海へ(ミドルン)
カザラス帝国に戻るフォスターたちを見送ったアデルたちは、会議室に集まりラングール共和国への対応を話し合っていた。
「あっちはアーロフが指揮官になったんだっけ?」
「ええ、そうです」
ラーゲンハルトの問いかけにアデルは頷く。カザラス帝国内の大きな人事はアデルたちにも伝わっていた。
「また手強い相手だな……」
ラーゲンハルトは腕組をしてため息をついた。
「現状はどうなってます?」
アデルは会議室の中にいる一人に視線を向けた。
「はっ! ほ、報告します!」
緊張の面持ちで一人の女性が立ち上がる。赤髪ショートカットの美少女だった。神竜騎士団団長”盾乙女”エレイーズである。ガルツ要塞の守備を担当していた”護国英雄”ハイミルトの娘である彼女は将来を期待される将の一人だ。
本来であればこういった場で収集した情報を取りまとめ報告するのはフォスターの役目であった。神竜騎士団は普段はミドルンの防衛にあたる親衛隊のような役割を果たしており、アデルのそばにいることが多い。フォスターが去ることになり、その代役の白羽の矢が当たったのがエレイーズだったのだ。
「現在、カザラス軍はバーデンを前線基地にして一万二千人ほどの兵が駐留しています。一方、ラングール軍は首都エステルランド周辺に八千人の兵を集結させています。ただしその分、他の都市の守備は手薄で、カザラス軍に攻められればひとたまりもないでしょう」
エレイーズが情報を取りまとめた報告書を読み上げた。
「その戦力差なら首都の防衛に徹していればそうそう陥ちることはないだろうね」
少し考えながらラーゲンハルトが言う。
「だけどそれでは他の無防備な都市は守れない。カザラス軍の略奪の話を聞いて、怖くなって降伏する都市も出るかもしれない。でも他の都市を守れるような兵力はない。バーデンを落とすのが一番だけど、もちろんそんなことはできない。当たり前だけど戦力で勝っていて、自由に動けるカザラス軍側が有利だね。しかも今後も兵は補充されていくだろうし」
「ど、どうにかできないんですかね?」
ラーゲンハルトの話にアデルが不安げに尋ねる。
「海を封鎖できるならそれが一番楽で効果的なんだけどね。」
「海、ですか……」
アデルは考え込んだ。ダルフェニア軍には海上戦力が一切ない。空を飛べる魔物であればある程度は戦えるだろうが、数は多くなかった。
「そうなると……探すしかないですかね」
アデルは意を決したように呟いた。
「海竜王さんを……!」
新たな戦力として海竜王を探すことに決めたアデルはポチたちの部屋を訪れていた。ポチこと白竜王、ピーコこと風竜王、そしてひょーちゃんこと氷竜王はこの部屋で寝泊まりしている。
「ふむ……海竜王か」
険しい表情でピーコが呟く。その手には丸いシマエナーガのぬいぐるみが抱かれていた。
「そう、知らない?」
アデルもムラビットのぬいぐるみを玩びながら尋ねる。最近は神竜だけでなく、親しんでもらうために異種族のぬいぐるみの販売も計画されていた。その試作品がこの部屋には転がっていた。
「近くにいるよ」
ジト目のポチが川オークのぬいぐるみで遊びながらぼそっと言った。
「えっ、そうなの?」
アデルは驚く。そんなにすぐ見つかるものだとは思っていなかったからだ。
「なんで今まで教えてくれなかったの?」
アデルは少しムスッとした表情になった。
「海竜王はアデルの天敵じゃからのう」
ピーコはもっていたシマエナーガのぬいぐるみの翼部分をパタパタさせながら言う。
「アデルちゃん、てえししちゃうの」
氷竜王はアースドラゴンのぬいぐるみに跨っていた。ちなみにこれらのぬいぐるみは製造コストがかかり、まだ一般人が気軽に買える値段とはなっていない。それでもアデルがぬいぐるみ化にこだわるのは、自身がぬいぐるみが好きなこと、そしてポチたちが抱いている姿が似合うからであった。
「天敵? 停止? し、死んじゃうってこと……?」
アデルは急に不安になる。
「それに海竜王は力を出せない状態じゃ。どれだけ戦力になるかのう……」
ピーコは難しい顔をしたまま、シマエナーガのぬいぐるみを頭の上に飛ばして遊んでいた。
「力を出せない? まだ幼いってこと?」
アデルは首をかしげる。
「まあ、あれこれ推測するより会いに行った方が早いんじゃない? 私もたまには会いたいし」
ポチが川オークのぬいぐるみの丸い顔を突きながら投げやりに言う。
「ちなみに火竜王さんってのもいるんだよね? その居場所は知ってるの?」
「火竜王はわからん。あやつなら成長が早いから、すでに成体のような姿をしているはずじゃ」
アデルの問いにピーコが答えた。
「火竜王は一番めんどくさい性格してるよ」
少し眉をひそめてポチが言う。
(一番って……デスドラゴンさんより?)
アデルはその言葉を聞き冷や汗を垂らした。
「じゃ、じゃあとりあえず海竜王さんだけ会いに行こうか。どこにいるの?」
「なんじゃったかのう。ほら、あの海沿いにある町……アルフォートとかいうとこの沖じゃ」
「セルフォードね」
ピーコの言葉を訂正しながらアデルはセルフォードで見た光景を思い出す。
「そういえば……沖に島みたいのがあったなぁ」
「ん? あそこに島などないぞ」
「え? あったじゃん」
「ないと言っておろう」
ピーコとの噛み合わぬ話にアデルは首をかしげる。
「ひょーちゃん来るときちょっと会ったの! タコさん大きくなってたの!」
氷竜王がアースドラゴンのぬいぐるみの首をピョコピョコさせながら言う。どうやらアデルの元に来る前に海竜王に会ってきたようだ。
(タコさん……? また蜘蛛のことじゃないよね……?)
話を聞いているうちに、アデルの不安は段々と高まっていくのだった。
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