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新種(ミドルン マインツ)

 出産ラッシュはハーピーだけではない。「艶翼館」を後にしたアデルたちはミドルン城の郊外に作られたヤリシシの宿舎を訪れていた。中ではオークたちが掃除をしている。ヤリシシは綺麗好きで頻繁に掃除をしてあげないとストレスがたまってしまうのだ。ヤリシシたちの糞は堆肥にされ、農業の肥料として使われる。


 敬礼するオークたちにペコペコと会釈をしつつアデルは奥へ進む。


「プピーッ!」


 するとヤリシシたちの低い鳴き声とは明らかに違う鳴き声が聞こえてきた。奥の囲いの前では、他のオークたちとは違い武装したオーク兵が警備にあたっている。


「こんにちわ。どうですか?」


「はっ! 異常ありオグせん。かわいいものオグです」


 アデルがあいさつしつつ尋ねると、オーク兵は少し訛りながら答えた。囲いの中を覗くとたくさんの小さい生き物が思い思いに過ごしている。あるものはスヤスヤと眠り、あるものは仲間と追いかけっこをして囲いの中を走り回っていた。


「おぉ……」


 イルアーナがため息を漏らしながら目を輝かせる。それはベヒモスに妊娠させられたヤリシシたちが生んだ赤ん坊たちだった。その数は二十匹ほどだ。母親であろうヤリシシたちも同じ囲いの中で寝そべっている。


 ヤリシシは体の大きさのわりに手足が短い。しかしその赤ん坊はさらに手足が短かった。まるでよく漫画などに出てくるブタの貯金箱のようなフォルムで、大きさもそれくらいだった。全身は茶色い毛で覆われており、口の両脇からは太い牙が飛び出している。


 その赤ん坊たちはとりあえず「ヤリモス」と名づけられている。ヤリモスたちはアデルたちが珍しいのか数匹が囲いの入り口に集まり、鼻を引くつかせながら興味深そうに見上げていた。


「この子たち……どれくらい大きく育つんですかね?」


 ヤリモスの一匹を抱き上げながらアデルが呟く。


「わからんな。これが全部ベヒモス並みに育ったら大変なことになるが……」


 ヤリモスを三匹抱きかかえたイルアーナが言った。ベヒモスは成獣になればその大きさは数十メートルになると言われている。


「ヤリシシより小さいってことはなさそうだよね。大きさもそうだけど、上手く飼いならせるかどうかも問題だ」


 しゃがんだラーゲンハルトがヤリモスの頭を撫でながら言う。


「親が従ってオグ姿を見て育てば、オグずと彼らも従うのではないオグでしょうか」


 警備をしていたオークがそんなアデルたちに話しかける。


「そうだといいですね。何かあったら知らせてください」


 アデルはオーク兵に笑顔で返した。ヤリモスに関しては成長してみてからでないと分からないことが多い。結局様子を見る以外の選択肢はなく、アデルたちはオークに世話を任せ厩舎を後にしたのだった。






「おまち!」


 目の前に大きなジョッキがドンと置かれる。なみなみと注がれたエール酒がこぼれ、ジョッキの側面を伝った。テーブルに座っているのはカザラス兵の恰好をした青年だ。


 ここはマインツ。大陸の中央近くを走るバーゼル山脈の麓にある都市だ。周囲のテーブルではドワーフが赤い顔で酒を煽っている。大酒のみのドワーフのために、マインツの酒場はどこも安く大量の酒が飲める。駐留しているカザラス兵はその恩恵にあずかれるものの、アルコール中毒が問題ともなっていた。


「うぃー、人間どもは人使いが荒いな」


「自分たちでは碌なもんが作れんからな。ヒックッ!」


 酔っぱらったドワーフたちが愚痴を言い合う。


 マインツはドワーフの村をもとに作られた都市だ。鉱山に住んでいたドワーフを利用するため、カザラス帝国が周囲を開発し、兵器工房や酒蔵などを建てていった。手先が器用で力の強いドワーフは武器の生産が得意だ。カザラス帝国はドワーフに働いてもらう見返りとして酒や食糧、麻薬などを提供している。


(開戦は近そうだな……)


 周囲の様子に目配せをしつつその青年、ミリオベル・ブランは思った。


 ミリオベルは獣の森の戦いで神竜王国ダルフェニア側に寝返った兵士たちを率いる指揮官だ。今は「絶望の森」に活動拠点を置き、獣人やオーク、ゴブリンらとともに身を潜めている。そしてミリオベルは信頼できる部下とともに情報収集にあたっていた。元カザラス兵だけあって、カザラス兵たちに紛れるのは造作もないことだ。


 マインツの人口は三千人ほどで、そのうちドワーフたちは五百人程。人間はサービス業に従事する者とその家族だ。食糧生産は他の町に頼っており、この町には卵のための鶏や乳を採るためのヤギくらいしかいない。それに対しカザラス軍は千人程が駐留している。町の規模からすればかなりの人員だ。


 ミリオベルたちは絶望の森に駐屯する第四平定軍の一員と称し、たびたびマインツに潜入し調査を行っていた。カザラス軍の警備体制を調べ上げ、ドワーフの知り合いも作っている。


「おい、あんたら」


 ミリオベルは酔っぱらっているドワーフたちのテーブルにジョッキを持って移動し、話しかけた。


「ドラゴンを倒す兵器を作ってるんだろ?」


「ああ? なんだお前は?」


 ドワーフはミリオベルを訝し気に見る。


「いいじゃねぇか。俺たち兵士はドラゴンと戦わされるんじゃないかと気が気でなぇんだよ。おーい、こっちにつまみを三人前頼むわ!」


 ミリオベルは給仕の女性に注文する。自分たちの分も頼まれたと分かったドワーフたちは分かりやすく表情がゆるんだ。


「調子のいいやつだな。まあいいか」


 ドワーフたちはミリオベルを受け入れることを決めたようだ。


「で、どうなんだよ? ドラゴンは倒せんのか?」


「どうだろうな。実際、ドラゴンを見たこともないしよ。まあダメージくらいは与えられるんじゃねえかな」


 ミリオベルはその後も根掘り葉掘り、ドワーフから情報を聞き出した。


「……なるほどな。しかしあんたらドワーフはなんでそんなカザラス帝国に協力するんだ?」


 ミリオベルは不思議に思い尋ねる。


「ぶははっ、俺たちは別に人間の支配者が誰だろうと気にしねえよ」


 ミリオベルの問いにドワーフは豪快に笑った。


「俺たちは好きなものを作れて酒が飲めたらそれで満足なのさ」


 もう一人のドワーフもエールを飲みながら言う。


「じゃあ……もしダルフェニアが協力を求めたら、あんたらはそっちにも協力するのかい?」


「代わりに酒をくれるならな」


「そもそもどっちの国の人間かなんて俺らには区別もつきやしねえわ」


 カザラス兵であれば大問題になりそうなことをドワーフたちは平然と言ってのける。


「ふ~ん……気楽でいいな。ありがとよ」


 ミリオベルはさらにいくつかの料理をドワーフたちにおごり、酒場を後にしたのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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