ご褒美(バーデン)
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アデルたちは神殿を出る。手持無沙汰に周囲を守っていたアーロフの私兵たちが、出てきたアデルたちを不安げに見つめた。
「おかえり」
入り口の脇にはポチが座っていた。兵士たちの治療で少し疲れたのか、目が閉じかけている。その横にはお腹が空いて悲しげな表情のレイコと不機嫌そうなデスドラゴンが座っていた。
「ただいま」
アデルがポチに返事をする。
「すごい……まるでラーベル教の力だ」
ポチに治療を受けた私兵たちの様子を見てトビアスが驚いた。アーロフはそれを見て何かを思案し、バーデン城のほうに目を向ける。デスドラゴンの作った溝の向こう側にはカザラス兵たちが数人、様子を見に来ていた。
「お前たち、他の兵士を呼んで来い」
アーロフがその兵士たちに声をかける。兵士たちはビクッと身体を震わせ互いに顔を見合わせた。だがアーロフの指示に従い、城のほうに集まっているカザラス兵に手で合図を送る。そのカザラス兵たちは先ほどの戦いでアーロフの指示に従った者たちと、中立の立場でいた者たちだ。カザラス兵たちは戸惑いつつも、だんだんと溝の向こう側へと移動してきた。
「聞け、カザラスの勇敢なる兵士たちよ!」
アーロフが集まってきた兵士たちに向けて大声を張り上げる。
「ラーベル教は神殿に使者を埋葬し、約束の地ザーカディアへ導くと言っている。だがそんなものはまやかしだ。いま地下墓地を見てきたが、そこは空だった。ラーベル教はお前たちに嘘をついている! 信じられぬのであれば自分の目で見て来るがいい」
アーロフは神殿を指さした。カザラス兵は信じられない様子でざわめき始める。
「実際、ダルフェニアの神竜様と戦ってなにかベアトリヤルの加護があったか? ラーベル教ができるのは負傷者の手当てくらいだ。しかしその力は神竜様もお持ちの力。私の私兵たちは見ての通り神竜様ご自身から傷を癒していただいた」
アーロフは私兵たちに目をやった。ポチによって彼らの傷は治されている。しかしそれは太い血管や神経など命や後遺症に関わる部分のみで、放っておいても問題のない者は止血のみだ。簡単な傷を治すことに関してはラーベル教の回復魔法のほうが効果が高かった。とはいえそもそもの魔力がポチと人間の神官では桁違いであり、一人で次々と傷を治していく少女の姿はアーロフの私兵たちに畏敬の念を植え付けた。
「ラーベル教は我々をたばかった。そしてどちらの神が優れているかは明白だ。ラーベル教はペテンで我が帝国に取り入り、己の敵わぬ存在である神竜様に『悪』というレッテルを貼り諸君らに敵意を抱かせた。私は彼らの存在が許せない。よって私はダルフェニア側に付き、国を蝕む悪徳神官どもと戦う!」
アーロフの宣言にカザラス兵たちのざわめきはピークに達した。
「私とともに神竜様を奉じ、ダルフェニアに寝返るというのであれば便宜を図ってやろう。だが敵対するというのであれば今後は敵同士だ。同じ帝国の民として心苦しいが止むを得ん。諸君らの覚悟には敬意を表しよう。さあどうする? よく考えろ」
話を聞いたカザラス兵たちは顔を見合わせながら相談を始める。その様子をアーロフは満足げに眺めていた。だが、彼らを受け入れるなどという話がアデルたちとの間でまとまっているわけではない。そもそもアーロフが寝返ること自体、先ほど聞いたばかりなのだ。
アデルは困惑し、慌てふためいている。ラーゲンハルトは少し笑いながらも、物憂げにその様子を眺めていた。
「ラーゲンハルト様、お聞きしてもよろしいですか?」
そんなラーゲンハルトにトビアスが話しかける。
「死体が地下墓地にないのは分かりましたが……その死体はどこへ行ったのでしょう?」
「焼却でもしたのだろう。そもそも膨大な数の遺体を地下墓地で保管することなど不可能。最初から我々をだます気だったのだ」
そこにアーロフも加わった。カザラス兵たちはしばらく結論が出ないと判断したのだ。
「わからない。けど以前に救命騎士団ってのと戦ったんだけど、どうも死んだ人間の体を修復して魔法で操ってる感じだったんだよね」
ラーゲンハルトが少し首をひねりながらトビアスの問いに答えた。
「救命騎士団……! 今回、我々の船団にも同行していました!」
「確かに気味の悪い男たちでした。死体だと言われれば納得がいきます」
トビアスとアーロフがラーゲンハルトの話に頷く。
「ええっ! そ、その救命騎士団はどこにいるんですか!?」
アデルが慌ててアーロフに尋ねた。
「船とともに沈ん……沈みました」
アーロフがアデルに答える。
(どうもこの王に敬語を使うのは慣れぬな……)
アーロフは眉をひそめる。アデルからは王どころか下級貴族並みの威厳すら感じなかった。そのためアーロフが目下の者にとる尊大な態度が時折出てきそうになっていた。
「そりゃ助かった。確かに動きが鈍いから泳ぎは下手そうだもんね」
ラーゲンハルトがそれを聞き、笑みを浮かべる。
「他の者の死体も雑用などに使っているのかもしれません」
アーロフがラーゲンハルトに思いついたことを言った。
「食べてるんじゃない?」
そこに女性の声が割って入る。その声の主は興味なさそうにしていたデスドラゴンだった。
「いやいや、さすがに食べないでしょ。他に食べるものが無いならともかく」
ラーゲンハルトが苦笑する。その横ではアーロフが目をキラキラさせていた。
「でも魔法使うんでしょ? じゃあマナの補給で食べてるかもしれないじゃん」
デスドラゴンの言葉にラーゲンハルトははっとした表情になった。
「なるほど……確かにそう言われると可能性はあるか」
「さすがデスドラゴン様! 素晴らしいご賢察です!」
アーロフがデスドラゴンの発想に賛辞を贈る。
「誰あんた?」
「はぅっ!」
デスドラゴンに冷たくあしらわれ悶えるアーロフを無視してラーゲンハルトは考えを巡らせた。
「……いずれにせよ死体を何かに利用してるなら、それも放っておけないよね」
ラーゲンハルトは溝のほうに視線を向ける。溝の手前には瓦礫や土砂が積もっており、その下には大量の死体が埋まっていた。
「そうですよね。デスドラゴンさん、吸収してもらえたりとか……」
アデルは恐る恐るデスドラゴンに尋ねる。するとデスドラゴンはキッとアデルを睨みつけた。
「ひぃっ!」
その視線にアデルは小さく悲鳴を上げる。しかしデスドラゴンは小さく鼻を鳴らすと立ち上がり、闇を放出して瓦礫や土砂ごと死体を吸収し始めた。
(良かった……言うこと聞いてくれた……)
アデルはそれを見て胸をなでおろす。しかし……
「おい、貴様!」
「ひぃっ!」
そうしたのも束の間、アーロフが怒りの形相でアデルの胸ぐらを掴んだ。アデルはまたもや小さな悲鳴を上げる。
「なぜだ! どうやったらそんな風にご褒美を頂けるのだ!?」
「ご、ごほうび……?」
アデルはアーロフの言っていることがわからず首を傾げた。
「デスドラゴンがこんなに協力的なのは珍しいな」
そんなアデルたちをよそに、ピーコが作業をするデスドラゴンを見ながら呟く。
「何かあったのかもね」
「デスちゃんお利口なの!」
ポチと氷竜王もピーコの言葉に同意したのだった。
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