邂逅
大通りをさらに進み、アデルたちは冒険者ギルドの建物を見つけた。ロスルーの冒険者ギルドはカナンの倍くらいの大きさがあった。
「いらっしゃいませ」
アデルたちが中に入るなり、受付嬢が迎えてくれた。美少女と言うほどではないが素朴な女の子だ。アデルたちがこの町の冒険者ギルドに来るのが初めてであることを告げると、笑顔でテキパキと案内をしてくれた。
規模は違うが構造としてはカナンの冒険者ギルドと同じで、酒場、宿、武具屋、道具屋などが併設されている。ただし依頼が貼られた掲示板が「ヴィーケン方面」「旧エレンティア方面」「獣の森方面」「死の砂漠方面」などエリアによって分けられていた。
まだ夕方前だが、酒場のテーブルは半分ほど埋まっている。ピーコは依頼書に興味がないようで、さっさと酒場のテーブルに陣取った。アデルはポチの入った荷物袋をピーコの隣の椅子に置き、依頼書を見ることにした。イルアーナはピーコに「頼めるのは一人二品まで」と言い聞かせ、アデルと一緒に依頼書を見ることにした。ピーコは難解な推理小説でも読むような真剣な顔で酒場のメニューを睨んでいる。
「この獣の森とか死の砂漠っていうのは何なんですか?」
掲示板を見ながらアデルは聞き慣れない地名をイルアーナに尋ねた。
「獣の森は北に広がる森だな。獣人族の領域で、カザラスとは敵対中だ。死の砂漠は南に広がる砂漠だ。昔は緑豊かな地だったそうだが、魔法帝国時代に砂漠になってしまったらしい。砂漠の民という人間の部族が住んでいて、カザラスとはやはり敵対中だ」
「カザラス帝国って敵だらけですね」
「ああ。そのため各地に治安維持用の『平定軍』という部隊を置いている」
「うわぁ……いっぱい兵士がいるんですね……」
アデルにはカザラス軍の兵士の総数など想像もつかなかった。
アデルたちの目的地である絶望の森は北側にある。そちらに向かうついでに受けられるのは獣の森方面の依頼か、旧エレンティア王国方面の依頼となる。アデルたちはその方面の依頼書を見た。獣の森方面の依頼は獣人の村の偵察や、森の妖精カーバンクルの捕獲など。旧エレンティア王国方面の依頼は傭兵や土木作業などの依頼だった。
「すぐに終わって、危険がなくて、報酬も良い依頼ってあんまり無いですね」
「当たり前だろう」
アデルの言葉にイルアーナがあきれた。アデルが依頼を受けることをあきらめて振り返る。
「ほぇ……?」
アデルは唖然とした。さっきピーコが座っていたテーブル。そこにはピーコとポチが座っていた。少女の姿になったポチが……
「ちょ、ちょっと!」
アデルは慌ててテーブルに戻った。周りの様子を伺うが、幸い不審な目で見ている者はいなかった。ただ子供のように見える二人を微笑ましく見守っているような者は何人かいた。
「おお、アデル。我はこの『砂漠ガエルの卵炒め』と……」
「いやいや、なんでポチが?」
注文を決めたピーコの言葉を遮ってアデルが問い詰めた。
「一人二品と言われたからな。ポチの力を借りて四品頼むことにしたのじゃ」
勝ち誇るピーコの横で、ポチはめんどくさそうな表情で両手で頬杖をついている。
「ていうかアデル、なんで私だけ呼び捨てなの?」
困惑しているアデルをポチがジト目で睨みながら言った。
「いや、それはえっと……親愛の情というか……」
「イルアーナやピーコより私の方が好きってこと?」
「う、う~ん……」
ただでさえ困惑しているところに答えにくい質問をされてさらにアデルは混乱した。
「ポチ、人前で変身するのはやめろ」
イルアーナがポチに釘を刺す。
「ちゃんとテーブルの下に隠れた」
「視線を遮ればいいという話ではない。人のいるところ……お前の正体を知らぬ者の近くでは変身するな。さもなくば食事は抜きだ」
「そ、それは困る! ちゃんと言うことを聞くのじゃぞ、ポチ!」
ピーコは慌ててポチの肩を揺さぶる。ポチは不満げに頬を膨らせていた。
その時、冒険者ギルドに二人の美青年が入ってきた。二人とも黒い詰襟の軍服に身を包んでいるが、先に入ってきた青年はだらしなく前を開けているのに対し、後ろの青年は首元まできっちりボタンを留めている。二人とも腰には長剣を携えていた。二人の軍服には肩章がついており、高い地位にある者であることを示している。
その二人に受付嬢が緊張した面持ちで駆け寄り、話を聞いている。奥から立場が上らしき中年男性のギルド員も出てきて二人に駆け寄り、しきりに頭を下げていた。二人の青年に気付いた酒場の客たちも話をやめ、様子を伺っているようだった。
(なんだろう……?)
アデルは空気が変わったのを感じ、二人の青年に注目した。
名前:ラーゲンハルト・カザラス・ローゼンシュティール
所属:カザラス帝国 第一征伐軍
指揮 82
武力 98
智謀 110
内政 85
魔力 43
名前:フォスター・ユナシュバイツ
所属:カザラス帝国 第一征伐軍
指揮 94
武力 105
智謀 71
内政 96
魔力 20
(うわ、すごい能力値! カザラスの軍人か……)
アデルは二人の高い能力値に息をのんだ。だらしなく軍服を着ている方がラーゲンハルト、きっちり着ている方がフォスターである。黒蹄騎士団はここロスルーを駐屯地としてヴィーケン攻略を試みているのだ。二人はギルド員との話を終えると、酒場の方に歩いてきた。
「お楽しみのところお邪魔しまーす。実は緊急で人を雇いたくてね。報酬は弾むよー」
ラーゲンハルトが微笑みながら酒場にいる冒険者たちに軽い調子で声をかける。冒険者たちは顔を見合わせてひそひそと話し始めた。
「腕の立つ人を雇いたいんだ……出来れば僕たちと同じくらいね」
しかし続く一言で、冒険者たちの表情が凍り付き、うつむいた。
(報酬弾んでくれるのか。この二人と同じくらいの腕……ジェランさんが武力93だったよなぁ……僕もいけるかも……)
アデルは少し悩んだが、ずっとイルアーナに金銭的負担をしてもらっているという負い目から、勇気を出して手を挙げた。
「す、すいません、ぜひお話を聞きたいんですが!」
「えっ、君たち?」
ラーゲンハルトとフォスターは顔を見合わせる。酒場の冒険者たちの間からは笑い声が聞こえた。
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