成長(はじまりの森)
誤字報告ありがとうございました。
春を迎え、アデルたちは国内各地を慌ただしく見回っていた。
「わぁっ、木っぽくなりましたね」
「はじまりの森」でアデルは世界樹を見て驚いた。いままで背の低い枝木に過ぎなかったが、春を迎えて緑の葉っぱが生えだしている。
「周囲にも木を生やし始めたのですね」
イルアーナがここを管理する老ダークエルフ、モーリスに向かって訪ねた。
「もちろんだ。将来は豊かな森になってもらわねば困るからな」
モーリスは我が子を愛でるかのような目で周囲を見回した。世界樹から少し距離を置いて、何本かの木が生えている。その高さはすでに世界樹を抜いていた。
「農場とのバランスが崩れないといいけど」
ラーゲンハルトが周りに広がる国営の農場を見て言った。
ここは「貧者高原」と名付けられるほど痩せた土地の一角であった。しかしひょんなことから世界樹が生え、ろくに木も生えていなかったこの周囲は「はじまりの森」と名付けられた。
世界樹は自身が巨大に育つために、植物の成長を促す魔力を放つ。それは周囲にも影響し、世界樹の周囲は植物の育成に適した土地となる。アデルたちはそれを利用して農場を作り、戦乱で荒れ果てた国内の食料供給を守り切った。
最初は掘っ立て小屋であった労働者たちの宿舎も今は立派なものが建っている。人間やゴブリンが畑でともに汗を流していた。農場には水路や貯水池も作られ、貧者高原を走る小川から水が引かれている。そしてフグのような頭を持つ半魚人、川オークがそこから魔法を使って水を飛ばし、畑に撒いていた。
川オークは水中で作物を育てたり、ケルピーを飼いならしたりと農耕に向いた種族のようだ。人間との共存にも慣れ、放し飼いにされていた山羊を捕まえて水中で飼おうとした事以外は特に問題は起こしていない。
川オークの部族はミドルンのそばの川辺に集まり、よく「炒り会」というものを開いている。不器用な川オークは火を起こすのが苦手であり、なおかつ鉄器を持っていなかった。だが人間と共存することでその不便がなくなった川オークたちの間では、色んなものを焼いて食べることがブームとなっていた。それが「炒り会」だ。川オークが祭りの屋台で出した「川リア」もその中で出来たものだった。
川オークを気に入っているポチに連れられ、他の神竜たちもよく「炒り会」に参加している。焚火を囲んで川オークたちと少女のような神竜たちが正座をしている奇妙な光景が時折目撃されていた。アデルも参加したことがあり、スクランブルエッグを披露したところ、あまり卵を料理したことのない川オークたちに驚かれた。アデルのスクランブルエッグは「神の黄金のグチャグチャ」と名付けられ、川オークたちはそれをありがたく平らげたのだった。
貧者高原ではワイバーン等の脅威がなくなったことにより、山羊の放牧などが行われ牧畜が盛んになりつつある。「はじまりの森」の農場の作物を狙って小動物等もやってくる。貧者高原の生態系は豊かに変わりつつあった。ちなみに畑を荒らす小動物はゴブリンのおやつとなっている。
「アデルのオジキ!」
空から近付いてきた巨大な鳥のような生き物がアデルに声をかける。コカトリスのシャモンだ。コカトリスたちはなぜかヤクザの様な口調の人間語をしゃべる。
「ごきげんよう、アデル様」
シャモンの横にはハチのような生き物がおり、アデルに優雅にお辞儀をした。ハニー・アントホーネット。ハチアリ族の女王だ。周囲には羽アリのような見た目のハチアリを数匹従えている。
「やあ、ハニーさん。今日もゴージャスだね」
「あら、お上手ですわ」
ハニーをほめるラーゲンハルトにハニーが体をくねらせる。見た目は異質だが、上流階級の紳士淑女のやり取りはこんな感じなのだろうとアデルは思った。
「すいません、お役に立てませんで」
シャモンはアデルのそばに降りるなり、膝をついて頭を下げる。
「いやいや、そんなことないですよ! すごく助かってます!」
アデルはぶんぶんと頭を振った。
シャモンたちコカトリスは土魔法に長けている。そこでアデルはシャモンたちに坑道を掘ることを依頼していた。バーランド山脈に眠るミスリル鉱脈への坑道だ。そしてハチアリたちはその作業を手伝いつつ、冬の間を過ごす住居としてその坑道を利用していた。
シャモンたちはすでにミスリル鉱脈までの坑道を完成させていた。だが肝心のミスリル鉱脈を掘ることができていなかった。硬いミスリルは力ずくで掘ることが難しい。また魔法をよく吸収するという性質のため、魔法で掘り出すこともまた難しかった。そのためアデルたちはいまだミスリルを利用できないでいた。
「坑道の拡張は済んでいます。シマエのアニキたちにも喜んでもらっています」
「ドラゴンのみなさんと隣人になれて光栄ですわ」
シャモンに続いてハニーが言う。
坑道は暑さに弱いシマエナーガたちの住居としても利用されていた。ミスリル鉱脈を守る強力な番人としてもシマエナーガは有能だ。またシマエナーガは快適に過ごすために、魔法で周囲を氷漬けにしている。そのためシマエナーガの住居は食料を保存したり氷をもらう氷室としても機能し、一石二鳥となっている。コカトリスたちは鳥のような外見に親近感を持っているのか、シマエナーガたちを「アニキ」と呼んでいた。
「それは良かったです。ハチアリのみなさんにもタンブルウニードを育ててもらって助かってます」
ハチアリたちはバーランド山脈に生息するウニのような生き物、タンブルウニードの養殖を始めていた。以前にも試みたことだが、タンブルウニードの鋭い棘のせいで怪我人が出たため養殖をあきらめていた。
だが硬い外骨格と細長い脚を持つハチアリはタンブルウニードの棘で怪我をすることなくその世話ができた。またタンブルウニードは風を受けて転がって移動する。移動できないように狭い柵で囲ったり、風のない場所で飼育するとストレスで死んでしまうという厄介な性質を持っていた。だが風魔法を扱えるハチアリはタンブルウニードの動きをうまく制御することができる。まさにタンブルウニードの飼育役としてうってつけだった。
タンブルウニードは雑草を食べて育ち、成長も早かった。ハチアリの世話を受け、早くもタンブルウニードたちは繁殖し始めている。そう遠くないうちに新たな特産品となるだろう。今後は花やハーブを食べさせて味が変わるのか等の研究も行われる予定だ。
(それにしても……)
ウキウキしながら皆と話すアデルをモーリスは見つめる。
(アデル殿が放つ魔力が段々とあがっている気がする)
モーリスはアデルの身体が放つ魔力が強くなっているのを感じ取っていた。毎日一緒にいるイルアーナなどは気付きづらいが、たまに会うモーリスにはその差に気付いた。
(まるで魔法文明時代の魔術師たちのようだが……)
モーリスは頭を振って浮かんだ考えを否定した。
(考えすぎか。竜王様たちもご一緒にいるのだからな)
魔力も筋肉のように使っているうちにある程度は成長する。アデルの魔力が強くなったのもそのせいだろうとモーリスは己を納得させたのだった。
お読みいただきありがとうございました。