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テスト

 手を挙げたアデルをラーゲンハルトはしげしげと見つめる。


「や、やっぱり駆け出しの冒険者じゃダメですか……?」


 アデルはぎこちない愛想笑いを浮かべながら言った。


「いや、無名の方が都合がいいんだけど……腕には自信あるのかい?」


「そ、そこそこは……」


「ふ~ん……ちょっと座るよ」


 ラーゲンハルトはアデルの横に座った。テーブルは六人掛けの円卓で、アデル、ピーコ、ポチ、イルアーナの順に座っていた。ラーゲンハルトが座ってももう一席空いていたが、フォスターは座らずにラーゲンハルトの後ろに立つ。何かあった際にラーゲンハルトを守るためだ。


 椅子に座ったラーゲンハルトは改めてアデル一行を見つめた。


「ずいぶんカワイイお嬢さんたちだね。この四人で旅を?」


「そうだ。そいつは”黒騎士”デルガード、私は”不可視”のイルアーナ。この二人は私の妹だ」


 イルアーナが代わりに答えた。


「それで、お前たちは誰だ?」


 イルアーナがラーゲンハルトに聞く。


「え、僕のこと知らないの?」


 ラーゲンハルトは驚いた。


「す、すいません、ヴィーケンの方から旅してきたばかりなもので……」


 アデルは恐縮して言った。店の雰囲気からも有名人に間違いないと思っていた。


「へぇ~。僕はジョン、後ろにいるのは僕の護衛だから気にしないで」


 ラーゲンハルトはにっこりと微笑んだ。


(……偽名? 有名人だからバレたくないのかな?)


 アデルはラーゲンハルトが偽名を名乗ったことに気づいたが、指摘しないことにした。


「君たちは冒険者なんだよね? 手帳を確認させてもらっても?」


「あぁ、はい」


 アデルとイルアーナは冒険者手帳を差し出した。ラーゲンハルトは手帳を受け取りパラパラと確認する。


「へぇ~、本当にヴィーケンから来たんだね。いままで依頼を受けたのは一件だけでハーピー退治? 完了印が押されてないけど、どういうことなの?」


「え、えっと、それはですね……退治の依頼は受けたんですが、ハーピーと交渉して、もう人間をさらわないと約束してもらったんです。なので何というか、依頼としては失敗ということになりまして……」


 採用試験で履歴書にツッコまれる応募者のようにアデルはしどろもどろになる。


「ふ~ん、ハーピーと話を? どうだった? 美人だった?」


「ええ、そりゃもう……」


「そっかー。でも匂いはやっぱり獣っぽかった?」


「いや、それが特製の香水を作っていて、すごく良い匂いでした」


「ほほぅ、それはすごくいいね!」


 ハーピーの話題に国境は無いようであった。


「すまんが仕事の話をしてもらえるか?」


 イルアーナが不機嫌そうに男たちの話を遮る。


「せっかちだなぁ。まあいいや」


 ラーゲンハルトは苦笑いを浮かべ、椅子を少し引いた。


「でも仕事の話をする前に……ちょっと試させてもらうよ」


「えっ?」


 ――ラーゲンハルトが腰の剣に手をかけ、銀色のきらめきが一閃した。


 椅子の倒れる音、踏み込んだ足音、二つの金属音。


 酒場には手練れの冒険者もいたが、一瞬の間に行われた攻防を捉えられた者はいなかった。


「お、おい! 何をしている!」


 呆気に取られていたギルド員がようやく声を発したのは、攻防が終わり、アデルたちとラーゲンハルトたちが距離をおいた時だった。アデルとフォスター、ラーゲンハルトとイルアーナが剣を手に向き合い、睨み合っている。


「このお方を誰だと思ってるんだ! 死刑になりたいのか!?」


 ギルド員はアデルに走り寄り、肩をつかんで押さえつけようとした。


「え?」


「自分が何をしているのかわかっているのか!? このお方はカザラス帝国皇太子様だぞ!」


「え? え?」


 アデルは状況が呑み込めずキョトンとする。


「駄目だよ、言っちゃ。秘密にしてたんだから」


 ラーゲンハルトは先ほどまでのように軽薄そうな笑みを浮かべる。しかしその目は笑っておらず、対峙するイルアーナから目を離さない。


(こんな感じのやり取りをどこかで……あ、カナンの冒険者ギルドだ! そうか……)


 アデルは考えた末に、納得できる結論に達した。


「それは……冗談ですよね! やだなぁ、こんなところに皇太子さんがいるわけないですもんね。はははっ」


 アデルは笑った。皇太子ということは皇帝の息子であり、巨大なカザラス帝国の皇位第一継承者ということだ。そんな相手が自分と話しているわけがない。アデルはそう思った。


「あはは、バレちゃったか。このおじさんが変な冗談言うからノッてあげたんだけど、面白くなかった?」


 ラーゲンハルトが笑いながら剣を鞘に納めた。そして敵意がないことを示すため、両手を顔の高さに持ち上げて両手をヒラヒラさせた。


「は? し、しかし……」


「騒ぎ起こしちゃってごめんね。でもケンカとかじゃなくて、腕を見るためのテストだから、規則に違反したわけじゃないからね。さあ、もう行った行った」


 何か言いたげなギルド員をラーゲンハルトは追い払った。ちなみに冒険者ギルド内ではケンカはご法度となっており、違反すればギルド追放処分となる可能性もある。


「まあ、そういうわけだから、二人とも落ち着いて。ね?」


 そしてラーゲンハルトはまだ武器を構えたままのイルアーナとフォスターをなだめた。


「……イルアーナさん、座りましょう」


 アデルもイルアーナをなだめると、ようやくイルアーナは短剣をしまって椅子に座った。フォスターも鋭い目でアデルを睨んでいたが、ラーゲンハルトが目で合図をすると剣を収めた。


「イルアーナよ」


 その時、黙って見ていたピーコが真剣な表情で口を開いた。


「どうした、ピーコ」


「……人が増えたということは、もっと注文してもよいのか?」


 ピーコはメニューを指さして言った。横ではポチがまったく興味なさそうにテーブルに顎を乗せていた。


「あはははっ、君たち面白いね。今日は僕が奢るから、好きなだけ注文するといいよ」


 ラーゲンハルトが大笑いしながら言った。


「おお、おぬし若いのに気が利くのう」


「ん? 若い?」


「わわわ、き、気にしないでください! ピーコはその……オマセさんなんです」


「ああ、そうなんだ。そういうお年頃の女の子ってカワイイよね」


 戦いの気配は薄れ、再び酒場に喧騒が戻った。

お読みいただきありがとうございました。

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