村の惨状
少し気まずい空気になってしまい、黙ってイルアーナとアデルは歩いていた。そろそろ日も沈みかけている。
(疲れたし、お腹も減ったなぁ……ん、あれは?)
アデルは遠くに村らしきものを見つけた。
「あそこに村があります。今日はあそこに泊めてもらいませんか?」
「……あぁ、そうだな」
イルアーナの声は暗く、沈んでいた。
(やばい、僕が話を断ったから怒っているのかな……)
そもそもコミュニケーション力がないうえに、女心など余計にわからない。アデルはどうしていいかわからなかった。
(えっ……)
村に近づくと少し様子がおかしいことがわかった。そこはシハという名の村でもともと家が十数軒ほどしかない村だが、そのうち3軒ほどが焼け落ちている。
「何があったんだ……?」
村に入るがほとんど人気が無い。村の中ほどまで進むと、ようやく石に腰掛ける初老の女性を見つけた。
(わっ!)
またもや急に能力値がアデルの脳内に浮かんだのでアデルは驚いて体をビクッと震わせた。
(人に会うたびにこれがあるのか……慣れるかなぁ……)
能力値は20台や30台の低めの数字が並んでいる。平均はこんなものなのだろうかとアデルは首をひねった。
女性はアデルたちを見るとコロコロと表情を変えた。驚愕、歓喜、そして恐怖……
その表情を見てアデルは声をかけることをためらったが、すぐに向こうから声をかけてきた。
「なんだい、あんたたちは? もうこの村には何もないよ!」
「いや、僕たちは……その……」
「負傷兵で故郷に帰るところだ」
言葉に詰まるアデルの代わりにイルアーナがウソをついた。
「ああ、すごい包帯だね……戦争は終わったのかい?」
「あぁ、3日前に終わった。ヴィーケンの勝利だ」
イルアーナの言葉を聞いて少し女性の表情がゆるんだ。
「うちの旦那や息子は生きてるか知らないかい? 兵隊として呼ばれたんだ」
女性は家族の名前を告げる。アデルの聞いたことはない名前だった。もっとも知った名前だったとしても同一人物かどうかはわからない。
「わからんが……死者は全体の一割程度だと聞いている。きっともうすぐ帰ってくるだろう」
カザラス軍はガルツ要塞付近からは撤退したが、カザラス軍が離れたことが確認されるまで、また大量の遺体の埋葬などの事後処理が終わるまで兵士は帰れない。
「そうかい、良かった……本当に良かった……」
イルアーナの言葉はぶっきらぼうだが口調は優しかった。その言葉を聞き、女性は魂の抜けたように天を仰いだ。
「あの、この村はいったいどうしたのですか?」
アデルは気になっていたことを聞く。
「兵隊に荒らされたんだよ」
「カザラスの兵がこんなところまで?」
「違う、ヴィーケンの兵さ」
「えっ、なんで……?」
驚いてアデルが尋ねる。
「この村を守ってやる代わりに金や食い物、女を出せってさ。カザラスが攻めてくるたびにいつもこれさ」
「そ、そんなのひどいじゃないですか! 役人に訴えてては?」
「聞いちゃくれないよ。軍はお偉い貴族様が率いてるんだ。国の一大事なんだから我慢しろって言われて終わりさ。この辺の村はどこもそうだよ」
女性は独り言のようにつぶやいた。恨みも怒りも悲しみも味わいつくしたのであろう。その表情は無表情であった。
「あの焼けた家は抵抗した村人の家というところか?」
「あぁ、その通りさ」
イルアーナの問いかけがさらにアデルに追い打ちをかける。
「そんな……」
自分の知らなかったこの世の理不尽さにアデルは打ちひしがれた。
「ところで一晩泊まりたいのだが、空き家はあるか?」
イルアーナが女性に尋ねる。
「……何か食べ物を分けてもらえるかい?」
「干し肉なら少しあるが……」
「それで十分だよ。そこの家の家族は出て行ったから、好きに使うといいよ」
「ありがとう」
「あんたたちは優しいねぇ……私の許可なんて取る必要なかっただろうに」
「筋は通さないとな」
てきぱきとイルアーナが話を進め今夜泊まる家が決まった。
「ほら、行くぞ」
イルアーナに促され、アデルは重い足取りで今夜の宿に向かった。
家の中は少々埃っぽかったが、野宿よりはマシそうだ。狭い家で、部屋は一部屋だけ。部屋の中には簡素なキッチンとテーブルとイスが一組、それと布団のないベッドが置かれている。大きくてかさばる家具は置いて行ったのだろう。
先に入ったアデルの後ろでイルアーナが扉を閉める。鍵などという高価なものは付いてないので、つっかえ棒で戸締りをしていた。
「あの……さっきの話だけど……」
アデルが話しかけようと振り向いたとき、イルアーナが膝から崩れ落ちた。
「!! ど、どうしたの!?」
アデルは慌ててイルアーナの脇に手を差し込み、その体を支える。
「少し疲れた……」
アデルはベッドにイルアーナを横たえた。布団はなく寝心地は悪そうだが床に寝かせるよりはいいだろう。
考えてみればアデルをマイズの魔の手から救い出し、治療しつつも三日間、寝ずに番もしてくれていたのだろう。そのうえ今日は一日歩き通しだ。魔法を使うのがどれほど疲れるのかアデルにはわからなかったが、それを無視しても気絶してもおかしくないほど体力は限界であっただろう。
「だ、大丈夫?」
アデルはイルアーナの体調のことなど考えもしなかった自分を恥じる。
「寝れば問題ない……」
「僕に何かできることは?」
「……水浴びをしてくれ」
アデルは戦争中は水浴びをする余裕もなかったし、かれこれ一週間以上水浴びをしていなかった。自分ではあまり気づかなかったがひどい匂いなのであろう。
「……はい」
さらに自分のことを恥じながら、消え入るような声でアデルは返事をした。
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