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撤収(イルスデン バーデン)

誤字報告ありがとうございました。

 帝都イルスデン。見張りの焚く篝火の炎にイルスデン城が照らされ、夜の闇の中に不気味に浮かび上がっていた。吹きすさぶ寒風がバンシーの悲鳴のような音を立てている。


 その城の中、皇帝の執務室にいるジークムントの元に、帝国第三宰相のフランツが報告に訪れていた。


「夜分恐れ入ります。エステルランドより、『海の結晶』を入手したと報告がありました。すでに撤収作業を進めております」


「そうですか」


 寝間着のままのジークムントが微笑みを浮かべて頷く。


「ラングール共和国内の教会は全て撤収を。もはやラングールに要はありません」


「公爵たちはどうしますか? 念のためお越しいただいておりますが……」


 フランツがジークムントに尋ねる。


「たいした素材にはならないでしょう。凝縮してください」


「承知いたしました」


 ジークムントの指示に恭しくフランツが頭を下げた。


「バーデンのほうはどうなっていますか?」


「ご指示通り神空騎士セラフィムを派遣しております。朝には到着するでしょう」


「わかりました。神竜たちがいなくなっていたら後始末をお願いしますね」


「承知いたしました」


 フランツの返事を待たずジークムントは立ち上がり、興味を失ったかのように寝室へと歩き出した。






 騒動から一夜明けたバーデンの町では人々が途方に暮れていた。何をすればいいかもわからず、ただあてもなくうろついたりその辺に座り込んだりしている。


 カザラス兵たちの指揮は大翼長が臨時で務めているが、経験不足なうえに打てる対策がなく、本国との連絡も取れないため八方塞がりとなっていた。


 カザラス帝国の遠距離での通信は伝書バードと呼ばれる大型の鳥に手紙を運ばせるやり方を取っている。だがこのような状況となることを想定しておらず、多くは連れてきていない。また海を隔て、遠く離れた帝都に確実に伝書バードがたどり着くかは定かではなく、その精度をあげるためには一度に数匹を放たなければならなかった。そのため連れてきた伝書バードはヌーラン平原の敗戦後の報告などで使い切ってしまっていたのだ。


 残ったカザラス兵たちはアデルたちが去ってから生存者を探すためにラーベル教の神殿を調べたが、生存者も殺害の痕跡も発見できなかった。そしてアーロフが言った通り、埋葬されているはずの信者の遺体もない。


「司祭様たちはいったいどこへ……?」


 探索をした兵士が呟く。


「あのドラゴンたちが食べたんだろう。魔竜ならそれくらいやりかねん」


 一緒に探索をしていた兵士が顔を歪めながら言った。


 そして神殿を探索した兵士は結局、なにも情報を得ることが出来ぬまま神殿を後にする。


 一方、別の兵士たちは港で残った船の点検をしていた。軍艦のほとんどはリヴァイアタコに襲われ、航海が可能なのは二隻だけとなっていた。輸送船は十隻ほどが使用可能な状態で残っている。


「ギュウギュウに乗せれば千人くらいは運べるな……」


 船を点検しながらカザラス兵が呟いた。


「ということは……十往復くらいはしないといけないってことか」


 それを聞いていた同僚のカザラス兵が頭の中で計算を始める。バーデンにはカザラス兵と住民、併せて一万人以上が残されていた。


「おい、あんだけ苦労してバーデンを放棄するって言うのか? あり得ないだろ!」


 一人の兵士が声を荒げる。


「落ち着けよ。ラングール軍にダルフェニア軍までいるんだぞ。ここで守り切れるか?」


 そう言うと兵士は周囲を見回した。城壁の防御塔はあちらこちらが破壊されている。もともとカザラス軍が攻略した時に破壊したものと、昨夜リヴァイアタコが破壊したものだ。さらにはレイコが激突した防壁は大きく崩れており、応急修理すらされていない状態だった。


「逃げるなら先に逃げないとな。こんなところに残されるなんて冗談じゃないぜ」


「確かに。後になればなるほど大変になるからな」


 兵士同士がお互いにヒソヒソと話し合う。


「住民は残していけばいいだろ。もともとこの国の奴らなんだし」


「でもラーベル教の信者だからってこちら側に付いた奴らだろ? 連れて行く気がないってバレたら暴動が起きるんじゃないのか?」


 兵士たちは自分が少しでも安全に本国に帰れるようにと、頭を働かせるのだった。






「はぁ……」


 バーデン城の屋上で臨時の指揮官となった大翼長がため息をついた。大翼隊は千人程の部隊であり、いくつかの大翼隊を率いるのが将軍と呼ばれる地位になる。残されたカザラス兵は六千人ほどで、その指揮を執るだけでも彼にとっては重荷だ。そのうえかつてないほど困難な状況下であり、彼は途方に暮れてぼんやりとバーデンの街並みを眺めていた。


「いったいどうすればいいのだ……神よ、どうかお助けください……」


 大翼長は嘆きながら空を見上げる。その目に、近付いてくる何かの影が見えた。


「あれは……」


 大翼長は目を凝らす。それは数人の人間の女性のように見えた。しかし決定的に違うのは背中に生えた大きな白い翼だ。それを羽ばたかせながら、大翼長の元へと向かってきた。


「あのお姿は……まるで女神ベアトリヤル様……!」


 それを見て大翼長は感激に声を震わせる。その姿は彫像で見たラーベル教の信仰対象とされる女神ベアトリヤルにそっくりであった。


 女性たちは大翼長の近くへと舞い降りる。全員が美しい若い女性で、胸元や肩など重要部分だけを守るブレストプレートアーマーを着ていた。ただし空を飛ぶためか、一般的なものよりも薄いようだ。


 大翼長は反射的に彼女たちの前に膝まづく。


「お顔を上げてください」


 女性のうちの一人が優しい声で大翼長に話しかけた。


「私たちは神空騎士セラフィム、ベアトリヤル様にお仕えする天使です」


「神空騎士……」


 感激に目を潤ませながら大翼長は神空騎士を見上げた。


「よくぞ来てくださいました……ありがとうございます」


 大翼長は神空騎士の足元にすがりついた。


「状況を教えてください。魔竜たちはどうなりましたか?」


「奴らは兵と住民を虐殺したあと、満足げに引き上げていきました。あろうことかアーロフ様や一部の兵も”神敵”アデルに寝返り、行動を共にしております。残された我々はどうすればいいのかわからず……」


 大翼長が語りながら涙をこぼす。


「そうですか。それは大変でしたね」


 神空騎士はしゃがみ込むと、大翼長の手を取った。


「私たちが来たからにはもう安心です。残った兵と住民を集めてください。ベアトリヤル様のご加護の光でみなさんを照らしましょう」


 神空騎士が優し気に微笑む。


「ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 安堵の気持ちが溢れ、大翼長は人目も気にせずむせび泣いたのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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