興奮(バーデン)
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アデルたちが降りたのは港の近くだった。周囲には防御塔や造船所などが瓦礫となって散乱している。すでに辺りは暗くなっており、海の様子はほとんど見えない。だがアデルには気配でシーサーペントや海竜王がいるのが分かった。
「海竜王さん」
アデルが海に近寄って声をかける。するとちゃぽんと音がして、海竜王が海面から顔を出した。
「これからアーロ……人間たちに挨拶するんですけど、一緒に来ますか?」
アデルが問いかけると、海竜王は首をふるふると動かした。
「そうですか。じゃあ先に帰ります?」
今度は海竜王が小さく頷く。
「わかりました。帰りに寄らせていただきますね!」
アデルの言葉を聞くと海竜王は小さく手を振り、海中へと姿を消した。シーサーペントの気配とともに海竜王の気配も急激に遠ざかって行く。
「はぁ~、しんど。おつかれマッスルしょぼくれメンタル」
そこへ人間の姿に戻ったデスドラゴンが身体を伸ばしながら歩いてきた。
「あ、デスドラゴンさん。お疲れさまでした」
そのデスドラゴンにアデルが礼を言う。
「別にアンタのためにやったんじゃないから」
しかしデスドラゴンはプイッと顔をそむけた。
「まあこれでしばらくは海竜王も安心じゃろ」
「え? しばらく?」
ピーコの呟きにアデルが反応する。
「リヴァイアタコは一欠けらからでも再生する。またそのうち元に戻る」
ポチが淡々と呟いた。
「ええっ!? や、やばいじゃないですか!?」
「落ち着け。あの大きさに戻るには数百年はかかる。しかも自然環境では成長する前に他の魔物に食われ、また一から成長しなおさねばならなくなることも多い。アデルが心配することではなかろう」
慌てるアデルにピーコが呆れたように説明した。
「あんなタコ、消滅するまで潰してやればいいじゃん」
不満そうにデスドラゴンが口を尖らせる。
「リヴァイアタコだってこの世に生まれた命」
ポチがそこに口を挟んだ。
「でも弱肉強食なんでしょ? 白ちゃんいつも言ってるじゃん!」
「うん。殺したければ殺せばいい。だけど存在そのものを否定するのは嫌い」
「白ちゃんは寛容すぎ! 堪忍袋四次元ポケット!」
デスドラゴンとポチが言い合いをする。
(命と存在は違うってこと? なんか難しい話をしてるな……)
アデルは意外そうにそのやりとりを聞いていた。
その時、アデルたちの頭上が眩く輝く。カザラス兵たちの声援に飽きたレイコがアデルたちのところにやってきたのだ。
「はぁ、疲れましたわ。もう三生分くらい働きましたわね」
空中で人間の姿になったレイコがふわりとアデルたちの近くに降り立った。
「へぇ、リヴァイアタコを倒すのはレイコちゃんの三生分なんだ。これまでずっとリヴァイアタコと戦ってきた海竜王ちゃんは偉いなぁ」
「うっ……」
ラーゲンハルトがわざと大きめの声で言うと、レイコの表情が変わった。
「デスドラゴン様! レイコ様!」
しかしアデルたちの会話を遮る様に声がかけられる。見るとアーロフが私兵を率いてアデルたちの元に息を切らせながら近付いてきていた。バーデン城の屋上からレイコの後を追い走ってきたのだ。
「ハァ……ハァ……兄上にアデル王まで……!」
「ラ、ラーゲンハルト様!?」
アデルたちの姿を見たアーロフ、そしてその副官のトビアスが驚愕する。
「やぁ、アーロフ。それに……トビアス」
ラーゲンハルトは笑みを浮かべ二人に手を振った。ラーゲンハルトが第一征伐軍の軍団長を務めていた時期、トビアスはその配下の将の一人だった。トビアスは複雑な表情でラーゲンハルトを見つめる。
名前:トビアス・ブロンザルト
所属:カザラス帝国 第二征伐軍
指揮 83
武力 102
智謀 59
内政 53
魔力 14
(うわぁ……カザラス軍にはどれだけ優秀な人材がいるんだ……?)
アデルはそんなトビアスの能力を見て顔をひきつらせた。
「ラーゲンハルト様、これはどういうことですか?」
トビアスが尋ねる。
「よせ! 失礼であろう!」
だがそれをアーロフが遮った。
「デスドラゴン様! レイコ様! それに他の神竜の皆さま! 我々をお救い頂きありがとうございます!」
アーロフは深々と頭を下げる。
「誰アンタ?」
しかしデスドラゴンは不機嫌そうに鋭い眼差しとともにアーロフにそう言い放った。アーロフに会うのは三度目だが、まったく覚えていなかったのだ。
「あぅっ!」
その言葉にアーロフが悲鳴とも喘ぎともつかぬ声を上げる。
(なんという傍若無人さ……やはりこの感覚……たまらん……!)
アーロフは興奮とときめきを覚えていた。
自分のことをこれほど見下す女性はかつていなかった。もちろん、そこら辺の女性が同じ態度を取ればアーロフは迷いなく切り捨てるだろう。だがデスドラゴンは別だった。力こそ全てと考えるアーロフにとって、圧倒的に強力な存在であるデスドラゴンは初めて服従しても良いと思えるほどの存在となっていたのだ。それは恋とも信仰ともつかぬ感情であった。
「も、申し訳ございません、自己紹介が遅れました! わたくしはアーロフと申します。以前にもデスドラゴン様にお救い頂いたことがあり、今回また……」
「興味ない」
「あふぅっ!」
アーロフの話の最中に顔を背けるデスドラゴンに、またもやアーロフは悶絶した。
「あはは、ごめんね。デスドラゴンちゃんはこういう子なんだ」
ラーゲンハルトが苦笑いを浮かべてアーロフに言う。
「デスドラゴン……ちゃん……?」
だがアーロフは話の内容よりも「ちゃん」付けで呼んだ部分にしか意識が向いておらず、ラーゲンハルトを睨みつけた。
「騒ぎを起こしたことについては詫びよう」
不穏な空気を察したイルアーナが進み出て話す。
「お前たちと戦うつもりはない。だがラングール共和国と我々は協力関係にある。そのラングール共和国から付近の海域に危険な魔物が出没すると聞いた。こちらとしても交易路の安全確保のため放ってはおけぬ。そこで退治のために魔物を追っていたところ、お前たちを襲う魔物を発見したのだ」
これがアデルたちの用意したストーリーだった。あくまでもバーデンが襲われているところに遭遇したのは偶然と主張するのが目的だ。
(バ、バレないかな……)
イルアーナの説明をアデルはドキドキしながら聞いていた。その緊張は顔色にも如実に表れている。それを察したラーゲンハルトがすっとアデルの前に移動し、アーロフたちの視線からアデルを隠した。
「魔物を倒せた以上、我々はここに用はない。帰らせてもらおう。そちらも停戦中である今、我々に攻撃はできぬだろう?」
イルアーナは話を切り上げ帰ろうとする。アデルや神竜たちがどんなボロを出すかわからない。そのためイルアーナはできるだけ早くその場を離れたかったのだ。
「待て!」
だがアーロフは大声でそれを阻止する。
「なんだ? 戦うつもりなのであれば受けて……」
「違う!」
イルアーナの言葉を遮り、アーロフがアデルの前に歩み寄る。アデルの顔色が一気に青ざめた。
(や、やばい! バレた!?)
アデルがごくりと息を飲む。だがアーロフの次のセリフは意外なものだった。
「アデル王……俺を亡命させてくれ!」
アーロフの言葉に、アデルは訳が分からずキョトンとするしかなかった。
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