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敵(ハラム)

誤字報告ありがとうございました。

「止まれ!」


 防壁の上から衛兵の鋭い声が響く。朝もやに煙るハラムの町の城門。そこにカザラス兵の一団が訪れていた。


「ここは我らラングール共和国の領土だ! 貴様らは何者だ!」


 衛兵が一団に向けて言葉を投げかける。すると一人の青年がその中から進み出た。青年は尊大な態度で衛兵をひと睨みする。


「私はカザラス帝国皇家の血筋にしてダルフェニア軍の客分となったアーロフだ! アデル王から話が通っているはず! お前たちの責任者と話したい!」


 その青年、アーロフが大声で言う。若いながらも人の上に立つ物の堂々とした物言いに衛兵はたじろいだ。


「か、確認するから待っていろ!」


 衛兵が防壁の向こうに姿を消す。そしてアーロフがしばらく待っていると、再び衛兵が防壁から顔を出した。


「間もなくイルヴァ様とエニーデ様がいらっしゃる! そのまま待て!」


 そして衛兵の言葉通り、すぐに閉ざされていた門が開き始める。そして護衛に囲まれたイルヴァとエニーデが姿を現した。防壁の上にもラングール兵が並び、いつでもカザラス兵を撃てるように弓を構えている。それを見てアーロフはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「ようこそお越しくださいました。私はセラマルク家のイルヴァと申します」


 イルヴァが柔らかい物腰でお辞儀をする。だがその横ではエニーデが燃える瞳でアーロフを睨んでいた。ちなみにもう一人いた公爵、カーネルは神竜の譲渡を断られたことで意気消沈し、すでに首都への帰路についている。


「ラングールの女狐か……噂は聞いている」


「光栄です」


 アーロフの礼を欠く発言にもイルヴァは微笑みを返した。


「よくもぬけぬけと来られたものですね!」


 一方、エニーデは自己紹介をすることもなくアーロフに噛みついた。


「……なんだ、この……者は?」


 アーロフが言葉を選びながらエニーデを睨み返す。ちなみに「ガキ」という単語が出かかったのだが、もしかすると神竜である可能性が頭をよぎったため、違う言葉を捻りだしたのだ。


「私はシャーリンゲル公爵家のエニーデ! ずっと貴様らの侵略を跳ね返してきた、ラングール共和国の海の守り手だ!」


 エニーデが啖呵を切る。


「なんだ……そうか」


 だがアーロフは安堵し、笑みを浮かべた。相手がただの子供だということが分かったからだ。


「落ち着いてくださいエニーデ様、相手はアデル王のお客人です」


 イルヴァがエニーデを注意する。しかしエニーデの気持ちは収まらなかった。


「奴らは多くのラングール人を殺しました! どうして仲良くせねばならぬのですか!?」


「ふっ、戦争をしているのだから相手を殺して何が悪い。それに俺が手を組みたいのはダルフェニアであって、お前たちではないからな」


 アーロフはエニーデの話を聞き、冷笑を浮かべていた。


「なんと無礼な……形勢が悪くなって寝返るような武人の風上にも置けぬ輩。恥を知りなさい!」


「調子に乗るな、ガキが。俺が仕えることにしたのは神竜様だ。神竜様にお守りいただいているだけのダルフェニアや、アデルに同情されて生き延びれただけのお前らが偉そうに何を言う。恥を知るのはお前らのほうだ」


 アーロフが自分の半分ほどの年齢でしかないエニーデを嘲笑しながら睨みつける。だがエニーデも負けじと睨み返していた。


「エニーデ様、おやめください」


「しかし……!」


 止めようとするイルヴァを悔しげな表情でエニーデが見上げる。


「他者を殺して生きることしか知らぬ獣に、人の道理を説いても無駄なことです」


 だがイルヴァは穏やかな表情を崩さぬままアーロフを痛烈に批判した。


「ほう。さすが人の欲や情に付け込んで世渡りをしてきたイルヴァ殿だ。説得力が違うな」


 そのイルヴァにアーロフはいやらしい笑みを向けた。


「……アーロフ様、いい加減になさってください」


 するとそれまで黙ってやり取りを聞いていた副官のトビアスがアーロフを窘める。


「ラングール共和国の方々、ご不快にさせて申し訳ない。アーロフ様は現在、皇帝の血筋であらせられながらも祖国と敵対しなければならぬお立場。まだ気持ちの整理がついておられないのでしょう」


 トビアスがイルヴァたちに頭を下げる。だがアーロフは憤慨した表情を浮かべた。


「しゃしゃり出て来るな、トビアス!」


 トビアスを叱責するアーロフ。だがトビアスは怯むことなくアーロフの視線を受け止めると、その耳元に顔を近づけた。


「……ラングールの人々は神竜様がお守りになった方々。彼らと敵対するということは神竜様のお気持ちに反するということになりますが?」


「うっ……」


 トビアスに小声で囁かれ、アーロフは言葉に詰まる。


「そ、それはダルフェニアに利用されて……」


「もちろんアデル王が要請されたのでしょう。ですがお願いされるまま力を振るってくださるような方々には見えませんでした。神竜様方自身のお気持ちと合致したからお力を示されたと考えるのが自然ではないでしょうか?」


「くっ……!」


 アーロフは悔し気に顔を歪めると、トビアスから目を逸らした。


「……確かに少し言い過ぎたようだ。非礼を詫びよう」


 心底言いたくなさそうな表情をしつつも、アーロフがイルヴァらに向かって謝罪を述べる。だが言葉だけで頭を下げたりはしなかった。


「そうですね。すくなくともアデル様は我々がいがみ合うことをお望みではないはず。かといって必要以上に仲良くする必要もありません。ここは粛々とお互いの役目を果たすといたしましょう」


 イルヴァがそんなアーロフに笑みを向ける。その横ではエニーデが納得の行かない表情をしていたが、不満を飲み込んでいた。


「それと……アーロフ様がカザラス帝国を離れたというなら、バーデンの防衛力に関して話していただけますよね?」


「ああ、かまわん」


 イルヴァが尋ねると、アーロフは何の躊躇もなく頷いた。これには尋ねたイルヴァ本人が目を丸くする。


(読めない男ね……カザラス帝国に誇りを持ちながらも敵対することを選んだ……一体何があったというの?)


 町の中にアーロフたちを招き入れながら、イルヴァはアーロフを見て考えを巡らせた。


「やれやれ……」


 トビアスは不穏な空気を乗り切れたことに安堵のため息をつく。


(理路整然とした冷徹さを持ちながら、子供のように面も持ち合わせている……扱いにくいお方だな)


 トビアスはアーロフの背中を見ながら心の中で呟いた。確かにアーロフの考え方は一貫しており、理屈も通っていることが多い。ただしそれは物事の一つの側面にすぎず、傲慢なアーロフは他者からの立場や他の考え方等を考慮することがなかった。だいぶ偏った思考能力の持ち主だと言えるだろう。


 こうしてアーロフたちはハラムの町に入った。そしてイルヴァの協力を得て船で大陸へと輸送してもらう計画を話し合う。とはいえ目の前にまだカザラス軍がいる状態で海軍を動かすわけにもいかず、まずはバーデンの状況を確認するために偵察を行うことが決められたのであった。


お読みいただきありがとうございました。

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