プライド(ミドルン)
誤字報告ありがとうございました。
アデルたちはシーパラディン、マーメイドらを連れてミドルン城へと戻った。その夜……
ミドルン城の屋上で夜風に吹かれている一人の女性がいた。金色の髪がまだ冷たい夜風にたなびいている。端正な顔に悲しみの色を浮かべ、東の方角を見つめていた。
彼女の名は”呪い子”メルディナ、誇り高きエルフの一人であった。ダークエルフとは犬猿の仲であるエルフがなぜミドルンにいるのか。
メルディナは元々アデルを暗殺するために神竜王国ダルフェニアにやってきた。エルフの間では不治の病とされている「染り菌」と呼ばれる菌に感染し、アデルを暗殺するための捨て駒とされたのだ。だがその試みは失敗し、ポチこと白竜王の力によって病気は治された。
神竜王国ダルフェニアのことを敵視していたメルディナであったが、本当にエルフが敵対すべき存在かどうかを見極めるため、一年という期限付きでアデルの元で働いている。
そしてメルディナは毎晩、エルフが住む「古の森」に向かって風魔法でメッセージを送っている。しかしダークエルフらと共に働くというメルディナに対して、返事が来たことは一度もなかった。
「今日も向こうからの返事はなしか」
メルディナは「古の森」から何かメッセージが飛んでこないかとしばらく待っていたが、いまのところその気配はない。メルディナはあきらめて城の中へ戻ろうとした。
「ん?」
中に戻る直前、メルディナは自分のほうへ向かって飛んでくる風の精霊力に気づく。そしてすぐにメルディナはアデルの元へ駆け出した。
「そ、それは大変ですね……」
メルディナの話を聞いたアデルは当惑しつつ呟く。
「こんなことを言える立場ではないのだが……」
「わ、わかりました。とにかくみんなと話し合ってみましょう」
「ああ、頼む」
「ただ……もう三分くらい待ってもらえますか?」
アデルはトイレの中から声を絞り出す。メルディナは急ぐあまり、トイレに籠るアデルのところへ駆けつけたのであった。
アデルがトイレで奮戦している間に、メルディナに声を掛けられた神竜王国ダルフェニア首脳陣が会議室へと集まっていた。そこへアデルが駆け込んで来る。
「遅いぞ」
ダークエルフのギディアムが不機嫌そうに言った。普通であれば王が入室する際は全員が立ちあがって迎えるものだが、神竜王国ダルフェニアにそんな常識は通用しない。椅子に座ったまま会釈をしたり手を振ったりするだけだ。
「す、すいません。それでどういう状況なんですか?」
アデルが焦って席に着きながら尋ねる。
「残念ながらエルフたちの状況に関してはほとんどわからないんだ」
ラーゲンハルトが肩をすくめる。
「現在、入手している情報だけお話させていただきます」
神竜騎士団の団長を務めるエレイーズが立ち上がった。
「現在エルフたちはカザラス帝国への協力を打ち切り、古の森に籠っています。また、一週間ほど前に古の森付近でカザラス帝国の輸送部隊が消息不明との情報が入っています。エルフがその犯人なのではないかと噂になっているようです」
「輸送部隊を? 食べ物でも欲しかったんですかね?」
アデルが首をひねる。
「世界樹のある森で食糧不足など起きない」
だがメルディナがそれに反論した。
「エルフたちは化け物に襲われているんだよね?」
ラーゲンハルトがメルディナに尋ねる。
メルディナは屋上で古の森から放たれたとみられる風の精霊からメッセージを受け取っている。それは「古の森が化け物に襲われている」というものだった。風魔法による通信は遠くの相手に素早くメッセージを届けられるが、長い文章は無理だ。
「そうだ。森に住む化け物なのか、外部から来たのかはわからん」
メルディナが頷く。その後、確認のためにメッセージを送っているが、その返事は来ていなかった。
「アデルを呼び寄せる罠ではないのか?」
ギディアムが鼻を鳴らしながら言った。ギディアムはダークエルフの族長の一族だ。犬猿の仲のエルフの話題のせいか、先ほどから不機嫌そうにしている。
「それなら『助けてくれ』とか『援軍を送ってくれ』とか言いそうだけどね」
ラーゲンハルトが疑問を投げかけた。
「誇り高いエルフがそんな情けないことを言うか。察しろ!」
メルディナが腕を組みながら言う。その言葉に一同は呆れていた。
「ふーん。まあそういう事情が分かっている点から言っても、エルフたち自身からの通信である可能性は高いよね。それに罠ならいついつにどこどこへ来てくれ、とか言いそうなものだからその線も薄いと思う」
ラーゲンハルトが話をまとめる。罠というからにはターゲットを陥れるための準備が必要だ。いつどこに来るのかがわからないのであれば罠は成立しない。
「古の森だとワイバーンさんたちに運んでもらうしかないですよね。そうなると百人くらいが限度ですか……」
悩みながらアデルが言う。
「頼まれてもいないのにエルフが勝てないような化け物と戦うってのかい? 本当にお人好しだね」
傭兵師団の団長を務める”紅百華”フレデリカが呆れた様子で言った。
「身体がなまっているし丁度いいですな」
オークの突撃部隊を率いるプニャタが鼻息荒く言う。
「エルフどもにどちらが上か、わからせてやるいい機会だな」
ギディアムが指をボキボキと鳴らした。
「……我らに力を貸してくれるのか?」
メルディナが戸惑いながら尋ねる。オークもダークエルフもエルフとは敵対している種族だ。
「勘違いをするな。我々はアデルに力を貸しているのだ。アデルがどうしてもと言うなら、私情があろうとも関係ない」
イルアーナがため息混じりに言った。
「み、みなさんお願いします」
アデルがペコペコと頭を下げる。一同は呆れていたが、すでにアデルが利害に関係なく人助けをすることには慣れていた。
「……済まぬ」
メルディナはしばらく茫然としていたが、会議室に居並ぶ面々に向かって頭を下げたのだった。
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