箱に駆け寄ろうとしていたカザラス兵が足を止める。エルフたちも箱から何が出て来るのか注視していた。


「人?」


 カザラス兵がポカンと箱から出て来る「何か」を見つめる。それは巨体ではあったが、人間のように見えた。全身の筋肉がパンパンに発達しており、腕も丸太のように太い。血走った目が周囲を見回し、目の前にいるカザラス兵のところで止まった。


「な、なんだか知らんがエルフたちに襲われているんだ! 頼む、助け……」


 話しかけたカザラス兵の言葉が止まる。「何か」が箱の中から出て来て、その全身が見えたのだ。


「あれは……何だ?」


 エルフたちもそれを見て言葉を失った。


 巨体の人間のように見える「何か」の腰。そこからは別の上半身が生えていた。手を地面に付き、まるで四本足のケンタウロスのように見える。その上半身にも頭はついており、ギラ付いた目で周囲を見回していた。


「あっ……」


 カザラス兵は見ているものが信じられず、恐怖に固まる。化け物はそのカザラス兵に近寄ると、無造作に腕を伸ばした。次の瞬間、カザラス兵の頭が身体から引き抜かれた。


 カザラス兵の頭を持ち上げながら、その化け物は大口を開ける。無理やり引き抜かれた頭からは血がボトボトと溢れ出し、化け物の口の中へと落ちた。化け物はそれをゴクゴクと美味しそうに飲み込んだ。


「ば、化け物……!」


 木の陰に隠れていたカザラス兵が震えながら呟く。化け物の後ろの頭がその兵と目が合った。


「グガァーッ!」


 後ろの頭が叫び声をあげる。それに反応したのか、化け物は手に持っていた頭を投げ捨てると、隠れていたカザラス兵に一跳びで近付いた。


「ひぃっ!」


 カザラス兵の悲鳴が上がる。しかし血飛沫とともにその悲鳴はすぐに止んだ。


「醜く汚らわしい化け物だ。あれを殺せ!」


 ラズエルの指示でエルフたちから矢が放たれる。その矢で化け物の皮膚が切り裂かれた。


 だがそれだけだ。まともに命中したはずの矢がポトリと地面に落ちる。矢は化け物の硬い肉体に阻まれ、表面に浅い傷を付けることしかできていなかった。


「グァ?」


 口の周りを血で汚した化け物が木の上にいるエルフたちを睨む。


「効いてないぞ!」


 一人のエルフから焦りの声が上がった。


「グァァッ!」


 化け物はそのエルフを睨むと地面を蹴る。その体は弾丸のような速度で空中を進み、数メートルもある木の上にいるエルフのもとへと迫った。


「なっ!?」


 近付いてくる化け物を見てエルフが驚愕する。


跳び樹リープウッド!」


 エルフはとっさにその場から飛び退いた。一瞬遅れてエルフのいた場所を化け物の太い腕が襲う。エルフの跳躍力は風魔法によって強化されており、他の木に向かって空中を舞っていた。


「危なかった……」


 エルフは空中を飛びながら後ろを振り返る。だがその目の前に化け物がいた。木の上に跳んだ化け物が、エルフを追って木を蹴りそのまま跳んでいたのだ。


 化け物が無造作に振った腕がエルフを捉える。ベチャッという嫌な音を残してエルフの体は闇の中へと吹っ飛んでいった。


 ドスッという重い音を立てて化け物が着地する。普通の人間であれば足が折れてしまうような高さから着地したにもかかわらず、化け物は何の痛みも感じてない様子だった。手に付いたエルフの血を一瞬見つめると、貪りつくように己の手を舐め始める。


「くそっ、化け物が……!」


 ラズエルはそれを見て歯ぎしりをすると、弓を引き真上へと向ける。


「天雷!」


 ラズエルは何もいない空へと向かって矢を放った。一発だけでなく、続けて何発も矢を放つ。空高く放たれた矢は途中で向きを変えると地面に向かって落下し始めた。ラズエルの風魔法によりその速度は増されている。その先には夢中で手を舐める化け物の姿があった。


「グギャァッ!」


 勢いを増した矢は化け物の背に深々と刺さった。顔を上げた化け物の視線の先に、他の矢も迫っている。


 化け物はその場を飛び退いた。しかし降ってくる矢は意思でも持っているかのように方向を変え、化け物を襲う。数本の矢が化け物の胸へと刺さった。


「ガァッ……!」


 口から赤い血を吐き、化け物の体が地面に倒れた。


「いまだ、トドメをさせ!」


 ラズエルが叫ぶ。それに呼応し、レイピアを両手で構えたエルフが木の上から飛び降りる。レイピアは狙いたがわず、倒れていた化け物の頭に突き刺さった。


「仲間の仇だ」


 頭を貫かれた化け物を見下ろしながらエルフが呟く。しかしすぐにその身体が地面に引き倒された。


「なっ……!」


 エルフは何が起こったのか理解できず驚く。エルフの体は化け物の体から生えた別の上半身の腕によって掴まれていた。エルフの頭に大口を開けた化け物の顔が迫る。


 次の瞬間、エルフの頭は噛み砕かれ、辺りに血飛沫が飛び散った。


「この死にぞこないが!」


 それを見てラズエルが再び空に矢を放つ。先ほどと同じように矢が化け物の残った上半身にも突き刺さり、化け物はようやく動きを止めた。


「終わったか……」


 ラズエルは警戒しつつ化け物の死体に近寄った。頭を食べられた仲間のエルフの体が化け物に捕まれたまま痙攣している。助からないことは一目見てわかった。


「こいつは一体なんなのだ!?」


 他のエルフたちも集まって来て悪態をつく。


「ひ、ひぃぃっ!」


 情けない悲鳴が上がった。生き残った最後のカザラス兵だ。


 カザラス兵は逃げ去ろうとしたが、エルフたちが無慈悲に矢を放ち、カザラス兵は背中に矢を受けて倒れた。


 エルフたちは何事もなかったかのように化け物に視線を戻す。


「こいつの正体はわからぬ。だが問題は……」


 ラズエルは闇に閉ざされた周囲の森に目を向けながら言った。


他の積荷・・・・もこれと同様なのかということだ」


 古の森に侵入した馬車はこれ一台ではない。合計で五十台ほどが古の森へと送り込まれていたのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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