最短距離(バーデン)
誤字報告ありがとうございました。
「ふぅ、うまく行きましたね……」
空から戦いの様子を見ていたアデルは安堵のため息をついた。
「で、あれどうする?」
ラーゲンハルトがカーゴの窓から指をさす。
「うぉ~っ! 神竜様!」
「デスドラゴン様! レイコ様! ありがとうございます!」
バーデン城の屋上で数百名のカザラス兵が歓声を上げている。その中には指揮官のアーロフの姿もあった。それ以外のカザラス兵の中からも一部、神竜を称える声を上げている者もいる。その歓声を受けて気持ち良さそうにレイコはバーデンの上空を旋回していた。デスドラゴンはカザラス兵たちに一切興味を示さず、「で?」とでも言いたげにアデルたちのほうを見ている。
「このまま帰るのも不自然ですよね……挨拶くらいしておかないと」
アデルは気が重そうな様子を隠さずに言った。
「あはは、駄目だよアデル君。僕らは救世主なんだから、もっと堂々としないと」
ラーゲンハルトがそれを見て笑う。
カザラス軍を襲わせるためにリヴァイアタコを放ったのはラーゲンハルトの案だ。停戦条約を結んでいるため、直接両軍が戦うことにはアデルは難色を示したが、解放したリヴァイアタコが勝手に襲う分にはいいだろうと作戦を了承していた。
(アデル君は倫理観に縛られがちだけど、こういう「ルールの抜け穴」みたいのは意外と認めてくれるんだよな。今後のために覚えておこう)
ラーゲンハルトはどうやって下に降りようか思案しているアデルの顔を見て思った。
(それにしても、どうやったら咄嗟にあんな作戦を思いつくんだろう。神竜ちゃんたちの力や異種族の力をすぐに作戦に取り込めるのはアデル君のすごいところだよなぁ)
ラーゲンハルトはアデルがリヴァイアタコを倒した作戦を思い出し感心する。アデルが日本で遊んでいたファンタジーが舞台のストラテジーゲームでは、魔法やモンスターたちの特殊な能力が活躍する場面はよく出てくる。そうでない日本の戦国時代が舞台のリアル寄りなゲームですら、武将の持つ特殊能力によって数千人の兵を一気に倒してしまう演出なども存在する。人間しか指揮したことのない者にとってはそういった特殊能力を実戦でどう使うか考えるのは難しいことだ。
「タコごときに竜王がこれほど力を合わせることになるとはのう」
そうしているうちにピーコがカーゴに戻ってきた。腕の中にはだらーんと伸びた氷竜王が収まっている。
「あ、お疲れ様」
そんな二人をアデルが迎える。
「ちょうどよかった。ピーコ、僕たちが飛び降りる速度を遅くできる?」
「ん? もちろんできるぞ」
アデルの問いにピーコが答える。
「と、飛び降りる? ま、待て!」
それを聞いたイルアーナが慌てだした。
「シマエナーガごと下りればいいだろう!」
「い、いや、まだシマエナーガさんのことは秘密にしておきたいですし……」
カザラス兵たちは目立つレイコやデスドラゴン、シーサーペントらに注意を向けており、幸いなことにピーコや氷竜王、そして上空を飛んでいるシマエナーガにはあまり注意を向けていなかった。予定より作戦の開始が遅れたことで陽はだいぶ沈みかけており、特にレイコから離れた位置にいたシマエナーガはほぼ闇に隠れていたのだ。
「では離れたところに降りれば良いだろう!」
「そ、それだと時間がかかります! レイコさんとデスドラゴンさんを放っておくわけには……」
「ではレイコとデスドラゴンも一度……」
「ゴチャゴチャうるさいのう」
アデルと嫌がるイルアーナとのやりとりにピーコが割って入る。
「確かにここから飛び降りるのが一番早かろう。イルアーナは怖いのか?」
「べ、別に怖くなどない!」
ピーコの言葉をイルアーナは否定するが、その額には冷や汗が流れていた。現代日本にはパラシュートがあるが、この世界には空から飛び降りるという発想がそもそもない。イルアーナが怖がるのも無理はなかった。
「わー、こっから飛び降りるの? 楽しみ!」
逆にラーゲンハルトはウキウキだった。
アデルがポチ、イルアーナがピーコ、ラーゲンハルトが氷竜王を抱えてカーゴの出口から身を乗り出す。遠い眼下を見下ろすアデルの頬を強い寒風が打った。
「や、やっぱりこの方法は考え直し……」
「ほら、早く!」
直前で怖気づいたアデルの背中をラーゲンハルトが押す。
「うわぁぁっ!」
「きゃぁぁっ!」
押されたアデルと共にイルアーナも意を決して飛び出す。二人の悲鳴が暗くなった空に響いた。すぐにラーゲンハルトも宙に飛び出す。無人となったカーゴを抱えたシマエナーガは少し離れたところで待機するよう、氷竜王から命じられていた。
「撤下鈍!」
ピーコの風魔法がみんなを包む。それによって落下速度が緩やかになった。
だが……
「け、けっこう速くない?」
アデルが大声でピーコに問いかける。落下速度は落ちたものの、アデルたちはまだかなりの速さで落下していた。
「ふむ。さっきかなり魔力を使ったうえに、人数が多いからな」
ピーコが他人事のように呟く。
「ちょ、ちょっと! 話が違う!」
アデルたちはそれを聞き慌てだした。
『庇延!』
「うわっ!」
氷竜王が一声鳴くと、急ブレーキがかかったかのようにアデルたちの落下が止まる。氷竜王が落下エネルギーを吸い取ったのだ。
だがそれは一時的なものだった。氷竜王は長時間エネルギーを吸い続ける力はなく、またアデルたちは落下し始める。地面まではまだ10メートルほどの距離があった。
「空気障壁!」
だが落下が止まっているうちに呪文を完成させたイルアーナが魔法を唱える。空気が凝縮され、通る者の動きを鈍らせる空間が出現した。
「おぷっ!」
水に飛び込んだかのような衝撃があり、アデルは思わずうめき声を漏らす。落下速度が鈍り、アデルの体はゆっくりと沈むように落ちていった。だがイルアーナが作り出した魔法の層もそう長くは続かない。魔法の範囲から出ると、アデルの体は再び落下し始めた。
「うわっと!」
アデルはつんのめりそうになりながら地面に着地する。ピーコと氷竜王、そしてイルアーナのおかげで、どうにか怪我無く着地できる速度にまで落ちていたのだ。
「イルアーナさん!」
アデルはすぐにポチを降ろし、落下するイルアーナの下へと入る。
「きゃっ!」
アデルは見事イルアーナを受け止め、事なきを得た。その隣ではラーゲンハルトがゆっくりと着地する。どうやら氷竜王が最後にまた自分たちだけ落下エネルギーを吸い取ったようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
アデルは顔色の悪いイルアーナに尋ねる。
「ハァ……ハァ……アデル、二度と空から飛び降りるなどと言うな」
お姫様抱っこをされた状態で荒い息をつきながらイルアーナはアデルを睨んだ。
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