イベント(ミドルン)
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黒き森からの帰り道、途中マザーウッドでイルアーナの母、妊娠中のマティアに挨拶などをしつつ、アデルたちはミドルンへと帰還した。人の多いミドルンだが、それでもいつもよりは人が少ない。停戦期間ということもあり、プニャタのように休暇で故郷に帰っている者が多いのだ。戦争が再会すれば休めなくなるため、休めるうちに休ませておこうというアデルたちの考えであった。
「アデル君」
ミドルン城へと帰還したアデルにラーゲンハルトが声をかけて来る。口調はいつものように軽かったが、その眼差しは少し険しかった。
「どうしました?」
「冒険者ギルドから情報が入ったんだ。アーロフが去って空いた第二征伐軍軍団長の座にヒルデガルドが付いたんだって」
「ヒルデガルドさんが!?」
ラーゲンハルトの話を聞き、アデルは驚きの声を上げる。
「じゃ、じゃあ、今後戦うことになったりするんですか!?」
「まあありえるよね。そもそも敵軍同士なわけだし。だけどこっち方面に配属されるわけじゃないみたいだから、しばらくはその心配はないんじゃないかな」
「でももしヒルデガルドさんと戦うことを考えたら……」
アデルは沈んだ様子で言う。
「仕方ないだろう。ヒルデガルドが望んだ道だ。敵軍同士である以上、戦わねばならん。それにもし手加減などすれば、相手のプライドを傷つけることになるだろう」
イルアーナがそんなアデルを叱咤するように言った。
「そう……ですかね」
イルアーナの言うことが正しいことはわかっているが、アデルは受け入れたくない様子だった。
「アデル君の気持ちは嬉しいけど、イルアーナさんの言うとおりかな」
ラーゲンハルトは肩をすくめる。
「……ヒルデガルドは平民の血を引いてることがコンプレックスなんだ。父上からも愛情を注いでもらっていたとは言えない。まあ他の兄弟もだけどね。だから武人として出世して世間と父上を見返してやろうっていう想いが強いんだと思う。人一倍、武人としての考えや振る舞いを重視してるから、手加減なんかされたら怒るだろうね」
「そうですか……」
家族であるラーゲンハルトからも言われ、アデルの気持ちは沈んだ。
「で、でも、もし戦いになってもヒルデガルドさんは絶対に殺しませんから!」
「うん、そうしてもらえると助かるよ。もちろん出来る範囲でね。あはは、アデル君は優しいなぁ」
「や、やめてくださいよ!」
ラーゲンハルトは笑いながらアデルの頭をくしゃくしゃに撫でた。アデルがその手から逃げる。
「……確かにアデルは優しいな。だがその気持ちは優しさからか? 何かヒルデガルドに特別な感情があるわけじゃないだろうな?」
そんなアデルを問い詰めるようにイルアーナが尋ねた。
「ち、違いますよ! 特別だなんて。そりゃまあ一般的にヒルデガルドさんに対して男性が抱く感情はありますけど……」
「なんだその『一般的に抱く感情』というのは!?」
「な、なんで怒ってるんですか?」
「怒ってなどいない!」
アデルの態度にイルアーナが怒りをぶつける。
(こっちの戦争も大変そうだな)
そんな様子をラーゲンハルトは苦笑いしながら見つめていた。
「お取込み中悪いんだけど、計画通りいきそうなの?」
「あ、まあどうにかなるんじゃないかと……」
ラーゲンハルトの問いにアデルが答える。
「そっか。じゃあ楽しみにしてるね。こっちもそれなりに形になってきたよ」
「『影』のみなさんですか?」
「影」はラーゲンハルトが個人的に雇用していた諜報部隊だ。カザラス帝国から神竜王国ダルフェニアに移った現在もラーゲンハルトに仕えている。知略に長けたラーゲンハルトのことを気に入っているのかもしれない。
「影」は現在、諜報部隊の育成を請け負っていた。一口に諜報部隊と言っても町で噂話を集める程度のものから、敵の懐深く入り込んで機密情報を奪うものなど様々だ。後者であれば技術はもちろんのこと、もし敵に捕まっても自国の重要な情報を漏らさない高い忠誠心も必要となってくる。多くの国においては奴隷の子供を用いて洗脳しつつ徹底的に必要な技術を叩きこみ間諜を育て上げるものだ。
だが神竜王国ダルフェニアにはそういったノウハウがなく、そもそも奴隷制を廃止しているためこの育成方法が仕えない。そのうえ短期間で育てなければならないため、諜報部隊にはそれほどレベルの高いことは要求していなかった。他人から自然と話を聞きだす訓練や、仲間同士で使う暗号やサイン、敵の都市内での破壊活動や妨害活動の知識など、必要になりそうなものだけを集中して覚えさせている。そのため諜報部隊としてのレベルは高くないが、数は揃えることが出来ていた。
「うん。まあ難しいことはダークエルフちゃんたちに任せるからね。それと魔法師団もいい感じだよ」
「わあ、早いですね」
「アデル君の人選がいいからね」
嬉しそうなアデルにラーゲンハルトが笑みを浮かべる。
魔法師団とはいっても人数は五十人ほどだ。魔法師団はヴィーケン王国を見限り北部連合についた元宮廷魔術師の弟子、ワイリーが育成を担当していた。ワイリー自身はそんな簡単に魔法を習得できるわけがないと思っていたが、魔力の高い者を見分けられるアデルの人選により、魔法師団はすでに師匠であるワイリーよりも強力な魔法を使うことが出来ている。貴族出身のワイリーははじめは尊大な態度であったが、唯一の武器であった魔法でマウントが取れなくなったため、今では部下たちにも丁寧語を使っている。
多くの国において「宮廷魔術師」は一大ビジネスである。貴族の子弟に魔法を教えることで高い授業料が取れるからだ。ただ魔法の才能があるかどうかなど普通はわからない。そのため高い授業料だけ取られ、魔法を使えずに諦める者がほとんどであった。簡単な魔法を仕えるものだけでも十人に一人といったレベルだ。今回のように教えた全員が魔法を使えるようになるなど、ワイリーには信じられなかった。
彼らの使う魔法は現代日本における「旅行で使える英文」のようなものに近い。魔法の根本的な部分は理解できておらずとも、それさえ使えばそれなりの効果が得られるというものだ。例えば炎を飛ばすなら炎の球体を放つ「ファイヤーボール」だ。敵が一人なら矢のように炎を飛ばしたほうがいいのだが、状況に応じて魔法を応用するということが彼らにはできない。もっともダークエルフと違い、限られた寿命の中で魔法を使おうとすれば彼らのような使い方のほうが効率がいいのだろう。
そのおかげもあり、魔法師団はすぐに魔法を使えるようになっていた。ダークエルフなどのアドバイスも受け、その威力も上昇している。だが宮廷魔術師の使う魔法は基本的に見栄え重視だ。有力者に雇ってもらうために魔法が使われてきた結果だろう。アデルはあわよくば砲兵隊のように遠距離から高火力の攻撃を叩き込めるような部隊にならないかと期待したが、残念ながらいまのところそれほどの威力は無いようであった。
「宮廷魔術師って、年に一度くらい貴族たちの前で魔法を披露するんだよ。うちでもやってみたら? けっこう盛り上がるんだよ」
ラーゲンハルトが笑いながら言う。
(……花火みたいなものか)
アデルは空中で始めるファイヤーボールを想像した。
「まあうちの場合、貴族たちにアピールしてもしょうがないから国民の前でやったほうがいいと思うけど。『うちの軍隊強そう!』って思ってもらえるかもしれないし」
「ああ、軍事パレードみたいなもんですか」
「軍事パレード?」
アデルの言葉にラーゲンハルトが首をかしげる。
「あっ、そ、それはですね、自分たちが持っている戦力を行進で見せることで、武力をアピールするというか……」
「なるほど……占領した相手の都市でやったりすれば反乱する気を抑えられそうだね」
「ああ、確かにそうですね」
ラーゲンハルトの話にアデルは頷く。
「ほう、やっと帝国を侵略する気になったか」
アデルの発言にイルアーナが食いついた。
「そ、そういうわけでは……じゃあ、すぐに魔法師団のお披露目も兼ねてイベントをやりましょう! 暖かくなると農家の方も忙しいでしょうからね!」
話を逸らすように、アデルは強引にイベントの開催に向けて動き出した。
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