閑話 楽園(ミドルン)
誤字報告ありがとうございました。
「いらっしゃーい! いっぱい飲んで、いっぱい飲ませてねー!」
ジャミラの大きな明るい声が店内に響く。ここはミドルン城前の広場に面しているという一等地に建てられた酒場であった。店内では相好を崩して酒を飲む男性客と、その横に座って接客する美女という光景がいたるところで見られた。
ここは神竜王国ダルフェニア国営の「キャバクラ」だ。潜入・諜報部隊「黒蝶」に所属する女性型魔物たちが「キャスト」となって接客をしている。「キャバクラ」と言っても日本のように豪華なソファーに座って接客するわけではなく、カウンターのような細長いテーブルで木製の椅子に横並びに座って接客する。ガールズバーとキャバクラが融合したようなスタイルであった。
ジャミラは人間そっくりに変身しているが、その正体は下半身が蛇の魔物、ラミアだ。ここで働いている女性はサキュバスやスキュラ、メデューサなどその正体はさまざまであった。
このキャバクラは一時、祭りの時限定で開店していた。しかし人間の血肉を必要とする女性型魔物の数が増えたことで、いよいよ常設されることとなった。治安維持も兼ね、領土で人を襲う女性型魔物が発見された場合はすぐにスカウトされていた。
ここでは格安で酒が飲める代わりに、会計時に「黒蝶」たちに血を吸われる。これは「黒蝶」たちに血を提供することが一番の目的だが、神竜王国ダルフェニアに所属する異種族や魔物たちの恐ろしい面をマイルドに開示するという目的もある。
人間の間ではどうしても、神竜王国ダルフェニアで働く魔物たちが裏では恐ろしいことをしているのではないかという疑いが根強い。そこで血を吸っているところをオープンにすることで、逆にその恐怖を和らげるという意図だ。さすがに凶悪犯などを食べているところは見せられないが、重犯罪者が魔物にささげられることなどは法律に明記されている。
店舗は一階と二階に分かれており、一階では魔物たちが人間の姿で接客を、二階では魔物たちが本来の姿で接客している。最初は一階に通う客がほとんどだが、常連客は二階に通うことが多い。客の間では一階から二階に通うようになることを「進化」と呼んでいた。
「ありがとうございましたー! それでは吸わせてもらいますね!」
男性客が飲食を終え会計に向かう。その首筋に美女キャストが噛みついた。
「お……おぉ……」
男性が喘ぎ声を漏らす。酒や接客よりも血を吸われる瞬間を楽しみに来ているという男性客もいるほどだ。吸血の感覚は魔物の種類によって様々で、痛みを伴う者もいれば麻酔のように無感覚にする者、麻薬のように甘美な感覚を伴う者もいる。当然、痛みを伴うことを嫌がる客が多いが、逆にそれが目当てで来る特殊な客もいた。
吸血後は気分が悪くなることもあるため、店内に設けられた休憩所でしばらく座って休んでいく決まりになっている。そこには吸血された二人の男性客が座っていた。
「ふぅ……やはり血を吸われるのはサキュバスに限りますな」
「ほう、そっち派ですか。私はスキュラに全身絡まれながら吸われるのが好きでしてね」
男性客は二人で感想戦に花を咲かせる。
「しかし前から思っていたのですが……」
男の一人は声を潜めた。
「アデル様はあんな人畜無害そうな顔をしていながら、相当な好きものですな」
「おお、あなたもそう思いますか」
二人は笑みを浮かべてウンウンと頷く。
「ニンフのアイドルコンサートに、ハーピーの娼館、それにこのキャバクラ……まあ男としてはありがたい限りですが」
「わたしなど最近は人間相手では満たされなくなってしまいました。最近来た下半身が魚のような美女たちを見ましたか? いったいどんなプレイをするのでしょうな……」
神竜王国ダルフェニアではハーピーやペガタウルスによって異種族に夢中になってしまう男性が増えている。アデルがこういったキャバクラや娼館を作ってしまったのもその一因となっていた。
アデルが次にどんなサービスを考えるのか。どんな異種族が新たに加わるのか。神竜王国ダルフェニアの一部の男性たちの注目はそこに集まっていたのであった。
お読みいただきありがとうございました。