ロスルーの町
ロスルーの入り口を守る衛兵はメイユの村とは違い、あっさりとアデルたちを通した。メイユは国境の村であり、さすがにチェックが厳しかった。さらにロスルーは人の行き来が多く、また冒険者も多いため、いちいちチェックしていられないという事情もある。
ロスルーの町はカナンよりも遥かに賑わっていた。大通りには様々な店や露店が商売をしており、店主が大声で商品の宣伝をしている。
「安いよ安いよー! カイドー産、木彫りの熊だよー!」
「美味しいよ、ぜひ食べて行ってー! うちの焼きケルピーはタレが一味違うよ!」
アデルは露店が気になるものの、お金が無いので我慢する。
「そういえば、この国でもヴィーケンの言葉が通じるんですね」
「当然だろう。お前たち人間はもともと同じ国の人間なのだからな」
「そうなんですか?」
「人間は魔法帝国によって統一されていた。しかし奴隷の反乱で滅亡し、その奴隷たちが別れて今の国々を作ったのだ」
「あー、ジェランさんがその話を教えてくださいました。神話にそっくりですよね」
ヴィーケン王国の神話では世界を支配していた凶悪な邪神を、八柱の善良な神が協力して倒した。そしてそのうちの一柱が建国した国がヴィーケン王国という話だ。
「その神話は歴史をもとに作られたのだろうな。ただ実際に建国されたのは七国で、なぜお前たちの神話では八柱なのかはわからんが……」
「へぇー、そうなんですね」
「それもいまやカザラスが三国を吸収し、四ヶ国だけとなっているがな」
「カザラスとヴィーケンと……あと二つはどこなんですか?」
「北西のラングールと東のイズミだ。どちらも島国だからカザラスに征服されずに済んでいる……いまのところな」
(イズミ……? 和風っぽい名前だな。もしかすると米とかもあるのかな……?)
イルアーナの言葉にアデルはそんな期待をした。その時……
「ちょ、ちょっと、お嬢ちゃん! 困るよ!」
アデルたちに向かって一人の露天商が叫んできた。何事かと思って振り返る。
「なんじゃ?」
アデルたちの後ろには、両手いっぱいに焼きケルピーの串を持ったピーコが立っていた。
「勝手に持っていかれちゃ困るよ!」
「何を言っておる。おぬしが『ぜひ食べていけ』と大声で叫んでいたのじゃろう」
「す、すいません!」
アデルは大急ぎで露天商に頭を下げ、イルアーナがピーコが食べた分の焼きケルピーの料金を支払った。
ピーコにアデルたちが思いつく限りの「人間の町を歩く時の心得」を説きながら歩いていると、行列の出来ている建物があった。とは言っても、商店に客が並んでいるわけではない。並んでいる者たちは顔色が悪かったり、怪我をしている者ばかりだ。一様にボロボロの服を着ており、目には生気がない。その建物は大きく、鐘楼らしき塔が屋根から伸びている。壁は白く塗られ、豪奢な装飾が施されていた。
「あれは? 具合の悪そうな人たちが並んでますけど……」
「ラーベルの教会だな。無料で治癒魔法が受けられるのだ……運が良ければな」
「へぇー、いい人たちなんですね」
感心するアデルに対し、イルアーナは眉をひそめた。
「そう単純な話でもない。金があればすぐに治してもらえるのだ。これだけラーベル教が広まったのも、貴族や王族が自分の治療をしてもらえるよう、やつらを近くに置いておきたいからだ。金のない貧乏人を救うのは一日に数人だけで、それも熱心なラーベル教徒でなければならない。もちろん、それでも治してもらえる可能性があるだけマシなのかもしれんがな」
「なるほど……布教活動みたいなもんなんですね」
アデルは並んでいる人々を見た。彼らにはハエがたかっており、ひどい匂いもする。まだ生きているのかどうかわからない者もいた。
「イルアーナさんの使える回復魔法と、彼らの使う回復魔法は違うんですか?」
「私の魔法はあくまでも生命の精霊を活発化させ、自然治癒力を高めるものだからな。すでに死にかけている者を救えるようなものではない。神聖魔法の原理はわからんが、治療においては神聖魔法の方が優れていると認めざるを得んな」
「死んだ人を復活させたりもできちゃうんですかね」
「どうだろうな、できるかもしれんが……魔法というのは効果に比例して魔力が必要となる。死者を蘇らせるなど、この世の理をひっくり返すような魔法であればとんでもない魔力が必要となるだろうな」
「ほほー……あれ? そう言えば、怪我をした僕を運ぶのに、ゾンビを使ったとかおっしゃってませんでしたっけ?」
「あぁ、あれか。あれはゾンビと言っても、死体をゴーレムにしただけだ」
「ゴーレム?」
アデルはよくゲームに出てくる、石でできた魔物のゴーレムを想像した。
「物質にある程度の自立性を持った動きをさせる魔法だ。勝手に動く人形を作る魔法といえばわかるか? 私の腕力でお前を運び出すのは難しかったからな。ちょうど近くにあった新鮮な死体を利用したのだ。筋肉を利用すれば、魔力だけで同じ力を得るよりも効率がいいからな」
「そうだったんですね……てっきり、死者の魂を操ったりする系かと……」
ホラーが苦手なアデルは安堵した。
教会を見ながらそんな話をしていると、一人の女性が近づいてきた。教会関係者と思われる白い服を着ている。
「ここに立たず、そちらに並んでください」
その女性はイルアーナに対して言った。
「なぜだ?」
イルアーナは意味が分からず聞き返す。
「なぜって……怪我の治療をされに来たのでは?」
女性はイルアーナの包帯だらけの体を見ていった。
「あははっ」
思わず横で笑ってしまったアデルは、イルアーナに頭をはたかれた。
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