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スモーガ(ミドルン)

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 客席を睨むようにオーガたちが会場に足を踏み入れる。戦いの前のせいかオーガたちは興奮し、凶暴な顔がより凶悪になっていた。そのオーガの姿に観客が悲鳴を上げる。


「グァーッ!」


 そんな観客の姿を見てオーガが雄たけびを上げた。一部の観客たちはパニックになりそうになるが、各所に配備された兵士たちが落ち着くようにと彼らを制した。


 オーガは二人とも2メートルを優に超える体格の持ち主だった。熊や猪の毛皮を腰に巻き、首には肉食動物の牙をあしらったネックレスをつけている。それらは自分で倒した獲物のものだ。それを身に着けることで自分の強さを示しているのである。手にはグローブを、足にはレガースを身に着けていた。


 近付いてくるオーガたちをフィレンツィオが微妙な表情で見つめる。筋骨隆々としたフィレンツィオですらオーガたちの前では小柄に見えた。だがオーガを恐れているようには見えない。ただ単にむさ苦しい男に対する嫌悪感と、観客の注意がオーガたちに向いてしまったことへの嫉妬心があった。


「それでは説明しよう!」


 フィレンツィオは気を取り直して観客に話始める。オーガたちは互いに掴みかからんばかりに睨み合い、闘争心をむき出しにしていた。


「ルールはイージー! 背中が地面に着いたらゲームオーバー! 投げに打撃、なんでもありのワイルドファイト! レディとキッズには、ちょっと刺激がストロングかもネ! 覚悟はオーケー?」


 フィレンツィオが会場を見渡す。観客は不安げながらも、オーガたちの戦いに興味津々の様子だった。


「ファーストバトルの選手を紹介しよう! まずは熊殺しのアグ!」


 熊の毛皮を巻いたオーガ、アグがフィレンツィオのほうを見る。自分の名が呼ばれたことに気づくと、両手を掲げ雄たけびを上げた。


「ネクストは猪並みの凶暴さを持つロズ!」


 猪の毛皮を巻いたオーガ、ロズが鼻息を荒くする。


「う~ん、チャーミングとは言いがたいフェイスだネ。どんなバトルをするのか、楽しみだネ! それではレッツゴー!」


 フィレンツィオが翼をはためかせ、空中に浮かび上がる。


 それと同時に試合開始の銅鑼どらが鳴り響いた。


「グァーッ!」


 オーガたちは互いに威嚇の声を上げる。すぐにも飛び掛からんばかりの形相だが、意外と冷静に距離を保ちながら相手の出方を窺っていた。


 オーガは知能は高くないが、勝つことに対してはどん欲だ。オーガたちはスモーガの練習を積んできたが、迂闊に飛び掛かればいなされて転ばされてしまうことを経験していた。相撲ほどではないが、一瞬でもバランスを崩すことはスモーガの試合では命とりだ。


 アグとロズは軽いパンチや前蹴りを繰り出しながら、自分の得意な間合いを探り合う。攻撃が当たったときはパーンという破裂音が会場中に響いた。筋肉の塊のようなオーガの巨体が放つ攻撃の迫力はすさまじく、観客は息を飲んで試合を見つめる。


 しかし攻撃を命中させるのはアグのほうが圧倒的に多かった。近付こうとするロズの顔にパンチを叩き込み、距離が離れれば蹴りを放つ。一方のロズのほうはあまり有効な攻撃が見られなかった。


「ずいぶん一方的な展開だな」


「もうビビってんじゃねぇのか?」


 オーガたちの姿に慣れてきた観客は、オーガたちの迫力のある戦いを楽しみ始めていた。


「そのままやっちまえ、熊!」


「おい、がんばれ猪オーガ!」


 オーガへの恐怖心が薄れると、客席からは声援が飛び始めた。やがて会場中が熱気と声援、そして野次に包まれる。観客はすっかりスモーガに魅了されていた。


 そして試合にも動きが出る。一方的にアグの打撃を浴びていたロズが、相手の攻撃の合間を縫って懐に飛び込み組みついたのだ。アグはそのロズの背中にパンチを叩きこむが、距離が近すぎてあまり威力のあるパンチではない。


「グァァァーッ!」


 ロズが雄たけびとともにアグの体を持ち上げる。そして自分の体を覆いかぶせるようにしながら地面に叩きつけた。ドスンッという重い音と共に粉塵が舞い上がる。観客も一瞬言葉を失い、会場が静けさに包まれた。


「ストォプッ! そこまでだヨ! 勝者、ロズ!」


 フィレンツィオが両者のそばに降り立ち、ロズの腕を取って掲げる。その瞬間、観客たちは我に返った。一瞬遅れて爆発的な歓声が沸き起こる。最初は戸惑った様子でキョロキョロと興奮する観客たちを見回していたロズだったが、すぐに喜びの笑みを浮かべ雄たけびを上げた。


「オゥグゥ……」


 一方、強烈に地面に叩きつけられたアグはヨロヨロと立ち上がると、勝ち名乗りを受けるロズを睨みつける。


「グァーッ!」


 アグが怒りをこめて叫ぶ。そしておさまりが付かぬのかロズに向かって掴みかかった。


「試合は終わりました! 止めてください!」


 それを見てアデルが慌てて叫ぶ。するとアグの動きがピタッと動きが止まった。アグはアデルを見て悔しげな表情を浮かべると、肩を落としてゲートへと歩き出した。


「あんなに凶暴そうなのに、どうしてアデルさんの言うこと聞くの?」


 特別観客席にいたクロディーヌが不思議そうに尋ねる。


「意外と話せばわかる人たちなんですよ」


「へぇ」


 笑顔で言うアデルにクロディーヌは意外そうに納得した。


(……あのオーガどもを力ずくで屈服せたという自覚をお持ちでないのだろうか?)


 そんなアデルを横目で見ながらプニャタは思った。


 オーガたちの監視役を担っていたのはオークであった。そしてアデルがオーガたちにスモーガを教える過程をオークたちは見ている。


 アデルが自分で考えたルールを教えても、オーガたちは相手を力任せに叩きのめすばかりで、試合ではなくただのケンカや暴力にしか見えなかった。


 そこでアデルは一人の大柄なオーガを練習台に投げ技を披露したのだ。アデル自身には格闘技の経験などなかったが、現代日本で得た知識だけはもっている。そして足を抱え込んでタックルのように倒したり、相手の腕を自分の方に巻き付けるようにして投げる一本背負いを披露した。


 圧倒的な体格差のある相手を簡単に投げるアデルにオーガたちは目を丸くしていた。アデルは知らなかったが、アデルの練習相手を買って出たオーガは部族の中で一番強い相手だった。以前にオーガを統率していたネックレスの後を継ぐ存在であったのだ。練習中にはアデルを本気で殺そうとしていたが、アデルにポンポンと投げられすっかり自信を喪失していた。もし戦いであればアデルも怖気づいていただろうが、練習だと信じていたアデルは臆することなく力を発揮できた。


 そうしたアデルの指導もあり、オーガたちの戦闘スタイルは次第に変化していった。投げを得意とする者や打撃を得意とする者。同じ投げでも腕力で投げる者や、足や腕をうまくとりテクニカルに投げるものなどに分かれた。打撃も距離を取ってパンチやキックを使う者、組みついて肘や膝を叩き込む者など様々だ。


 アデルはスモーガをすることにより、人々から尊敬と称賛を受けることが出来ると説いた。そして勝ち続けた者にはスモーガ最強の証、王綱を巻く権利があると。


 アデルは深く考えてはいなかったが、オーガたちにとっては最強の座はすなわち一族の長となる権利でもある。そしてこれまでは生まれながらに体が大きい者がその座についてきたが、アデルの教えた戦い方により体格に恵まれない者でも勝つチャンスが生まれた。それ以来、オーガたちはスモーガ最強の座を目指して切磋琢磨してきたのだった。


 その後も白熱したオーガたちの戦いは続き、スモーガの大会は大興奮のまま終了した。そして神竜王国ダルフェニアの名物として今後も定期的に開催されることが決まったのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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