歓迎(ハラム)
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「おおっ!」
アデルたちが乗ったシマエナーガを見てラングール兵たちが驚く。
夜のとばりの中、アデルたちはハラムの町へと舞い降りた。松明を持ったラングール兵が遠巻きに周囲を囲む。シマエナーガは小刻みに首をかしげながら、つぶらな瞳をパチクリとさせていた。
アデルが先頭に立ち、カーゴから降りていく。ちょうどそれと同時に、ラングール兵の間からも三人の人物が前に進み出た。
「どうも、お騒がせしまして……」
アデルが頭をペコペコしながらその人物たちに近づいた。
「よくお越しくださいましたわ。お待ちしておりました」
三人のうちの一人、金髪の美女が優雅にお辞儀をする。”金色”のイルヴァ、ラングール共和国で貿易を担当している公爵家の一人だ。
「それで、どうなったのですか!?」
幼いポニーテールの少女がアデルに尋ねる。エニーデ・シャーリンゲル公爵、とてもそうは見えないが、いまやラングール共和国の軍事を司る人物だ。とはいっても軍事的には副官のヤースティンが、政治的には後見人となっているイルヴァが実務を担っている。
「ああ、それは……」
「おお、レイコ様じゃ! ありがたや!」
アデルの言葉を遮り、白髪をたくわえた老人が声を上げた。そしてアデルの後ろでカーゴから降りたレイコのもとへ駆け寄っていく。カーネル・フォーステット公爵。ラングール共和国の祭事を司る人物だが、以前の戦いで見たレイコの力に魅せられ、いまや熱心な神竜教徒となっていた。
「お食事はご用意しております。神竜様たちのご対応はカーネル様にお任せしましょう」
「そ、そうですね」
カーネルの様子を見てイルヴァとアデルは苦笑いを浮かべる。結局、神竜たちとイルアーナは先に食事の場に行くこととなった。
「それでそれで!?」
エニーデが落ち着かない様子でアデルに話を促す。
アデルはイルヴァたちにいざというときのためのバックアップ、そしてレイコたちに振舞うための料理を用意してもらっていたのだった。
とはいえ実際に戦いの場に呼ぶ余裕はなかった。アデルたちの頭にはリヴァイアタコとの戦いのことしかなく、カザラス兵との戦いは想定していなかったからだ。もし呼んでいたところで、あの戦いでは役に立たなかっただろう。
アデルの理想としてはガザラス軍とリヴァイアタコが相打ちしてくれることが理想であったが、それは虫のいい話だ。カザラス軍が勝つならそれまで。リヴァイアタコが勝ったら神竜が現れ、残ったカザラス軍を救って颯爽と飛び去る。いずれにせよカザラス軍自体と戦うつもりはなかったのだ。
またアーロフが船に乗っていたのも予想外であった。アーロフ自ら船団を率いて輸送任務に就くとは思っていなかったのだ。いままでのアーロフの性格からいって、そんな任務は部下に任せ自身は城でふんぞり返っているものと思われていた。実戦や敗戦を経験して責任感が芽生えたのかもしれないとラーゲンハルトは分析していた。
さらにはリヴァイアタコの成長、そしてラーベル教の司祭に煽られた信者たちの信仰心と、予想外の要因が重なった。アデルとしては冷や汗ものであったが、ラーゲンハルトは結果オーライと笑っていた。
「カザラス船団は壊滅状態、駐留軍も大きな損害を負ったよ」
アデルの代わりにラーゲンハルトがエニーデに言った。しゃがみこんでエニーデに視線の高さを合わせている。
「わぁ、さすがアデル様です!」
それを聞きエニーデの顔が花が咲いたように明るくなる。
「でも実はカザラス兵の一部が寝返ってくれるのことになりまして……」
アデルが言い難そうに口を開いた。
「そんな! 我が国の民を虐殺した者たちを許せと!?」
エニーデの顔が一変し、怒りの表情となる。彼女からすればカザラス軍は彼女の部下や領民を殺した憎き相手だ。その表情にアデルはたじろいだ。
「落ち着いてください」
そんなエニーデに落ち着いた声でイルヴァが言う。
「多くの兵は命令で戦っているだけです。それにラーゲンハルト様をはじめ、アデル様のもとには現在の帝国を良く思わない方々が集まっております。今後はカザラス相手に戦う味方となるわけですから、我々も歓迎するべきです。それに……」
イルヴァは話しながらラーゲンハルトを意味ありげに見つめる。
「残っている兵は好きにしてよろしいのでしょう?」
「……手を出すまでもないと思うよ」
少し沈黙した後、ラーゲンハルトがつぶやいた。
「……彼らは孤立無援ですからね」
アデルも沈痛な表情でつぶやく。
(気づいてたか……)
ラーゲンハルトはそんなアデルを見つめた。
バーデンに残ったカザラス兵たちは八方塞がりだった。軍艦は少し残っているものの、それで海の魔物から輸送船団を守れるかどうかは怪しい。軍艦の船底には巨大な海の魔物ジラークの皮が張られており、その匂いで魔物を遠ざけていたが、艦数が減った今、その効果も薄れてしまっている。そもそもその皮の匂いがいつまで残っているかも未知数だった。
もし軍艦にまだ海の魔物を遠ざける力があったとしても、多くの輸送船を守れるほどの効果はない。カザラス軍の海上輸送力は甘めに見積もっても大幅に低下したことは明らかだった。バーデンに物資を運ぶのはもちろん、増援を送るのは困難なものとなるだろう。
神竜が暴れ多数の兵が寝返ったことで、兵数的にもラングール共和国を下回ってしまっている。もはや周辺都市を襲うのも危険な状況となっていた。そして船が使えなければ本国に撤退することもできない。どの程度の輸送能力が残っているかは不明だが、このままではバーデンに残った兵と住民が飢えてしまう可能性も高かった。
アデルは彼らに同情していたが、かといって保護できるような余裕もない。そのためカザラス兵たちの最悪の未来を想像しつつも、彼らを残して立ち去ったのだ。
アデルたちはイルヴァらに後からやってくるアーロフたちの保護を約束してもらった。そしてその後の対応などをいくつか話し合いつつ、自分たちも食事の場へと向かうのであった。
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