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任命(イルスデン)

誤字報告ありがとうございました。

 帝都のイルスデン城の休憩室では兵士たちがカード遊びに興じていた。神竜王国ダルフェニアで製造されている「竜戯王」だ。その兵士たちは一度は神竜王国ダルフェニアに寝返ったものの、フォスターとともにカザラス帝国へ帰参した者たちであった。


「平和なもんだな」


「暇なだけだろ」


 安酒をあおりながら兵士たちは言葉を交わす。神竜王国ダルフェニアから帰参した兵士たちには特に任務が与えられず、彼らはこうして時間を潰すしかなかった。


「帝都の雰囲気も変わったよな」


「お前も感じるか? なんかこう……変なんだよな」


 兵士たちは帝都の現状になにかしらの違和感を感じていた。だがそれが何なのか、はっきりと言葉で表すことはできなかった。


「食事もウマくないしな」


「ああ、確かに」


 カザラス軍の食事は栄養と腹持ちを重視しており、味に関しては二の次であった。あまり食事にクオリティを求める国民性でないこともあるが、食費の予算が充分でないことも要因である。これには帝国の物資調達を一手に引き受けるレーヴェレンツ商会が高額な手数料を得ていることも関係していた。


 一方で神竜王国ダルフェニアでは有力商人に仕入れを一任するということはなく、経済・財務担当のヨーゼフが小売商から直接仕入れを行っている。また国としても農業や畜産を行っているため、食材を安く入手することもできた。


 また国王のアデルも基本的に一般の兵士たちと同じものを食べている。そのことから食事には栄養や腹持ちだけでなく、味にも気を使われていた。ミドルンの厨房を仕切る炊事班長ロードンにも厨房管理大臣という役職が与えられている。上下関係が曖昧にされている神竜王国ダルフェニアにおいてどれだけ意味があることかは不明だが、すくなくとも特別扱いされていることは確かだ。実際、軍議への参加や物資調達への注文などの権限が与えられていた。


「ハーピーもいないしよ」


「お前そっち派なんだ。俺はペガタウルス派だな」


「おいおい、ニンフ一択だろ」


 兵士たちはくだらない議論を始める。帝都に多く住むローゼス人は美形が多いことで有名だが、神竜王国ダルフェニアには美形の異種族が多かった。それと比べてしまうと、さすがにその辺の人間は見劣りしてしまう。


(そんなにダルフェニアっていいところなのか……?)


 そんな彼らの話を少し離れたところで聞いていた他のカザラス兵は思った。


 敵国である神竜王国ダルフェニアは宗教も違っており、カザラス帝国の中ではとても恐ろしい国と喧伝されている。もっともヴィーケン王国時代はそのような話はなく、そこに住む人々が急に変わってしまうというようなことを信じていない者も多い。しかし一方で魔物に対する恐怖や偏見からその話を信じる者も多く、特に熱心なラーベル教徒たちは神竜王国ダルフェニアを邪悪な国として認識していた。


 特にカザラス軍内では、ダルフェニア軍は悪魔に仕える狂信者の集団であり、退治した時は一切の情を掛けずに殺せと命じられている。だがダルフェニア軍は捕虜となったカザラス兵を無条件で解放することが多く、捕らわれている間の扱いも良好であるという話も広まっている。そのためカザラス兵たちの間でも神竜王国ダルフェニアに対する評価は分かれていた。


 そんな中、神竜王国ダルフェニアから戻ってきた兵たちの話や立ち振る舞いは自然と他の兵士たちの興味の対象となる。本人たちの意図しないところで、神竜王国ダルフェニアの実際の姿は静かに拡散されていくのだった。






「お呼びでしょうか」


 イルスデン城の皇帝執務室。皇帝ジークムントと机を挟んで一人の少女が立っていた。流れるような長い金髪に縁どられた優美な輪郭の顔に澄んだ青い瞳。まさにローゼス美人を体現するような整った顔立ちの少女だ。


 ”白銀”のヒルデガルド。前皇帝の第七子である。腕利きの剣士でもあり、美しい顔立ちと相まって帝国内でも人気のある皇族の一人であった。


「よく来てくれましたね、ヒルデガルド」


 ジークムントが微笑む。浅黒い肌に黒い髪。顔は端正なものの、ヒルデガルドと違いジークムントには父親と同じデーン人の特色が色濃い。


「実はあなたに頼みたいことがあるのです」


「頼みたいこと……?」


 神妙な面持ちになったジークムントにヒルデガルドが聞き返す。


「ええ。あなたには……第二征伐軍を任せたいと思っています」


「えっ?」


 突然の話にヒルデガルドは言葉を失った。


「任せるとは……軍団長ということでしょうか?」


「そうです。引き受けていただけますか?」


 ジークムントは微笑みを浮かべる。ヒルデガルドは茫然とその顔を見つめた。


 ヒルデガルドの母親は帝国一の商人と呼ばれたヨーゼフの娘だ。武人として自らの力を示すことを希望していたヒルデガルドだが、平民の血を引き、なおかつ女であるヒルデガルドはカザラス帝国軍内では冷遇されてきた。そのためジークムントの話を素直に受け止めることが出来ないでいた。


「なぜ……急にそんな話に……?」


「あなたに我が国を救っていただきたいのです」


 ヒルデガルドの問いに険しい表情でジークムントが答える。


「我が国は窮地に立たされています。相次ぐ敗戦はもちろんですが、兄弟であるラーゲンハルト、続くアーロフの寝返り……これは皇族への信頼と名誉にかかわる大問題です。もちろん彼らには彼らなりの理由があるのでしょうが、責任のある立場としてこれを見過ごすわけには行きません」


「兄上たちを……討てと?」


 ヒルデガルドの顔が強張る。しかしジークムントは表情を緩めると首を振った。


「いえ、それは私がやるべき仕事でしょう。あなたにしていただきたいのは信頼の回復です。あなたは国民から人気がある。あなたが活躍することで、我が一族の信頼は回復するでしょう」


「そう……ですか。承知しました。作戦目標は引き続きラングール攻略でしょうか?」


 少しほっとした様子でヒルデガルドが尋ねる。だがまたもやジークムントが首を振った。


「いえ、ラングール攻略は諦めようと思っています」


「諦める……!?」


 ジークムントの言葉にヒルデガルドは驚いた。アステリア七国の統一はカザラス帝国の悲願だ。それをあっさり諦めるということが信じられなかったのだ。


「バーデンに駐屯していた兵たちが全滅したとの報告がありました。ダルフェニアの魔竜に住民ごと皆殺しにされたそうです」


「住民ごと!? そんなまさか……」


 ヒルデガルドが言葉を失う。


「……あなたは噂によるとアデル王と親交があるそうですね」


 スッと冷たい表情になりジークムントが呟く。


「……ダルフェニアの捕虜となった際にアデル王には良くして頂きました。とてもそんなことをする方には思えません」


「あなたに本性を見せていないだけだったのではありませんか? もしかすると魔竜が暴走してしまったのかもしれません。いずれにせよバーデンが壊滅したのは事実。ラングール攻略は見直さざるを得ないでしょう」


 声を震わせるヒルデガルドにジークムントが言った。


「それとも……あなたも帝国を裏切ってダルフェニアに付くつもりですか?」


 ジークムントがヒルデガルドの目を見据える。その視線にヒルデガルドは氷の手で心臓を鷲掴みにされたかのような寒気と恐怖を感じ、息が詰まった。


「い、いえ、まさか……」


 ヒルデガルドは首を振る。しかしその表情にははっきりと同様が見て取れた。


「……まあ、あなたが恩義を感じているアデル王、それにあなたと仲の良かったラーゲンハルトと戦うのは辛いことでしょう」


 ジークムントが優しい口調に戻り、場の空気が戻る。ヒルデガルドはほっとしつつ息を整えた。


「もちろん将来的にはダルフェニア軍と戦っていただくこともあるかもしれませんが、まずは第二征伐軍を立て直してください。それまでは国内の治安維持を手伝ってもらいます。かまいませんか?」


 ジークムントに見つめられ、ヒルデガルドはしばらく考え込んだ。


(……確かに今の私の立場はおかしい)


 ヒルデガルドは迷っていた。間違った方向に進む帝国を立て直すという大義名分のもとに、ヒルデガルドはアデルと手を組みながら皇帝の座を目指した。しかしジークムントの元で帝国の腐敗が正され、一枚岩となれるのであれば話は変わってくる。ただしその場合は必然的にアデルと戦わなければいけなくなってしまう。


(まずは兄上がどう帝国を導くのかを見定める必要がある……もしかすると兄上もそのための時間を私にくださっているの……?)


 そう考えるとジークムントの話は非常にヒルデガルドの立場に寄り添ったものにも思えた。何より軍団長という要職に抜擢されるといういままでにない好待遇に、ヒルデガルドの自尊心もくすぐられていた。


「……承知しました。第二征伐軍軍団長の任、謹んでお受けいたします」


 ヒルデガルドがジークムントに深々と頭を下げる。


 ヒルデガルドの第二征伐軍軍団長就任の話はすぐに広まり、カザラス帝国民の期待は高まるのだった。 

お読みいただきありがとうございました。

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